第25話 帰宅途中
頼朝は踵を返して奥の間を後にした。義時が戸を閉めて頼朝を見上げる。
「……いつでも試しを受けられるよう、準備しておいてくれ」
頼朝の指示に御意と応えた義時は、ふと何かを思い出したように腕時計に目をやった。
「大変です、殿。もう少しで政子の帰宅時間です」
「なに!?」
義時の言葉に、頼朝が顔を青くさせる。
北条義時の前世の姉——今生では妹——の政子にみつかれば厄介なことになる。彼女が帰ってくるまでに、この家から出なくては。
「きっと全速力で走って帰ってきますよ。父がうちに殿が来ていることを教えてるでしょうから」
「なんでだ!?」
北条家を訪ねるのに毎回わざわざ政子がいない時を見計らっていることに気づいていない訳がなかろうに。
「だって、父は今生でも政子を殿と結婚させようと狙ってますもの」
思いがけぬ時政の野望を聞かされて、頼朝は絶句した。
確かに自分達は前世で夫婦だったが、今生では頼朝は何の権力も持たぬ一般人だ。娘を嫁がせても時政の得になることはないだろうに、何故だ。
「まさか、お前もそうなればいいと思ってるんじゃ……」
「見損なわないでください! 俺は殿の味方です! 殿が会いたくないというなら、政子の足止めもしてみせます! この命に代えても!」
命がけで妹を止めると豪語する義時は、しかしふっと眉を下げて複雑そうな表情をした。
「でも、政子はあれ、前世の記憶がないですからね。御霊を持っていないのに執念で殿と同じ時代に生まれ変わったんですよ。素晴らしい根性ですよね。殿には迷惑かもしれませんが、殿への愛情だけは本物です」
今生で生まれた妹が、前世で姉であった北条政子だとわかった時、義時は心底驚いた。政子は前世でなんの御霊も宿していなかったからだ。
さすがに前世の記憶は残っていなかったが、頼朝の姿を見た途端に一目惚れしたことからみても、頼朝を追いかけるために転生してきたとしか思えない。
魂だけになってもなお頼朝を追いかけて北条家へ生まれてくるとは。まさに執念のストーカー。
しみじみと感心する義時に対して、頼朝は頭を抱えて唸った。
「あ〜、頭が痛い……おい、義時、俺はもう帰る。……いざという時は足止めを頼んだぞ。それと、俺の住所をばらしたらただじゃおかないと時政に伝えとけ」
「御意」
疲れ切った表情で廊下を戻り始める頼朝に、義時はびしっと敬礼した。
***
「本当!? 父上、本当なの? 頼朝くんが家に来てるの?」
学用鞄をがっちゃがっちゃ鳴らしながら、政子は携帯を片手に全力疾走していた。
「今すぐ帰るから! 足止めしておいて! んも〜っ、なんで兄上は教えてくれないのよ〜っ!」
妹がこんなに一途に恋をしているというのに、実の兄はあまり協力的ではない。兄が協力してくれさえすれば、政子の恋は今よりずっと進展するはずなのに。
政子は息を切らして走る。髪は乱れ靴下はずり下がっているが、知ったことか。通行人に胡乱な目で見られることぐらいなんてことはない。大事なのは頼朝だ。
「とにかく、今すぐ帰るから……きゃっ」
街から離れた山の麓にある実家を恨めしく思いながら曲がり角を曲がった政子は、向こうから歩いてきた人物とぶつかって携帯を落とした。
「あ、ごめん」
相手は転がった携帯を素早く拾い上げると政子に手渡した。
「大丈夫だった?」
「え、ええ……ごめんなさい! 急いでて」
政子は頭を下げて謝った。街中で全力疾走していた自分が悪い。
しかし、相手は少しも怒らずににっこりと微笑んだ。高校生ぐらいの男の子に見えるが、この時間帯に私服ということは案外童顔な大学生かもしれない。
「す、すいません。ありがとうございました!」
とにかく今は一にも二にも頼朝が最優先事項である政子は、慌ただしく礼を述べると再び走り出した。今度は少し周囲に気をつけながら。
「……うーん。日本の女子高生は随分忙しくなったんだなぁ」
すごい勢いで走り去っていった政子を見送って、少年が呟く。
「おい、何をしている」
物々しいバリトンボイスとともに少年の背後に立った背の高い壮年の男が少年を促す。それに対してゴメンと言うように片手をひらひらと振って見せてから、少年は男の横に並んで歩き始めた。
「さっさと帰るぞ」
男が眼鏡の弦を持ち上げながら言った。
「馬鹿息子どもの元にな」
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