厄介な仕事
宿はローガとルーウェンが同じ部屋で、ラジャータは一人で別の部屋になっている。そしてイーシャはラジャータの部屋へと迎え入れられることになり、ルーウェンを残してローガも話を聞きにラジャータの部屋に向かうことにした。
ラジャータの部屋では、彼女がベッドに足を組んで座り、イーシャが椅子に座って、ローガが入ってきたドアに寄り掛かる形になっている。ラジャータはローガが入ってくるなり問いかけた。
「ローガ、なぜお前が来た?」
「さすがに宿と食事代だけじゃ割に合わないだろ? 俺も手を貸そうと思ってな」
「やめておけ、素人が関わらない方がいい。厄介事だと分かっているなら尚更だ」
「確かにきな臭い話になりそうだとは思うが、そうは言ってもだな、俺としても恩義を返せないんじゃ立つ瀬がない。一応は実戦を経験した戦士だぜ? 役に立つさ」
「今日の事で分かっただろう? 魔力が無いならトゥルパ相手には足手まといになるだけだ、大人しく引き下がれ」
「それなら荷物持ちくらいにはなるだろう? 移動には俺の馬を使う事もできる。まだ敵がトゥルパと決まったわけでもないし、それにどうするか決めるのは雇い主の権限だ。どうだ? タダ働きでいい、俺にも一枚噛ませちゃくれないか?」
ローガは椅子に腰掛けるイーシャの方を得意げに見つめた。すると、イーシャは急に話を振られたせいでびくっとする。
「え、えとー……」
「こいつはナヤームの脱走兵だ。私の連れというわけでもないし、悪い奴じゃないようだが信用ならんぞ? タダとは言え無闇に抱き込むべきじゃない」
「大丈夫。信用してくれ、悪いようにはしないよ。体力のある大人の男が加わるなら何かしら役に立つと思うだろう? しかもタダだ」
イーシャはしばらく考えたが、結局遠慮がちに答えを出した。
「わ、私は報酬が要らないってことならいいと思います。人手が多いに越したことはないので……」
「よーし、決まりだな」
ローガは待ってましたとばかりに嬉しそうだが、ラジャータはため息をついて視線を落とす。
「好きにしろ。くたばっても私は知らんからな。それで? そろそろ依頼の内容を聞かせてくれるか?」
こうして、半ば強引にローガが加わり、いよいよ本題に入ることとなる。
「は、はい……ええと、実は……人狼を討伐して欲しいんです」
この少女は確かに人狼という言葉を口にした。
人狼といえば現実では狼男の事であるが、彼らの住む世界でもそう解釈は変わらない。人間のように二足歩行で歩く、二メートル程の大きな狼のようなトゥルパ(怪物)の事だ。
言い伝えられた伝説では、言葉を話さず野蛮であるとも、人語を解し知性を持つとも言われるが。共通して言われるのは凶暴でずる賢い化け物であるという事だ。
ラジャータはそれを目の当たりにした事は何度かあったが、ローガのような市井の民にとっては半ば伝承の存在であり、この少女が語る存在が本当に人狼なのかも怪しいものである。
ラジャータは続けて少女に質問した。
「人狼だと? なぜお前が人狼を?」
「え、えと……。実は半年前くらいにお父さんが人狼に殺されたんです。それで最近も何度か人狼に人間が殺される事件が起きてて、それで、だからお父さんの仇をとって欲しいんです。死んだお父さんの為にも、村のみんなの為にも、その人狼を殺して欲しいんです!」
事情を説明するイーシャは、途中から身を乗り出し出して必死に訴えた。
「なるほどな、親の仇か。よし、それじゃあその人狼について何か知っている情報はあるか? 何でもいい、できる限りの情報を教えてくれ」
「あの、あんまり詳しく分からないんですが、東の森に住んでて、森に入った人を殺してるみたいなんです。私も叔母さんにあの森へは行くなって言われてて、この前も森で兵士が襲われたらしいんです」
「その兵士はよそ者か? 村の人間は殺されたか?」
「村の人じゃないみたいです、今までも村の外の人ばかり殺されてて、お父さんだけです。村人で殺されたのは」
「村の人間は人狼についてなんと言ってる?」
「お前は知らなくてもいいんだって言われて、誰も詳しいことは教えてくれないんです。でも、お父さんが死んだのは呪いに魅入られたからだって、手を出そうとするならお前も呪われるぞって、それだけは何度も言われました」
