小説たたき台(短編とか)
赤木 咲夜
根子村(短編)
根子村
同じプロットで太川るいさんに小説を書いて頂きました。
https://kakuyomu.jp/works/16818622175039834176/episodes/16818622175039847756
な。さんに小説を書いて頂いています。
https://kakuyomu.jp/works/16818622175049057771
元になったプロットも公開しています。
https://kakuyomu.jp/works/16816700429273892676/episodes/16818622174145629773
このプロットを使った執筆は歓迎します。
(このプロットを使用した小説に限り自由に公開等していただいて問題ありません)
ーーーー本編はここからーーーー
僕はずっと旅をしている。
元々は大きな保険関連会社に勤めていたのだけれど、リーマンショックを機に僕は早期退職でフリーターになった。
何個か大きなプロジェクトを成功させたものの、50歳を超えてからは時代に着いて行けず、部署の若い子たちに迷惑をかけていたのでちょうどいい機会だと思ったのだ。
今までの僕の頑張りを讃えてくれたのか、早期退職制度で手を上げたからか分からないけれど、会社からの退職金は予想よりも遥かに大きかった。
だけど僕にはもう養う妻はいないし、息子と娘はすでに家を出た。
昔はお金で苦労したけれども、いざお金が手に入った時には使う宛がなかった。
一応息子と娘に孫の学費を援助しようと言ったけれど、断られてしまった。
子供たちはそれなりに成功してそれほどお金に困っていないらしい。
息子の勧めで僕は初めて趣味にお金を使うことにした。
しかし僕の趣味は小説を書くこと。
原稿用紙以外にお金がかかるものはない。
趣味がゴルフだったり、釣りだったりすれば、お金を掛けたいならいくらでも掛けれるのだけど、僕は今更小説を書く以外の趣味をする気にはなれなかった。
「そうだ、旅に出よう」
何故そう思ったのかわからない。
でもいざ仕事がなくなり、家でたった1人で小説を書いていると段々と世界がモノクロになっていくような気がした。
何もしない自分が嫌で始めたコンビニバイトが僕のモノクロに拍車をかけた。
僕はずっと小説を書いてきた。別に人に見せるわけでもない。だけど僕は僕ではない小説の中の主人公たちの人生を綴るのが好きだった。
僕が新しいカラフル世界を知れば、きっと僕の物語の中の主人公たちが暮らす世界もカラフルになるだろう。
僕が旅をしようと決めた理由はそんなどうでもいい理由だった。
50代になって初めてバイクの免許を取り、初めてバイクを買って、僕は目的地がないツーリングに出かけた。
こうして僕は旅人になった。
◇ ◇ ◇
その日、国道71号線を僕はただ真っ直ぐに走っていた。
方向的にはおそらく北に進んでいるのだけれど、古い国道のようで山を迂回するように作られている関係上、連続するカーブが多い道。何度も曲がっているうちに僕は方角を失っていた。
ガソリンと水、そしてカップ麺だけは昔に一度だけ大変なことになって以来備えている。だから少々道に迷ったとしても大概は何とかなる自信はあった。
だけど国道2号線から今の国道71号線に入ってからは、その自信も失われつつある。
というのも、一回だけかなり昔の時代のいわゆるクラシックカーとすれ違って以来、対向する車もバイクもなかったからだ。
最初こそ、僕の父の時代の車を見て興奮していたも、国道をこれだけの距離を走ってすれ違う車がないというのもおかしい。
この道に入って3時間、どこかの町に着いたっておかしくはないのに、道と森と山だけで住宅らしきものどころか、建物さえ見ていない。
ただ青色の逆三角形の標識には71の数字、走っている道が国道であることは間違いない。
