第51話 命
北ブロック、ゴミ集積場の隣接地、採石場のまわりに荒野が広がっている。日が傾き、西の空が金色に染まる。
軍の車両が進んで行く。
ゴミの集積場は不思議なジャングルとなり、たくさんの胞子や光が飛び交う。
アレックス博士やケンたちと一緒にリタが歩いている。
レベッカが、駆け寄って呼ぶとリタがそれに気づいて列を離れる。
一瞬、目と目を合わせ強く抱きしめあう二人。
レベッカがささやく。
「死んじゃだめよ。みんながあなたを待ってる」
リタが答える。
「もう、誰一人も失いたくない。守りきってみせるから」
レベッカ、リタの手に何かを握らせる。
二人別れ、リタは戦列に加わる。
それを見送るレベッカの瞳は、力強い。
森がざわめきだし、トロルや、デーモンが姿を現す。
採石場の、ガケの上にサキシマと情報局長と軍の司令が立ち、話しをしている。
軍の司令が驚きながら森を見る。
「森があんなに不気味に拡大している。多少の被害は目をつむっても、爆弾ですべて焼き払うほうがよかったのでは……」
サキシマが冷静に答える。
「最終的にはすべて焼き払うことになるでしょう。なぜなら、あれらはもう単体の怪物ではなく、数十種類以上の生物が互いに支え合う生態系を形作っているからです。新生命体であり新しい生態系なのです。でも今焼き払いをしないのはあの白い花のためです」
情報局長が訪ねる。
「あのなぞの少女からもらった花かね」
「はい、調べたところ、あの森にはマッシュルームが植物細胞を取り込んで進化した木が無数に生息し、そのどれもがあの花を持っています。しかもその花は必要に応じて綿毛を飛ばすことができるのです」
情報局長が深刻な顔をする。
「世界中に広がる恐れがあると……」
「人類よ、卑怯な手は使うな。彼らは、それをしようと思えばいつでもできるということを我々に伝えたのですよ。あの白い花でね」
軍の司令がうなる。
「なんとしたたかな…」
サキシマがさらに続ける。
「それだけではありません。今夜の戦いは森の王クラーケンと、巨大ロボットですが、そのほかにバイオアンドロイドの操るガルシムという生態兵器があるんです。それを、奴らが指定してきた」
軍のサウザー指令がつぶやいた。
「よほど森の王が強いと思っているようだね」
「そうかもしれませんが、生態兵器ガルシムもそれを操るバイオアンドロイドも、奴らと同じ細胞からできているのですよ。言ってみれば、かれらも新生命体なのです」
「そうか…、ということはまさか…」
アレックス博士と特殊機動隊のメンバーが、リタと最後の打ち合わせをしている。
リタがみんなと握手する。
「じゃあ、選ばれたのは、私とエルンストたちだから、行くわ。あとはよろしく頼んだわ」
ケンが答える。
「ああ、いざとなったら、機動力が抜群に向上したこのテュフォンGTが出動だ」
ルークもしっかり握手する。
「何も心配するな、俺たちがついているぜ」
ロビンも励ましてくれる。
「やりたいだけ、やってこいよ」
「ありがとう、みんな」
アレックス博士が最後にしめくくる。
「ツァイスの科学力で実現した、初めての自立型巨大ロボットだ。がんばってっくれ、ギガハンド」
みんなで見上げる。それはハンドをもとにして巨大化したロボットだった。
腕にはドリルとソード、背中には大きなミサイルのようなものがついている。
リタは、ギガハンドに乗り込む。
操縦席には、ハンドとエルンストが待っている。ハンドの両手は、操縦席にそのまま接続している。
リタが号令をかける。
「ギガハンド始動。ガルシムも出動よ。いいわね。エルンスト」
ギガハンドが歩き出す。
