第13話 雷
居間が使い物にならないので、兄弟四人は和室に移動した。昔からこの家は刺客の襲撃やらなんやらでしょっちゅう壊れているのだが、不思議なことにどんなに派手な壊れ方をしてもいつの間にか元通りになっている。警察やら救急車が来たこともない。
今だって、居間にトラックが突っ込みっぱなしだというのに、兄弟水入らずで酒と茶を飲む余裕があるのだ。いったいご近所からはどう思われているのか不思議で仕方がない。
不思議といえば、そもそもこの家の修理代やら自分達の生活費というものはいったいどこから出ているのだろう。義経は首を捻る。頼朝は大抵いつも家にいるし、仕事をしている様子はない。
とするとやはり、遺産か何かがあって、それを食い潰しているのだろうか。
頼朝本人に尋ねてみたこともあるのだ、のらりくらりと言い逃れられて答えてもらえなかった。
先程の話だと、長男義平は頼朝が十四歳の時に蒸発したらしいから、その時から今まで頼朝は一人で自分達二人を育てていたことになる。今の自分と同じ年齢で、どうやってそんなことが出来たのだろうと義経は思う。
「どうした九郎、難しい顔して黙りこくって。ほら、一杯付き合え。六郎も飲め飲め」
「未成年に酒を勧めるなっ!!」
上機嫌で義経と範頼に酒を勧める義平に、頼朝の怒号が飛ぶ。
「なんだよ鬼武者。かてぇこと言うなよ」
「堅くない! 常識だ! アンタがいない間に飲酒に厳しくなったんだ日本は!」
頼朝の口から「常識」という単語が出てきたことに、義経と範頼は新鮮な驚きを感じた。
「昔は「兄上、兄上」って俺の後ろをちょこまか付いてきて可愛かったのに……」
「やかましいっ!」
「ちょっと留守にしてる間にグレちまって……反抗期か?」
「十一年は「ちょっと」じゃないだろーっ!」
「ところで、次郎はどうした?」
「朝長兄さんなら入院中だよ」
「なんだ、またか」
久々に会ったという二人の会話に口を挟めず、義経と範頼は義平に振り回されている頼朝を眺める。
普段の頼朝は弟二人を振り回す立場であるのだが、義平相手だとすっかり立場が逆転してしまっている。これが長男の貫禄か。
しかし、周囲から見る限り、頼朝はぎゃーぎゃー怒鳴ってはいてもどこか楽しそうに見える。その姿は兄を諌めるというより、どちらというと子供が年長者に駄々をこねる時の態度に似ている。
「なんか……兄さん、楽しそうだね」
義経がそう呟くと、範頼もそれに同意した。自分達の兄であるという感覚は薄いが、義平は確かに頼朝の兄なのだろう。おそらくは、頼朝が弟として甘えられる存在なのだ。
そう考えると、「突然現れた長兄」という違和感は徐々に消えていき、「頼朝兄さんの兄さん」という親近感が芽生えてくる。
「そういえば義平さん。なんで突然戻ってきたの?」
十一年前に家を出た理由や今までどこで何をやっていたかなど謎の多い長兄に義経が尋ねる。
「あん? それはなぁ……」
義平が酒を呷りながらそれに答えようとした時、
「源頼朝、覚悟だっ!!」
おなじみの平氏の刺客がばらばらと現れた。どこから入ってきたのか知らないが、彼らは半壊した居間を見てどう思ったのだろうかと、義経はどうでもいいことをふと思う。平氏の刺客といっても、見るからに雑魚ばかりなので誰も慌てたりしない。
「なんだテメェら。勝手に他人の家に乗り込んで来やがって。平氏の連中は礼儀を知らねぇのか?」
「大型トラックで居間に突っ込んだアンタが言うな」
不機嫌そうに顔をしかめる義平の横で、頼朝がぼそっと呟く。
「今日はあの物騒は連中はきていないみてぇだな」
範頼が面倒くさそうに立ち上がりながら言う。前回やってきた知章や平家一の強者教経などが襲撃してきたら大問題だが、雑魚は雑魚で相手をするのが面倒だ。
それにしても、あれだけ強力な武人がいるというのに、何故総力を持って源氏を滅ぼそうとしないのだろう。義経は教経や知章とやり合った時のことを思い出して背筋を冷やす。あんな連中がごろごろしているのなら、自分達兄弟などすぐに仕留められるだろうに。
それとも、義経達が御霊の力を封印されているのと同じように、平氏側にも全力で戦えない理由があるのだろうか。
「ま、なんであれ強い敵は来ない方がいいけど。とりあえずここ片付けちゃうか」
「俺らがやるから、頼朝兄さんは義平さんとごゆっくりどうぞー」
義経と範頼が武器を取り出して前に出ると、その舐めきった態度が気に障ったのか、刺客どもの殺気が膨れ上がる。
「上等だ! 貴様ら兄弟の首を清盛公の御前に差し出してくれる!」
いっせいに勝鬨をあげて飛びかかってくる敵に、迎え討とうとした義経と範頼が攻撃に入る前に背後から声がかけられた。
「待ちな。チビ共」
空気がビリビリと震えた。
「この場はこの悪源太義平様に、万事任せな」
思わず振り返ると、ゆらりと立ち上がった義平が両手を胸の前に掲げて一歩進み出た。
その両の拳に、バチっと火花がまとわりつく。
圧倒的な威圧感に、義経と範頼は左右に避けて義平に道を譲った。
「行っくぜぇーーーっ!!」
一声吠えて、義平は両手を開いた。そこから火花の散る音と共に電撃が迸った。
「これが悪源太義平の雷の御霊の力だ! たっぷり食らいな!」
その言葉の通りに、室内を稲妻が轟き渡る。
義平の手のひらから生み出された雷は、まるで生き物のごとく空中を縦横無尽に走って敵に襲いかかる。雷に打たれた敵は次々に声もなく倒れていく。
最後の一人が倒れるのに、時間はかからなかった。
あまりにもあっけなく着いた勝負に、義経と範頼は唖然とする。
稲妻が収束し、後には倒れ伏す男達の間に一人立つ義平の姿。
頼朝が肩を竦めた。
「す……すっげぇぇぇーっ! 義平さん、すっげーっ!!」
義経は屍どもを踏み越えて義平に駆け寄り、キラキラした目で見上げた。
「今のが御霊の力? 義平さんは御霊を封印されてないの?」
「あー……」
義経の質問に、義平は頰を掻きながらちらりと頼朝を見た。
頼朝は、静かな眼差しで兄を見返した。
「あー、俺はな。前世じゃ早々に死んじまったから、平氏に警戒されてねえんだよ」
義平が平氏の手に落ちて処刑された時、弟の頼朝はまだ十三歳の少年だった。その二十年以上後に挙兵した頼朝が平氏を滅ぼしたことを知ったのは、今生に生まれ変わってからだ。
「こんなに強い味方がいるなんて心強いね! あー、僕らも一刻も早く御霊の封印を解く方法を見つけなくちゃ。ね、頼朝兄さん」
「……ああ。そうだな」
無邪気にそう言う義経に応える頼朝の表情が、わずかに曇ったことに気づいたのは義平だけであった。
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※鬼武者は頼朝の幼名です。
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