第2話

「絶対に辞めてやる…」


 陰陽寮出社一日目。朝から母親に叩き起こされ、逃げることもできずに出社準備をさせられた。せめてもの抵抗で、準備されていた着物は桐箱に封印してきた。

 いつも通りのピンク基調メイクに、ふわふわ袖のカーディガン。黒いロングスカートを揺らしながら、古風な門を潜る。


 外から見ると古き良き日本家屋がありそうな外観だが、中に入れば一転。そこは近代化された高層ビルがあった。


「え、何これ…外から見たらこんなビルなかったのに…?」

「あれ? 汝、もしかして新しく来た得業生の子かえ?」

「え?」


 声のする方を振り返るが誰もいない。背後に気配が降り立った。


「こっちこっち」


 また振り返ると、今度はそこに人の姿があった。ぽっくり下駄を履いたボブカットの少女が、にこにこと笑っている。


「初めまして。天文ということは安倍の子かえ? つまり少なからず晴明の血を受け継いでいるということ…羨ましい…」


 かわいい顔を歪めて不穏な空気を漂わせ始める少女に、凛々花は後ずさった。


「だ、誰ですか…?」

「ん? ああ吾か? 吾はこの陰陽寮で天文権博士を任されている安倍保也あべやすなり。汝と同じ部署に所属する者よ」


 よろしくな、と着物の袖に隠されていた小さな手が差し出される。

 凛々花は混乱した。見た目はどう見ても年端も行かない少女なのに、名前は男だし役職は準幹部クラスの権博士だ。


 陰陽寮には三つの部署がある。その中で博士の称号を持つものが部署内で一番位が高い。権博士は博士を補佐する役職である。

 つまり、凛々花の上司に当たる。


「お、男…ですか?」

「ん〜、吾に性別はないよ。吾、人間じゃなくて鬼だから」

「おに⁉︎」

「あはは、びっくりしたかえ〜? 襲ったりはしないから安心せい。怖くないよ〜」


 恐る恐る手を握ると、真っ白な紅葉のような手に握り返された。


「汝、今日が初出勤? 場所わからないだろうから案内してあげるよ!」


 握手のために差し出した手をそのまま引っぱられる。足をもつれさせるようにしながら、凛々花は保也の後に続いた。

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