後ろから、成長し大きくなったガルシムがよろいをガシャガシャ響かせついて行く。
遠くから地鳴りのような音が聞こえてくる。
森が揺れ、大きく二つに割れると、ゴミ集積場の中から霧笛のような音が響き渡る。
「来い、森の王よ。倒すわ。クラーケン」
こっちもさらに巨大になった怪物が、動き出す。
操縦席のモニターに博士とイネスが映る。
ソロモン博士とイネスのまなざしはどこまでもやさしい。
「わしらも一緒だぞ。忘れるでない」
「敵はあの海のようなゴミの中に潜んでいる。うかつに近付くと危ないわ。気を付けてね」
「でも、ゴミの中にかくれているから敵の力も、能力も、姿さえもよくわからないわ」
するとソロモン博士が提案した。
「ならば、ツァイスの例の機能を使えばいい」
「そうか、その手をまず使わないとね。オーライ。チームファルコンのフォルス、聞こえる」
すると、どこで聞いていたのか、フォルスの声がコクピットに響き渡った。
「娘よ、何が見たい。お前に世界のすべてを見せよう」
「あのゴミの海の中に隠れている、化け物の様子を探りたいのよ」
「たやすいことだ。ゴーグルをかけるがよい」
リタは、用意していたゴーグルをかける。その途端、操縦席が消え、空中に漂っているように感じ、そして、ゴミの海がどんどん近づきながら透き通って行く。
その中に、戦艦のような巨大な生き物が見えてくる。
リタが見えてきた形に驚きの声を上げる。
「イカだわ。コウイカに近い形をしている」
フォルスの冷静な分析が続く。
「遠くまでばねのように伸びる強力な触腕がお前を狙って動いている。イカスミからは強い酸性の反応がある。しかも吸盤のついた足が、ゴミの下を通ってすでにこちらに伸びてきている」
「ありがとう、このまま進んでいたら、危ないところだったわ。エルンスト、飛び道具に注意して、ガルシムは、身軽な格闘体がいいわ」
ガルシムが二本足で立ち上がり、敏捷な格闘体に変わる。
その時、ゴミの山の中から、イカスミ弾が打ちだされ、強力な職腕が伸びてくる。
ガルシムがイカスミ弾をよけ、ギガハンドが触腕をはじきかえす。
イカ墨弾は後ろに待機していた戦車に当たる。、白い煙が立ち込め、鉄が溶けていく…。
「いまだ、冷凍弾発射。冷気であぶり出してやる」
ギガハンドの胸が開き、ゴミ集積場に冷凍弾が広範囲に打ち出される。
半円状に打ち込まれた冷凍弾、重い冷機が吹き上がる。
「…ボオオオオオオオオーン」
無敵のような歌が辺りに響く。押し寄せる冷機に追われるように巨体が少しずつ姿を現す。
冷気が白いもやのように広がるゴミ集積場の海の中からすごい地響きとともに、まず鋭いサイの角のようなものが突き出す。次に、空母の甲板のような頑丈な背中が、そして、鋭い爪と吸盤のついた八本の腕や、鎧に包まれた六本の足も見えてきた。
それは、重厚な鎧に身を包んだサイと、海のハンター、コウイカの力を併せ持つ、戦艦のような巨獣だった。
イカの目玉が、知的な輝きでこちらをにらむ。底知れぬ威圧感だ。
リタが一気に攻勢に転じる。
「よし、外に出せばこっちのものよ。いくわよ。エルンスト」
クラーケンに襲いかかるギガハンドたち。
ギガハンドが、右パンチ、左フックを決め、回し蹴りを入れる。
一発一発、ものすごい地響きが鳴り響く。
だが、クラーケンはよけもせず、びくともしない。
さらにガルシムがハサミで切りつけ、大顎でかみつく。すると爪の生えた頑丈な八本の腕がさっと絡みつき、あっという間に軽くひねり倒される。
さらに、蹴りを入れようとするギガハンドだったが、クラーケンはサイのように角を下げ、そのままギガハンドに体当たりをしてきた。
