巣
イーシャを家に帰した後、その日は休養としておき、翌朝さっそくローガとラジャータの二人は人狼の調査に向かうことになった。
その間ルーウェンは宿でお留守番である。
二人は厩舎でチルチルとミチルに飼い付けを済ませ、諸々の装備品を用意していった。ラジャータは自分の馬鞍をチルチルに取り付け、ローガもミチルに自分の馬鞍を取り付け、その他武器や最低限の食料などをまとめてある。
そして村人たちが畑に出るのと時を同じくして、二人も村を出発した。
ローガはラジャータの隣に馬を並べて歩かせ、道すがらラジャータに話しかけた。
「さて、まずはどこを調べるんだ? 昨日言ってた、兵士が殺されたっていう東の森か?」
「ああ、そこも調べるんだが、その前に気になる場所がある。先にそこへ行きたい」
「気になる場所って?」
「昨日村へ来る途中火葬の跡があっただろう? それが気になってな」
「ああ、確かにそんなのあったが、それがどういう関係があるって言うんだ?」
「じきに分かるさ、この手の話は一枚岩じゃない。私の中でだいたいの目星はついてる」
「さすが、プロは違うねぇ。俺には何が何やらさっぱりだよ。それなら早速その場所へ向かってみるとするか」
というわけで、二人は昨日来た道を戻るように馬を進め、件の火葬場へと戻る事になった。
ローガもラジャータも、戦闘になった場合に備えて武装は充分用意してある。ローガはボルトアクション式のライフルを背負い、リボルバーとグルカナイフを腰に下げておいた。
一方のラジャータはレバーアクションライフルと巨大な怪物撃ち銃を背負って、腰には銃身を切り詰めた二連ショットガンと短刀を下げでいる。
ローガは昨日も戦闘で活躍していたラジャータの巨大な銃が気になった。これ程大きな銃はみたことが無い、もはや大砲とでも言うべき代物なのだ。
「なあ、昨日から気になってたんだが、その化け物みたいな銃は一体なんなんだ?」
「あーこれか? 怪物撃ち用に特注したものだ。別に変わった代物じゃない。単にデカいだけの中折れ銃だ」
ラジャータは背中からその銃を胸元に引っ張って来て、ローガに見せてやった。
「トゥルパは単に風穴を空けてもピンピン動く、脳天を撃ち抜こうと心臓を撃ち抜こうとな。だが頭や胸を丸ごと失えば肉体を再生するために一時的に活動が止まる。だから大火力で粉微塵に吹き飛ばしてやるんだ。とはいえ大砲を持ち歩くわけにもいかないからな、どうにか持って歩けるサイズに収めてもらった物だ」
「そいつはすげぇ! 持ち運べる大砲か! しかも特注品なんだろう? 世界に一つの強力な武器ってわけだ!」
ローガはあからさまに目を輝かせてまじまじとその銃を見つめた。こんなもの、男の子なら喜ばないはずがない。
「そうたいそうなものじゃないさ、取り回しが悪くなるから銃身は普通のライフルより少し長い程度だし、普通の人間でも撃てるように装薬量を減らしてある。だから見た目ほどに威力は出ない。それでも反動でこれでもかと暴れるからな、銃床を切り詰めて腰だめでしか撃てないようにしてあるし、弾薬を使い分ける為にライフリングも刻んでいない。だから射程も短くて至近距離でなきゃまともに当たらんジャジャ馬だ」
「なるほどな、弾は何が撃てるんだ?」
「大粒の子弾を込めた散弾と、スラグ弾、徹甲弾(フルメタルジャケット弾)がある。だいたいは散弾を使っているな」
「色々撃てるのか、便利だな。それで敵を倒したことは何度もあるのか?」
「ああ、ある。昨日みたいに肉が弾け飛ぶぞ」
「まじかよ、人間には撃ったことあるか?」
「人間には撃たない、威力が過剰すぎるからな、普通のライフルの方が適してる」
「へぇ、なあ、俺もそれ撃ってみていいか?」
「やめてくれ、一発一発が高いんだ。大量生産の既製品じゃないからな、薬莢を再利用して何度も使ってるんだ。それでも一発五十カンチャナ(ナヤームの通貨単位、約五千円)はする」
「そうか、そいつは残念だ……ついでだが、あんたの持ってる短刀もやけに奇抜だよな。そいつも何か経緯があるのか?」
「ああ、これか……」とラジャータは巨大な銃を背負い直して、今度は腰の短刀を鞘ごと取って見せてくれた。
