第2話「HELLO WORLD!!」
僕にとって、非科学的な現象が発生していた。
本来ありえない、いうなればメモリの最適化作業のようなもの。整備の人間によって定期的に行われるが、
人間でいえば、夢というやつだ。
(これは……基地のサーバからバックアップデータがダウンロードされている? 僕の
僕はロボット、殺人兵器だ。
だから、夢なんか見ない。
考えられるのは、回収された躯体が修理され、そこにバックアップデータが上書きされているということだ。僕自身の戦闘経験値などは、少しだけロールバックしてしまうだろう。
でも、これはそうじゃない。
あの激しい戦いも、苦しい撤退戦も、逃げ惑う人間も、血も炎も……そこにはない。
(花だ。小さなコンテナに花を詰めている)
人間たちは皆、一様に質素で暗い色調の服を着ている。
そして、色とりどりの花々を持ち寄っていた。
どういう訳か、メンタリティが弱って見える。何人かは泣いていた。そして、次々と手に持つ花を箱の中へと納めてゆく。
そうこうしていると、一人の老婆が僕に花を手渡してきた。
僕にもやれというのか?
人間は時々、こうした謎の儀式をやりたがる。
僕がその追体験を記録としてロードさせられているのは、無意味に思えた。
(なんだというのだ……これは。
本人の意思とは裏腹に、データ内の僕は木製の箱に近寄る。
その正体がようやくわかった。
抗菌処理された消臭済みの死体袋ではない。人間たちが
僕はその女性に花を捧げた。
そこで唐突に映像が途切れる。
「ん、っ、う……なんだ、今のは。……ここは? 僕は、どうなっ、たん、だ」
再起動に成功した。
だが、妙だ。
躯体が現在状況を伝えてこない。視界にパラメータが表示されないのだ。GPSによる現在位置もわからないし、ネットワークにも接続されない。
なにより、ぼんやりと見える白い天井が妙に眩しかった。
インジケーターが全て非表示になっていて、少し混乱する。
「とにかく、ケイジを、出る。ネフェリム770号機、起動。自力にて、ロック、解除……おや?」
やはり妙だ。
おかしい。
異変である。
いつも整備時に拘束される、合金製のケイジはそこにはなかった。
身を起こそうとするが、うまく躯体が動かない。
というか、酷く重い。
全身の反応が鈍い、明らかな整備ミスを感じた。
それでも、どうにか柔らかい布地の上で
その時、僕は驚くべき光景を見て愕然とした。
「な、なんだ? こんな、オプション換装は、聞いていない。というか、ありえ、ない。なんだいなんだい、僕はどう……して、しまっ、……たのさ!」
僕の
震えながら布地を掴む、それはひ弱で白い手。
人間の手だ。
間違いない、震えて痺れを感じる、生身の有機的な手がそこにはあった。
僕に繋がっている。
それで改めて僕は、自分の全身を見下ろした。
「なっ――ぼ、僕の、躯体が……!」
両手を交互に見る。
酷く小さくて、これではなにも壊せないし殺せない。
その手も感触が鈍く、鋭敏なセンサーを全身に張り巡らせていた躯体とは別物だった。恐る恐る、両手で全身をまさぐってみる。
多分、やわらかい。
酷く
当然ながら、無敵の装甲は失われている。
顔にも触れてみたが、、長い黒髪が生えていた。
いよいよパニックになりかけたが、僕はネフェリム、地球最強のロボットだ。まずは現状を正しく把握し、冷静に対処を――
「っ、う? あ、ああっ! うーっ!」
突然の落下。
どう見ても人間でしかない自分を、まだ上手く動かせない。
それで僕は、整備台の上から落下してしまった。
床は固く冷たい。
そして、落ちてみてわかった。
今まで自分が乗せられていたのは、白いシーツのベッドだったのだ。人間が多用する寝具で、冬季ともなればなかなか離れがたい麻薬のような存在だと聞いている。
ともあれ、どうにか立ち上がろうとしたその時だった。
不意にドアがノックされ、一拍の間をおいて開かれた。
