第3話 パーティー仲間?
校長室は職員室の隣にある。
いざその扉の前に立つと、体がすごく重く感じた。
なんつーか、校長室ってそこだけ異世界っつーか、アウェー感やべぇんだよなぁ。扉が、他の教室と違って簡素な引き戸じゃなくて、押して開けるタイプのしっかりとした扉だからだろうか。
てか、入る時って普通ノックするよね?
あれ? 何回すればいいの?
扉開けてから失礼しますなの? それとも扉越しに失礼しますなの?
スカートの内側がやけにスースーするのは、緊張で体が熱くなっているからですかねぇ。
「……あの」
「ひえっ?」
突然後ろから声がして、情けない声が出てしまった。
「あ、君は……」
振り返ると、俺が朝からずっと目で追いかけていた男装女子が立っていた。
彼女は俯いており、視線を全く合わせてくれない。
……それは俺が女装男子だからですか?
それとも、他人になんて興味ありません、私は我が道を行くだけです、ってことですか?
なにそれちょーかっこいいんですけど。
「私、そこに用事があるんだけど」
「あ、ああ。ご、ごめん。どうぞ」
飛び退くようにして扉の前を譲る。
男装女子は、躊躇いなく扉をノックした。
「どうぞ」
「失礼します」
中から年寄り特有のゆったりとした声が聞こえる。
校長先生だ。
彼女は躊躇いなく扉を開けて中に入っていく。
なるほど、開けながら失礼しますね……って、いま一緒に入ればよかったじゃん!
俺は閉まってしまった扉の前に立ち、深呼吸をしてから扉をノックした。
「どうぞ」
「し、失礼します」
彼女の真似をして、扉を開けながら言った。
部屋の中はいかにも校長室って感じだ。
壁際の棚の上には、諸先輩方が部活動の大会で獲得したトロフィーが飾られてあり、この部屋の格式高さを際立たせている。
中央には黒革のソファが二つ、ローテーブルを挟んで向かい合うようにして置かれており、その奥には高そうな机と大きな窓があった。
校長先生は大きな窓の前に立っていた。
「よかった。二人ともちゃんと来てくれて」
それは、俺が校長の呼び出しを無視するような不良生徒だと思っていたってことですか?
心の中で愚痴りながら校長先生に非難めいた目を向けると、校長先生はにこりと不気味に笑って、かけている眼鏡をくいっと押し上げた。
入学式で見た時は小太りの小柄なおじさんという印象しか受けなかったが、いざこうして対峙して笑みを向けられると、独特のオーラを感じて委縮してしまう。
校長のそばにいた男装女子はこちらを振り返って不思議そうにしていたが、特にそれ以上の反応はなく、また校長先生の方に向き直った。
「ほら、君も、彼女の横に」
「……はい」
言われるがまま、男装女子の横に並ぶ。
その瞬間、彼女が少しだけ横に動いて俺と距離を取った。
「ええと。時間もないので単刀直入に伝えるよ」
校長がごほんと咳払いをする。
空気が一瞬にしてぴりっと引き締まった。
「私が君たちを呼んだ理由なんだが、もちろん君たちの着用している制服についてだ」
ああ、やっぱりね。
まあそれ以外考えられないか。
「どうして君たちは、普通とは違う制服を着ているのかね?」
そうストレートに問われ、俺は答えに窮する。
俺がセーラー服を着ている理由は、男が嫌いだから以外にない。
学ラン、という男の象徴を絶対に着たくなかったのだ。
ただ、その心の機微をうまく他人に説明できる自信はないし、トラウマだからできれば遠慮したい。
さて、どう乗り切ればいいものやら……。
「あの」
俺が逡巡していると、男装女子が口火を切った。
「この学校の校則には、校舎では制服を着なさいとは書かれていますが、女子がセーラー服を着ないといけないとは書かれていません」
彼女の言葉に、校長はあからさまに顔をしかめる。
「それはまあそうだが、常識的に考えればおかしいと誰だって」
「私は学ランがいいんです。私が着るものは私が決めます。誰にも迷惑はかけてません」
年上の校長相手に堂々と言い切った男装女子がキラキラと輝いて見えたのは、気のせいではないと思う。
憧れのスポーツ選手と初めて対面した少年も、こんな感情を抱くのだろうか。
俺は彼女の心の強さに、どうしようもなく惹かれていた。
「私が決めると言われても……」
ここまで強く反論されると思っていなかったのか、狼狽えたような表情を浮かべた校長先生が、額をハンカチで拭いはじめる。
さっき感じた威圧感は、俺が勝手に抱いた幻想だったようだ。
「しかしなぁ、
あ、この男装女子の名前、瀬能っていうのか。
名字もすげぇ格好いいなぁ。
「強くありたいからと言って、わざわざ男子の真似をしなくてもいいんじゃないかな」
「お、俺も!」
気がつけば、今度は俺が校長の言葉を遮っていた。
彼女の強い心に共鳴したと言えばいいだろうか。
彼女が作ってくれた流れに乗っているだけなのだが、この場で自分の主張を貫き通すことができれば、彼女にみたいに強くなれる気がしたのだ。
「自分の意志でこの制服を選んだんです。これが俺なんです。普通に従う義理はありません」
「ちょっと、
「それに、このご時世にそんな性差別を助長するような発言をするのはまずいのではないですか? 性別で着るものを制限するなんて、時代遅れ過ぎます」
校長先生は渋面を作って押し黙る。
よしっ。
なにか気の利いた返しをされる前に退散しよう。
逃げるが勝ちだ。
「とにかく、俺たちは俺たちですから。誰の指図も受けつけません。失礼します」
頭を下げながら、ちらりと瀬能さんを見る。
彼女は驚いたように目を見開いていたが、
「わ、私も失礼します」
ぺこりと頭を下げて、校長室を出ようとする俺の後についてきた。
「あ、ちょっと君たち」
呼び止める校長を無視して、俺は扉をばたんと強く閉める。
廊下はしんと静まり返っていてちょっとだけ肌寒かったが、体の内側から熱いなにかが湧き上がってきて、体温が上昇するのを感じた。
ロールプレイングゲームのラスボスを倒したときの感覚に似ている。
校長が俺たちを追いかけて廊下に出てくることはなかった。
「ごめんね。とっさに俺たち、なんて仲間みたいに言っちゃって」
興奮気味に、隣に立つ瀬能さんに話しかける。
いまの俺は、瀬能さんのことを、様々な修羅場を潜り抜けたパーティ仲間かのように感じていた。
「こちらこそ、ごめんなさい。それじゃあ」
しかし瀬能さんは怯えたように首をふるふると振ってから、小走りで俺から離れていった。
……え、そっけな。
ってかあれ、やっぱり俺、嫌われてる?
高ぶっていた感情が急速に萎えていく。
廊下に一人残された俺は、しばらくの間、自分が穿いているスカートから伸びる脚をじっと見下ろしつづけた。
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