少しばかり日が落ちてくると流石に怖くなり、僕はそろそろ引き返そうと思い始めた。
もうすぐトンネルに入る。もしもトンネルを抜けても何もなければ帰ろう。
トンネルの中独特の湿り気、僕はじめっとした湿度の高い空気を体で切りながら進む。
トンネルを抜けた先には小さな集落があった。
僕は少しばかり安心し、国道を外れてその集落に向かう道に入った。
どうやら集落は相当な田舎のようで、舗装すらされていない農道のような道。
目の前に見える茅葺の屋根の家からは明かりが漏れているから人がいるのは間違いない。
あまりにも小さな集落ならもしかしたら泊まる所さえ無いかも知れないが、テントと寝袋くらいはあるので最悪軒先でも貸してもらおう。
僕は集落に入ると灯りが灯っている一番近い家を目指した。
「ごめんください。」
僕はバイクを置き、玄関先で声を上げた。
少しばかり迷惑かと思ったのだが、呼び出しベルもなかったので声を出すしかなかった。
「はーい、少々お待ちを。」
家の奥から透き通った女性の声が聞こえる。
そして玄関先に灯りが灯り、恐らく25歳くらいの和服の割烹美人が2枚扉の玄関を開ける。
「こんにちは、実は旅をしていまして、今晩の宿を探しているのですが、この集落に宿はありますか?」
「この村に旅人さんなんて珍しいですね。この村にはもう宿は無いのです。」
「そうですか。ではどこか野営できる場所はありますか?暗くなってきたので今夜はここで野営したいと思っているのですが。」
割烹美人の女性は少し考えてから僕に言った。
「よかったら私の家に泊まりますか?もうしばらく営業してなかったのですが、実はここは宿屋だったのです。今夜だけ営業再開いたしますよ。」
僕は女性のご厚意に甘えることにした。
「えーと宿泊料は?」
「あ、そうでした。一泊食事付きで3200円です。」
僕は財布から千円札を4枚渡す。
「あら、新しい千円札ですね。初めて見ました。」
「別にそうでも無いと思うけれど。」
「この村はあまりにも外から人が来ないので、新しいお札が入ってこないのですよ。...はい、800円のお釣りですね。」
そう言ってお札を4枚返される。
父が記念にと大事に持っていた100円札と500円札。この村ではその時代のお札がまだ大切に使われているようだ。
僕がじっと渡されたお札を見ていると「珍しいですか?」と聞かれる。
「そうですね、もう僕が住んでいる町では100円札も500円札もないので。」
「そうなのですか。でも100円札がないなら不便しませんか?」
「僕が住んでいるところでは100円札ではなく100円硬貨が使われているので。」
僕はそう言いながら財布の中に残っていた100円硬貨を見せる。
「今の時代は100円札ではなく100円硬貨に変わっているのですね。初めて見ました。」
そう言って女性はずっと100円玉を珍しそうに見る。
「よかったらあげましょうか、その100円玉。」
「え、いいんですか?...でも頂くのは忍び無いので100円札と交換しませんか?」
100円玉を受け取った女性は嬉しそうに何度も硬貨を裸電球で照らして見ていた。
◇ ◇ ◇
部屋は和室、そしてお膳に山盛りのご飯と共に山菜を中心地した料理、そして鮎の塩焼き。
予約もなく泊まった宿、休業していたとは思えないような料理が並んだ。
「本当なら牡丹鍋を出すのですが。」
そう言いながら女性は料理を並べる。
「どうぞお召し上がりください。」
女性はそう言いながら湯呑みにお茶を注いでくれた。
僕は「頂きます」と一言いい、大盛りに注がれたご飯を一口食べた。恐らく僕が食べた中で一番美味しい白ごはんだったと思う。
ご飯の量が多いと思っていたけれど、具が塩辛めだったせいか、意外とご飯が進んでしまう。
その間、女性は何かと僕の世話をしてくれる。
「どこから来られたのですか?」
「東京の方からです。埼玉県の大宮駅からもう少し電車で行ったところで。」
「埼玉ですか。そんなに遠いところから。」
「そうですね、気がついたらかなり遠くに来てしまったと思います。」
僕はハハハと笑いながら言った。
「そうですね。ここは地図にも載ってない村ですから。」
「へぇ、そうなんですね。ちなみにこの村は何という村なのですか?」
「根子村ですよ。」
「猫村ですか。なかなか可愛らしい村で。」
「ああ、動物の方の猫ではありませんよ。根っこの根に、子供の子でネコと読むのです。」
そう言いながら女性は空に指で根子の文字を書く。
「もう何十年も孤立した地域で、私ももう何年もこの村を出ていないのです。」
「それはどうしてで?」
「どうしても何も、私にはここの外に出るための足がありませんから。」
「ああ、確かに。これくらい田舎だと車とかなかったら何もできなさそうですからね。」
女性は僕の言葉にニッコリと笑った。
「そうだ、私最近占いの勉強をしているのですが、よかったらやって見ませんか?」
女性はそう言いながら手元に筮竹(占いに用いる竹製の細い棒)を取り出した。
僕は驚き思わず女性を見た。
何故かものすごく懐かしいような気がしたからだ。
筮竹独特の軽い竹同士が擦れ合う音。
「あなたの生まれ年は?」
「1964年2月29日...です。」
「オリンピックの年の生まれなのですね。そして誕生日は4年1度...。」
女性はそう言いながら僕を見た。
「4年に一度なんて不幸でしょう?みんな毎年誕生日があるのに僕だけ4年に1度しかないんですよ。」
「そんなことはないですよ、4年に1度しか歳を取らないのですから、きっと長生きできますから。
私の夫も1964年の2月29日生まれでして、今も歳を感じさせないくらい毎日元気にしていると思います。」
女性は僕にそう言った。
女性は日本酒を「サービスですよ」と言いながら持ってきてくれた。
「子供はもう独り立ちしたので?」
「ええ、息子の健一も、娘の由美子ももう立派な大人になってしまって。大人であるはずの僕が少し子供になってしまっています。」
「そうですか、健一も由美子も立派になったのですね。」
女性はそう言いながら昔を懐かしむ。
「私にも子供が2人いまして、子供たちとは早くに別れてしまったので、とても心配していました。そうですか、それはよかった。」
女性はニッコリしながら日本酒を一口飲んだ。
「男手一つ、子育てに苦労しませんでした?」
「そうですね、思い出せばいろんな苦労がありました。
私の妻は娘を産んですぐに亡くなったのですが、あまり僕には悲しむ余裕がなくて。
息子は同性なので意外となんとかなりました。けれど娘の世話は昔から悩みの種で。由美子は頭がよくて、毎日僕が疲れて帰ってきた時には今みたいによく晩酌に付き合ってくれました。
たまには喧嘩もしましたけれど、親子3人よく家族が崩壊せずに持ったものだと今ならそう思えます。
でもやっぱり僕は3人でいるよりも4人で居たかった。何故あそこで逝ってしまったのか、僕は今でもそう思っています。」
気がついたら僕の頬には涙が流れていた。
「他の人と一緒になりたいとか思わなかったのですか?そしたら女手も増えて生活が楽になったのに。」
女性もまた涙を流しながらそう言った。
「健一と由美子には何度も薦められました。妻も亡くなる直前に新しい嫁をもらうように言っていました。だけど僕は何故か亡くなった妻以外と一緒になる気がしなかったのです。」
女性は少し照れながら「そうですか。」と言った。
その後も僕は何時間もお酒を煽りながら昔話をした。
子供たちと動物園に行った話、大阪万博の人混みの話、...そして子供たちの小学校や中学校、高校、大学の話。そして最後に僕が旅を始めた理由。
気がつくと僕は布団で寝ていた。
そしてその隣には懐かしい妻の顔。
僕は妻の頬にキスをした。
.
.
.
「昨日はそのまま寝てしまって申し訳ありません。」
申し訳なさそうに女性は言う。
朝起きたら隣にいた妻は消えていた。そして昨日の女性がお膳に朝ご飯を持ってきてくれる。
「昔の献立を思い出しながら作りました。よかったらご賞味ください。」
それは昔、まだ妻がいた事に食べていた味だった。豪華ではない質素な食事。僕があまりまだお給金をもらえていなかった頃に食べた懐かしの味。
僕にとっては多分この世でもう二度と食べれない味だった。
「どうですか?」
「そうですね、相変わらず野菜の皮まで料理に入れるし、出汁に使った昆布まで料理に入れるし。もう少し豪華にしてくれてもいいのに節約と言いながらなんでも食べれるようにしてしまう妻のことを思い出す味ですね。」
「そうですか、それはよかったです。」
僕はもう女性の方を見ることができなかった。
僕は女性に見送られて宿を出た。そしてバイクにまたがりエンジンをかける。
「いいですか、昨日来た道を間違いなく戻ってください。どこかに寄り道せず真っ直ぐに。そしたら現世に帰れるはずです。」
「わかりました。」
僕はそう言いながらヘルメットを被る。
僕は出発の準備をする。
けれど僕は一生懸命にどうにかして出発を遅らせようとしていた。
無駄にバイクのミラーを確認したり、ガソリンタンクを覗き込んでガソリンの量を確認したり。
何もないところで確認することなんて対して多くはない。
気がつくと確認できるところは全部やってしまっていた。
「...あのう...よければ一緒に行きませんか?」
僕はずっと女性に言いたかったことを言った。
「それはできません。私が来れるのはこの根子村まで。これ以上現世に近づくのは私には許されていないのです。」
女性はそういながら僕の誘いを断った。
「それなら僕がここに...。」
「それだけは絶対にダメです。」
女性は僕に強くそう言った。
「生きている人がこの場所にいられる時間は24時間だけです。多分ここを出発して黄泉の国を抜けるまでにそれなりの時間がかかるはず。できればもう一生会わないで欲しい。
そしてあなたが本当に現世からいなくなった時、また会いましょう。そしてその時こそ永遠に一緒に暮らしたいです。」
そう言って女性はニコッと笑って僕にお守りを一つ握らせてくれた。
僕はバイクを走らせた。
ミラーの中に写っている女性はずっと僕の方を見て手を振っている。
舗装されていない道を走り、国道71号を走る。
湿っぽい空気が充満したトンネルを抜けて、曲がりくねった山道をひたすらにバイクを走らせる。
何度も急なカーブを超え、そして木と山以外ない道をひたすらに3時間かけて進む。
そろそろガゾリンが心配になってくるような距離を走っていた時、目の前に国道2号線の交差点が見えてきた。
僕は国道71号線から2号線に大阪・東京方面へと曲がった。
◇ ◇ ◇
後日知ったことがある。それは国道71号線と言うのは存在しないということ。
僕はもう一度妻に会いたくて再び大阪を超えて国道2号線をバイクで走ったのだけれど、あの時はあった国道71号線はどこにもなかった。
近くのコンビニやガゾリンスタンドスタッフにも聞いて回ったけれど、国道71号線は聞いたことがないと言う。
あの時僕がお釣りとしてもらった100円札と500円札は家に帰っても財布の中にあった。
だけど、それとは別に小さな便箋が2つ、紛れていた。
「いつのまに。」
僕は思わず苦笑いをしながら1人しか居ない家で呟いた。
便箋の宛名は息子の健一と娘の由美子になっていた。そして便箋の裏には“母より”と僕の妻の字で書かれていた。
僕は黄泉の国から持って帰った手紙を2人に手渡した。
もちろん手紙を届けた後はバイクで懲りずに旅をしている。
変わったのは、僕の胸元にはあの日、妻からもらったお守りがいつも僕の首にかかっているということ。
そして妻からお釣りとして受け取った100円札と500円札が仏壇に額縁に入れられて置かれている事。
僕は新たな世界を求めて旅をしている。
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