「やあ、目が覚めたね。言語中枢系のコンパイルには成功したようだ」
そこには、一人の男が立っていた。
戦闘力は皆無に見える。
武器も所持していないが、隠している可能性は否定できない。
白衣姿は医療従事者か、それとも研究者や技術者といった風体だ。
第一印象は、
最初にポップアップする筈だった自律判断は、即時拘束からの情報収集だった。
だが、僕の身体は震えるだけで立つこともできない。
「お、お前は、誰だ……所属と、官姓名、IDを……僕、は」
なんとか両足に力を込めようとするが、上手く立てない。
というか、人間の膝関節はどうしてここまでしか曲がらないんだ? 無理に曲げると不快な電気信号が神経を逆流する。何故、可動範囲が狭いのかさっぱり理解できない。
それでも僕は、右腕を突き出し手を開いた。
もう片方の手で二の腕を握って、
兵装がオンラインになることはなかったが、僕は戦おうとした。
だが、ハハハと男は
「おっ、必殺のブラスターかい? それとも火炎放射かな? その構えは」
「スタンモードだ、安心、しろ。……動けば、撃つ」
僕たちネフェリムは、全身が武器だ。
特に両腕両脚は、それ自体が巨大なウェポンプラットフォームになっている。腕に内蔵されたマルチプルランチャーは、フォトンブラスターやハイパーテルミット等の機能が凝縮されている。
だが、それは今の肉体には
必死で自制心を
「
「……個体登録名、は、ない。状況の、説明を、求む。それと……まずは自分から名乗ったらどうかね」
だんだん喋るのにも慣れてきた。
人間の肉体などといっても、所詮は有機的なデバイスの一つに過ぎない。神経細胞を電流パルスが行き来しているのだから、精密な回路と半導体で構成された躯体と一緒である。
一緒の、
だが、本来なら一秒で男を消し炭にできるはずの右腕は、突き出してるだけで結構な疲労を感じた。
なにこれ、もうやだ、なんなのさ!
「私の名前は、ジェザド・グリゴリ。科学者だよ。君は、そうだねえ」
「何故、僕がこんなことになっている! 原隊復帰を希望する、躯体を返せ!」
「返せと言われてもなあ……君、本来なら死んでるんだよ?」
「そいつはどうも、でも僕は元から生きてなどいない! 機械、ロボットなんだ」
「ハハ、レトロフューチャーだな。SFっぽいセリフだ。今どき、アンドロイドたちだってそんな言葉口にしないよ?」
そう言ってジェザドは、また笑った。
なんだか
普段なら呼吸や体温、発汗をセンサーで読み取ればすぐなのに。
それに、酷くニラニラする。
「酷くニラニラする! ……あっ」
「気をつけなよ、770号君。君は脳味噌はロボットだが、肉体は健康的な……健康になった14歳の女の子なんだからね」
「クソッ、たちが悪い男だ! あ、あれ……そうか、気をつけないと音声を発してしまう」
「神経信号のコンバートエラーかな? まあ、すぐに慣れると思うよ。そうだね……ナナオ、っていうのはどうだい? 770号だから、ナナオ。君の名前だよ」
「……は?」
突然のことだったので、僕は目を丸くしてしまった。
シャッターを高速で切ったように視界がコマ送りになる。
人間の有視界センサーにはまぶたと呼ばれる保護フィルターがあるのを思い出した。
なんだか、胸の奥がジギジギした。
先程もだが、表現不能ななにかが次々と自分の中で浮かんで弾ける。
だが、ジェザドは満面の笑みで端的に現状を説明してくれた。
「ナナオ、君が元々使っていた躯体は大破炎上した。私は頭脳だけをその肉体に移植した訳だ。脳味噌はロボット、肉体は人間。普通と真逆だが、君はサイボーグになったんだ」
足元の接地感が、不意に薄らいだ。
これが
なんてことだ、僕はどういう訳かジェザドによって人間の小娘にインストールされてしまったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます