恋は酔わないうちに(14)
二人は残された箱の中を見た。白い母猫と五匹の子猫がいた。まだ生まれて
「君たちも生き延びたいよね。お母さんは怪我してるね」
恵美はスマホを取り出して電話をした。知り合いの獣医に頼むと言うのだ。勇気は思うこともあったが、背に腹は代えられぬと空を見上げていた。恵美が電話を切るとホープが猫の姿で母猫に寄り添うように座っていた。
「お前、まさか、この猫に……」
勇気がホープを睨むとニャーンと鳴いて尻尾を揺らした。勇気はおでこを押さえた。
「いいいか、トイレの躾はお前の仕事だからな」とホープに釘を刺した。
「そうかあ。じゃあ、私も保護してもらおうかな」
恵美が名案とばかりに笑った。
「あっ、猫または保護しないから」
「なあに?本当に猫またになろうか。そのアホ面ひっかくぞ」
恵美は爪を立てる仕草をした。勇気はすかさずその手を握ると抱き寄せて恵美と唇を重ねた。唇を塞がれた恵美が、驚いて目をパチクリしている。しばらく唇を重ねた後、勇気が口を開いた。
「ずっと、好きだった。一緒に手を繋いで帰っていたときからずっと。お前がいないと俺は駄目みたいだ。お前なら、猫またでもかまわない」
恵美は勇気の包み込むような眼差しを見つめて、恥ずかしそうに笑った。
「勇気がやっと勇気を出したか。ずっと私も……」
恵美はそう言いながら勇気を抱きしめるとキスをした。スマホのチャイムが鳴ったが、そのままキスを続けた。十回目のコールで恵美は電話にでた。少し落ち着きのない勇気を見ながら話す。
「診るから連れて来いって。ここの獣医さん美人なんだぞ。惚れるなよ」
恵美は驚く勇気を見て笑った。
三ヶ月後
「ワンニャン里親交流イベントはかなりの評判だぞ。保護協会から第二回の企画依頼がきてる」
課長が勇気を呼び出し、誉めた。勇気は「あーっ」という顔をした。
「あれは霧島さんの手柄ですよ。管理運営は彼女がやりましたから」
課長は、(良いのか?)という顔をすると勇気は頷いた。霧島が呼ばれ、第二回のプロジェクト担当を任された。驚く霧島に勇気は目配せして笑った。実際、里親イベントは勇気が提案、企画を進め、保護協会に売り込みをした。霧島は補助と運営管理の手伝いをしていたのだ。手柄は霧島に全て渡した。
「お前、でかいこと考えてるだろう?」
お見通しという顔をする課長に勇気は企画書を見せた。
「動物保護のプロジェクトを大口企業に売り込むだと。正気か?でも、勝算ありの顔だな。よし、プレゼン準備しろ。お前、休暇を取って実際、変わったよ。逞しくなった」
課長は深く頷いて勇気を見た。
「課長、何も変わってませんよ。最初からこうです」
勇気は笑って席に着くと、朝霧に声をかけていた。
昼休み、勇気は手作りの弁当を広げる。大きな卵焼きが入っていた。絶対に入れるようにといつもお願いしているおかずだ。それを食べる勇気は幸せな顔をした少年だった。そんな勇気を霧島やほかの後輩たちは憧れた目で見ていた。
恵美は神社を掃除していた。その足下には黒と白の猫が仲良く並んで尻尾を絡ませている。ホープとラブだ。ラブは保護した母猫で、恵美が「好き」という意味で付けた。実際、二匹は仲が良くいつも一緒にいる姿は、いまや神社のマスコットになっており、縁結びを願う参拝客が増え賑わっている。
神社の入り口には小さな掲示板がある。そこには、里親募集の張り紙に五匹の可愛らしい子猫が写っていた。そして張り紙の下には「みんな元気で幸せになりました。ありがとうございました」と追記されたいた。
(了)
恋は酔わないうちに 水野 文 @ein4611
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