第2話 男の彼女に憧れて

 教室に足を踏み入れた瞬間、クラスメイトたちの話し声が一瞬で止まった。


 しんと静まりかえっているはずなのに、教室内から、ざわざわという音が鳴っているように感じる。


 そんな別に、みんなして俺を見なくてもいいだろうに…………あ、そうか!

 

 これが俗に言う高校デビュー成功ってやつですか?


 はい違います。


 街に現れたカラフル女装おじさんみたいにスベってるんですよね。


 自己紹介で「将来の夢は世界征服です」って言っちゃう、自称お笑いレベル高い系男子と同じ扱いを受けているんですよね。


 不穏や嫌悪感って耳で感じ取ることができるんだなぁ。


 肩身が狭いなぁと思いながら教室内を進む。


 俺の席は、廊下側から数えて三列目の一番後ろ。


 鞄を机の上に置いて、スカートがしわにならないように注意して席につくと、クラスメイトたちはたったいま喋る機能を取り戻したかのように、近くの人とひそひそ話しはじめた。


「おいおいまじかよ」

「あいつほんとにスカートだぜ。どんだけー」

「ここってもしかして新宿二丁目なのか?」

「それだと俺たちまでオカマになるだろうが」


 それからは、堰を切ったように俺の陰口で教室が埋め尽くされる。


 五分経っても、クラスメイトたちのざわめきは収まらない。


 俺は現実をシャットダウンするために、机に突っ伏すことにした。


 入学式のために移動した体育館では、他クラスの生徒や教員にまでざわめきが広がった。


 ああ、もういますぐにでも爆発してしまいたいんですけど……。


 入学初日なのにもう退学したいんですけど……。


 でも、これは俺自身が決めたことだ。


 それに、あの男装女子は、朝見た時と変わらず堂々と椅子に座っている。


 周囲のざわめきも、視線も、一切気にしていない。


 彼女にできるなら俺にだってできるはずだと、名前も知らない男装女子に勝手に仲間意識を抱きながら、俺はなんとか入学式を乗り越えた。


「以上を持ちまして、松園学院高等学校入学式を終了いたします」


 閉会の言葉が終わると、張り詰めていた空気が一気に弛緩する。


「新入生の皆さんは、各教室にお戻りください」


 というアナウンスに従って、他の新入生と一緒に体育館から出ようとすると、痩せ型のおじさん――たしか教頭先生に呼び止められた。


「き、君、ちょっといいかな?」


 少し怯えているように見えるのは、俺が女装をするような理解不能な生徒だからだろうか。


 いきなり叫んで暴れ狂うような変人とでも思っているのだろうか。


「はい、いったいどんなご用件でしょうか?」


 皮肉を込めて、できる限り丁寧な言葉で対応してやることにする。


「少し話があるから、この後校長室に来てもらってもいいかな?」

「えっと、でもいまからオリエンテーションがあるのですが」


 入学式後は各クラスの教室に戻って、自己紹介と今後の流れについて説明を受けることになっている。


「君のクラスの担任にはもう話してあるから、心配する必要はない」

「……あ、はい」


 とりあえず頷いておく。


 それもそうか。


 こんなに目立っているのだから、そりゃあ特例で呼び出されるに決まってるよな。


「じゃあ、先に一人で校長室に行っておいてくれ。場所はわかるかい? もう一人、呼び出さないといけない生徒がいるから」

「はい。わかりました」


 俺の返事を聞くとすぐに、教頭はきょろきょろと周囲を見渡し、俺の前からいなくなる。


 その背中を目で追うと……ああ、やっぱりね。


 教頭先生は、あの男装女子に話しかけていた。


「……だよなぁ」


 入学早々、こんな異端児二人を学校が放っておくわけがない。


 俺は二人から視線を切り、勝手に道を開けてくれる生徒たちの間をすり抜けて、校長室に向かった。

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