その短刀は、真鍮の鞘や柄の部分に細かな装飾が施されており、至る所に宝石が埋め込まれている。長さは武器としては短く、ナイフとしては邪魔になる中途半端なもので、刃の形状も単純な三角形という不思議な形であり、明らかに儀式用の短剣である。
「この剣はな、昔パヴィトラ山脈の向こう、北の荒野にあるスメールという山の寺院へ行った時のものだ。それで、なんだかんだとあってこの剣を授かった。確か……月の刃だとか銘があったはずだ」
「はぁ……。じゃあ北の荒野へも行ったことがあるってのか? あそこは悪い瘴気が漂っているとか聞いたが……。まあいい加減驚くのにも飽きてきたよ」
「別に毒なんぞありゃしない。お前達の神話が都合よく解釈しただけで、あれはただの高山病だ」
「高山病? なんだそりゃ」
「まあなんだ、慣れない者が行くと気分が悪くなるんだが、そういうものなんだ」
「なるほど? っていうかこの剣、プルパ(法具の一種)じゃないのか? 何に使ってるんだ?」
「何って、色々だ。肉をさばいたり草を刈ったり戦ったり、何にでも使う」
月の刃と名付けられたその短剣は、彼女の言い分を裏付けるように汚れて傷がつき、使い込まれているようである。
「いや、その剣はな……」
ローガは、職人の髄が込められた美術品が不憫に思えて言いかけたがすぐにやめておいた「この短剣は実際に使うために作られたものじゃないから、磨いて大事にとっておけ」と言っても、この女には何のことだか理解できないような気がしたからだ。
「なんだ? 何か言いたいことがあるなら言ってくれて構わないんだぞ?」
「いやいいんだ、見せてくれてありがとよ。それより、事件について目星がついてると言うが、どう目星がついているんだ? 本当に人狼がいるのかどうかだって分からんだろう? 俺は本当にそんな奴がいるのかどうか信じられちゃいねぇぜ」
「確かにな、私は人狼と戦ったことはあるがまだ作り話の可能性もある、だが少なくともなにか事件が起きているのは間違いない」
「火葬の跡へはどうして? どういう関係があるってんだ?」
「昨日ここ数日で葬式は挙げられていないと言っていただろう? それが本当なら村人以外の何者かが火葬したことになる。あの場所は森にも近い上に街道沿いだ、村の人間か人狼以外が火を焚けば放ってはおかないだろう」
「まさか人狼が弔いをしたって?」
「ああそうだ。トゥルパには二種類いる、昨日相手にしたようなトゥルパそのものと、人間や動物に寄生したものの二種。後者ならば人間としての理性を残している場合がある。そういう手合いの奴がやったか、もしくは人狼の協力者がいたのだろう」
「トゥルパが寄生? それに協力者だって? そんなことがあるのか?」
「流行病や疫病の事を呪いや神罰と言う奴というだろう? それに得体のしれないことをしている奴もだ。そういうものだと思っておけ」
「そういうもの……? よく分からないが……」
「まあ、見ていればわかるさ。……さて、火葬の跡に着いたぞ」
二人はそうして話しているうちに、川沿いにある件の火葬跡へ到着した。
昨日村へやってきた街道を遡り、橋の手前で川岸を少し進んだ場所である。この場所は確かに人狼が潜むとされる森に隣接しており、木々の立ち並ぶ森に面した川岸には黒く煤けた火葬の跡が見て取れた。
二人は馬を降りて近くの木にくくりつけると、その火葬跡へと近づいていった。
火葬跡はローガの父親の葬式と同様薪をくべて燃やした跡のようで、川岸の一部が黒々とした煤に覆われており、それを木の棒か何かで押し出して川に遺灰を押し流したとみられる痕跡が見られた。
「風で細かな煤が飛ばされていないし、残った墨も乾燥している。やはりここ数日の間に火葬されたもののようだな」
ラジャータは黒い地面を撫でて調べながらそう言った。
「確かにそうらしいな、規模からして二~三人まとめて焼いたか。なあおい、あそこ見てみろよ」
ローガが指さした先には、一度掘り起こして何かを埋めたような跡があった。
「そっちも見てみるか」
ラジャータもそれに気づいて立ち上がり、今度は二人でその場所へ向かった。
スコップのような道具が無いので、軽く手で掘り起こそうと試みてみると、一度耕された地面は思いのほか柔らかく、手で簡単に掘り返すことができた。そして軽く十センチほど掘り返ししたところで、さっそく何か堅いものに手がぶつかった。