「呪いか、父はどういう男だった?」
「お父さんは薬師です。村の人が使う薬はみんなお父さんが作ってて、村の外からも薬を買いに人が来てました。東の森もお父さんが薬草を取るのによく出かけていた場所なんです。それで、だから薬草をとりに行ったときに殺されたんだって」
イーシャの声色は段々と震えだし、父との記憶を思い出して悲しみが込み上げているようだった。それでもラジャータは意に介さずと言った具合で淡々と質問を続ける。
「父が死んだあと、村で使う薬はどうなった? 病人が出た時はどうしている?」
「よく分らないんですが、薬が足りなくなった事はないみたいです。みんな、特に困ってはいないみたいで。……でも、一つだけ変わった事があるとすれば、軍人さんが村へ来て薬を持っていくことは無くなりました」
「なるほどな、それからもう一つ聞きたいんだが、ここ数日で村で死んだ人間はいるか? もっと言えば誰か葬式を挙げたか?」
「え、えと……ここ数日の間では誰も村の人は死んでいないです。それに葬式なんて挙げては無いはずですが……。どうしてそんな事を?」
「なに、少し気になる事があってだな。まあいい、だいたい事情は分かった。だがしかしなぜわざわざ私にこんな依頼をする? お前が私に依頼をしなくとも、村の人間がどうにかしようと動きそうなものだが」
「それが分からないんです……みんな人狼の事なんて無かったみたいにしてて、最初は私が子供だから教えてくれないんだって、子供だからなるべく話をしないようにしてるんだって思ったんです! でも絶対おかしいんです! お父さんが殺される前に、私お父さんとお母さんの家から離れて親戚の家に引き取られちゃって! その理由も分からないし、それ以来村の子供達もみんな私と遊んでくれなくなったんです! 私何もしてないのに、どうして!」
イーシャは涙を流し、感情的に声を荒げた。彼女の中で仇を討つという復讐心が動機の一つではあったが、それ以上に自分の置かれている状況が理解できないというフラストレーションが彼女自身を突き動かしていたのだった。
「なるほどな、お前も大変らしいな」
しかしこのラジャータという女、泣きじゃくる子供を前に実にあっけらかんとしている。依頼者のメンタルケアなど仕事の範疇ではないとでも言わんばかりだ。この様子にローガも見かねてイーシャを慰めてやることにした。
「大丈夫、大丈夫だ。俺たちに任せておけ、人狼は必ず討伐してやるから」
ローガはイーシャの背中をさすってやったのだが、いまだ泣きじゃくるばかりで、手で涙をぬぐいながらこくこくと頷いている。
「傷心のところ悪いが、報酬の話がまだだ。事情は把握したが結局は金次第だぞ? 用意してあるのか?」
「お金は……ありません……叔父と叔母にも内緒でお話にきたので」
ラジャータの言いようは無情ではあったが、確かに慈善事業で身体を張ってくれるほど世の中甘くはない。とは言え見兼ねたローガが咎めてやった。
「おいおいよせよ、この子泣いてんだぞ? そう焦って金の話なんてするもんじゃないだろう」
「だがな、私は傭兵だ。金がないなら仕事はできんぞ」
しかしラジャータも相変わらず、そこでローガが少し機転を利かせてやることにした。
「なら馬はあるか?」
「……馬ですか?馬なら、一頭うちの馬をお譲りできるかもしれません」
「それならちょうどいい、馬の状態にもよるが報酬としては充分じゃないか。どうだラジャータ?」
「馬か……。まあいいだろう、ちょうど馬を失ったばかりだ。それで手を打とう」
馬一頭は良い血統だとかの特別な事情がなければ、日本円にして数十万円から百万円程度で売り買いされる。報酬としては充分な値段だ。
「じ、じゃあ!」
「ああ、仕事を引き受けよう。早速明日から取り掛かる、居所がつかめさえすれば明日のうちにでも片付くだろう」
「本当ですか! ありがとうございます! ありがとうございます!」
イーシャは涙ながらに笑顔を取りもどし、それでも今まで以上に大泣きしながら何度も何度も「ありがとうございます」と言いながら頭を下げた。
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