二人がかりで更に土を掻き出して行くと次第に堅い何かの全貌が明らかになってくる。いよいよこれを掘り起こせるという段になり、取り出して土を払いのけてみると、どうやらそれはローガが持っているものと同じグルカナイフのようだった。同じようなナイフが他にも二本埋まっている。更に掘り起こしてみると、他には革のベルトやライフルなども穴から出土した。
「こりゃやっぱり殺されたっていう例の兵士達のものかもな。こいつは俺が使っているのと同じナヤーム軍の官給品だ。火葬にあたって火にくべられないものをこうして埋葬したんだろうな」
「そうだな。兵士が火葬されたとあれば村の人間が知らないはずがないだろうし、ほぼ間違いないだろう。何よりこの遺留品からは残り香がする」
「残り香?」
「胞子だ、トゥルパの残す臭いのようなものだ。奴らの残す胞子には魔力が残されている。奴らの出す瘴気もそれだ。私はそれを見ることができるんだ」
「へぇ、そんなものが見えるのか。じゃあやっぱり人狼の仕業で間違いないのか?」
「人狼かどうかまでは定かでない。だが少なくともトゥルパの仕業であることは間違いないな。だが胞子の痕跡が途切れてしまっている。数人分の火葬と埋葬をするなら一日がかりのはずだ。だが遺留品にしか臭いがないし、この辺り一帯にも殆ど胞子が飛んでいない。これではどの方向から来たのか判別できないな。恐らく埋葬をしたのは普通の人間だ」
「やっぱり人間の協力者がいるっていうのか?」
「協力者か、管理者か下僕か、どういう関係かまでは分からないが、人間が関わっているのはほぼ間違いないだろう」
「なるほど……? いよいよきな臭いな」
ラジャータは遺留品を置いて立ち上がる。
「さて、ここは充分だ、次を当たろう。事件があったっていう場所を見てみるとするか」
「そうだな、いよいよ面白くなってきやがった」
二人は遺留品を再度埋葬してから馬に戻り、事件のあったとされる森の中の道へと向かった。田畑の広がる平野をしばらく引き返し、途中で木々の並ぶ森へと入っていく。
道中、ローガはラジャータの横につけ、再び話を始めた。
「なあラジャータ。俺だってトゥルパがどんなものか全く知らないわけじゃないんだがな。さっきの話、どうにも飲み込めねえ。寄生だとか胞子だとか、聞いたことない事ばかりだ、トゥルパってのは結局なんなんだ?」
「そうだな、トゥルパについてお前はどこまで知っている?」
「危ない怪物だってことだけだけだよ。人里離れた場所に住んでいて、近づくと頭が痛くなるから普通の人間じゃ相手にできないってことだけだ」
「なるほど、世間じゃ呪いだ悪鬼だと言われるがな、実際のところ彼らもただの生物でしかない。菌類の一種だ」
「菌類? なんだそりゃ?」
「パンや酒を作るの助けたり、キノコになっていたりする奴のことだ。トゥルパ達は目に見えない菌類の集まってできた動くキノコみたいなものなんだ」
「動くキノコだって? キノコが動くなんて聞いたことがねえ」
「ああそうだろうな。もっと言えば魔法使いや獣人達も、その目に見えない菌類の仕業だ。お前たちは魔力や魔法使いは神聖なもので、トゥルパや獣人は不浄と言っているがな、その実どちらも本質は同じものだ」
「冗談よしてくれよ、じゃあ獣人は頭からキノコが生えてるとでもいうのか?」
「あながち間違いじゃない。パヴィトラ山脈の近くに住むオオコオモリガという虫を知っているか? その幼虫からキノコが生えていて、冬虫夏草という薬になる。あれと同じものだ。それに私自身もトゥルパで、菌類の集合体だ。だから私も怪異たちと同じように撃たれても切られても死なないし、分裂して何人にも増えることができる。それは私がこれ全体で一つの個体だからでなく、無数の私が集まった集合体だからだ」
「さっぱり意味が分からねぇ、いや言っている言葉は分かるんだがな…腑に落ちないっていうか想像がつかないというか……」
「そうだろうな、こういう話を知っている者は少ないし、古の文献もほとんど失われ、残ったものを読めるものも殆どいない。おまけに現在知れ渡っているのは別のストーリーだろうからな」
その時、ラジャータがくいっと馬の手綱を引いてその歩みを止めた。
「待て、臭うぞ」
ローガもそれを見て、すぐ同じように馬を止める。二人は既に件の森へと入っており、辺りは木々に囲まれている状態だ。
「臭うって? 人狼か?」
「ああ、奴だ。さっきと同じ胞子が漂ってる。この先からだ」
ラジャータの見つめる道の先は、木々に光が遮られ薄暗く、ローガにも何か嫌な予感が感じられるような気がした。
「たしか事件のあったのはこの先だよな……」
「ああそうだ。行こう」
ラジャータは臆することもなく再び馬を進め始める。ローガもその後を追って馬を歩かせた。
そしてそのまま暫く道沿いに馬を進めて行くと、途中ですぐに再びラジャータが馬を停めた。
「ここだな」
ラジャータは胞子の漂う量から、ここが事件のあった場所だと気づいたのだった。ローガも警戒し、辺りをくまなく見回すと、あるものを見つける。
「見てみろよ、あそこ。木に引っ掻き傷がある」
ローガが立ち並ぶ木の一本を指さすと、そこには大きなかぎ爪で削り取られたような引っ掻き傷があった。だが熊や虎の爪痕としては大きすぎるし、位置も高い。明らかにそれを越す長いリーチと爪を持った何者かが付けた傷である。
「胞子の量も濃い。この場所で間違いないな」
二人は馬を降りて更に調査をした。周囲の木々には同じような引っ掻き跡が他にもいくつか見られ、乾いた血の跡もあちこちに付着しているのが分かる。
「かなり暴れたみたいだな」
ローガは引っ掻き跡を触りながらラジャータに言った。
「そのようだ、火葬された兵士三人がかりで立ち向かったんだろう」
「だが、返り討ちにあってあえなくお陀仏と」
辺りには大きく土を抉られた場所や、引きちぎられた枝葉もあり、かなり熾烈な戦闘があったと伺われる。
「ローガ来てくれ。こっちだ、胞子はこの先に続いている」
ラジャータはローガを呼び寄せ、道を外れた森の更に奥を指さした。彼女の感覚には、この先へと続くトゥルパの臭いが感じ取られていたのだ。
「いよいよ人狼殿の根城にお邪魔できるってことか?」
「ああ、恐らくな」
二人はその辺の丁度いい木を見繕って馬を繋ぐと、先ほど指さした森の先へと進むことにした。
平地続きの森は薄暗いが、下草が少なく比較的歩きやすい。そんな森の中を歩いて行くと、段々とラジャータの感じ取る胞子の量も増えていく。
そうして十分ほど歩いた頃、森の木々が十メートルほどの広さで禿げた広場を見つけ、その中心に古ぼけた山小屋の立つ場所へと辿り着いた。
「ここだな」
と、ラジャータは木の陰で立ち止まる。
ローガも合わせて歩みを止めた。
二人が木陰から覗く小屋は、一部屋だけの小さなもので、漆喰の壁にレンガ屋根の簡素なものだ。
「これが人狼の巣ってことか? てっきり洞窟とか岩の陰とかそういうのだと思ってたぜ」
「そういうのは昨日みたいな奴の住処だ。家に住む能があるなら、こいつは知性のあるトゥルパの可能性がある。こういう手合いは昨日みたいな奴より厄介だぞ」
「仲良くお話合いはできないってか?」
「ああ、それに悪知恵も働く。話の分かる奴もいるにはいるがな、大概気がふれてる。誰だって自分が怪物に成り果てればまともではいれないものだろう? そういう中途半端な奴が一番厄介なんだ」
「まあ、そういうもんか。だが小屋の周りには誰もいみたいだな、奴は不在か? それとも中にいるのか?」
「中にいるな」
「分かるのか?」
「ああ、奴の放つ魔力がぷんぷん臭ってきてる、間違いなくさっきの事件現場で兵士を殺した奴だ。こういうのはルーウェンも訓練すればできるようになる。それと、どうやら奴もこちらに気づいているらしい。ローガ、お前頭痛がしないだろう? 奴は分かっててわざと誘い込んでいる」
ローガはそう言われて自分の頭に意識を向けてみたが、確かにスッキリとして頭痛も怠さもない。
「まじかよ、確かに気分は悪くないが……てことはじゃあ、罠ってわけか?」
「ああ、そのつもりだろうな。だが奴は我々が普通の人間だとも考えているだろう。私が居て、我々も相手の存在に気づいているとは思っていないはずだ」
「なるほど、それなら罠でも逆手に取れるってわけだ」
「ああそうだ。ひとまず私が中を調べてくる、お前は家の周りを見張っておけ」
「りょーかい」
二人は各々ライフルを手元に用意して、隠れていた木陰から出ると恐る恐る小屋へと近づいて行った。
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