空中に舞い上がり、吹っ飛ばされるギガハンド。
「正面から突っ込んだら、あのサイの角にやられるわ。八本の腕の先の爪もすごいし……。エルンスト、左右から挟み撃ちよ。ソード・オン!」
ギガハンドとガルシムは、正面から突撃と見せかけて、左右に分かれた。
ガルシムは巨大なハサミを、ギガハンドはソードモードの腕を振り上げ、同時に左右から襲いかかった。だが、クラーケンはそれを待っていたように、落ち着いて二人をひきつけると、鋭い眼光がはっきりと二人を捕らえた。そして左右に同時にイカスミ弾を発射したのだった。
胸や顔に強い酸が命中し、動きが止まる二人。
さらにとげのついたエンペラのひれが開き、二人を吹っ飛ばす。
「うわ、何これ」
イカスミ弾の強力な酸で煙が立ち上る。
モニター画面が、しばらくの間まったく見えなくなる。
胸を押さえ、もがくガルシム。
さらに、長大な触腕がガルシムに向けて発射される。かぎ爪がよろいを捉える。
引っ張られ、地面を引きずられたガルシムの前で、クラーケンは、上体を大きく反らせ、2本足で立ち上がる。
地面に転がったガルシムのよろいを、巨大な前足の蹄が踏み潰す。
直前に真ん丸な防御形態に変化するガルシム。
ものすごい音がして、ガルシムは弾き飛ばされる。
さらに、視界を失って動きが鈍ったギガハンドを、サイの強大な角が襲う。
ソードをおもいっきり振り下ろし、きりつけるギガハンド。
だが、ソードは、直前で、ピタっととまった。
「何なの、真剣白刃取り?」
吸盤のついた腕が、ソードを吸いつけ、絡み取っていた。、
さらに、クラーケンは、そのまま、ギガハンドを空中高く差し上げる。
リタ「うう、何て力なの。」
ものすごい地響きとともに、ギガハンドを地面にたたきつけ、そしてソードを奪い取ると、、また、あのヒズメで踏み潰す。ソードは、真っ二つになった。
無様に地面にたたきつけられたギガハンドの前に、ヴァイオレットが進み出る。
「あらあら、お二人とも倒れてしまって、もうおしまいかしら」
イネスから通信が入る。
「リタ、しっかりして、だいじょうぶなの」
「ええ、なんとか……」
ソロモン博士が忠告する。
「今の踏み潰しは、防御力の高いガルシムだから助かったようなものだ。まともに踏まれたら、ギガハンドの機体では一発でおしゃかだ」
「わかったわ。今度はこっちの晩よ。エルンストいい? ドリルハンド!」
まず、ガルシムが大きく叫ぶと、両腕の鍵爪が大きく伸びる。
かぎ爪を振り上げ、おそいかかるガルシム。
だが、クラーケンは、八本の腕の先の鋭い爪を突きたて、腕を縮める。
そして一気に伸ばすと、あたかも八本の槍のようにカウンターで相手に突き刺さる。
ふっとんだのは、ガルシムのほうだった。
「ギガハンドドリル!」
ギガハンドの腕からドリルが突き出し、巨大に伸びて高速回転を始める。
それを大きく振り回し、クラーケンに殴りかかる。
ものすごい破壊力、突き刺そうとすると、さすがのクラーケンもバックステップして、身をかわす。
「よっしゃあ、これならいけるわ」
だが、大振りしてよけられたのがまずかった。見る間に、吸盤のついた腕が伸びて、肩やひじを絡み取る。これではドリルが思うようにクラーケンに突き刺さらない。
ドリルが近づき、遠ざかりをくりかえす。
ドリルが腕の付け根に刺さりそうになる。
だがその時、クラーケンの腕の付け根からクチバシが伸び、ドリルの根元を挟みこみ、すごい力でへしおってしまう。
「そうか、イカは腕の付け根にくちばしがあるんだっけ! う、うわーっ!」
ドリルが折れたと見る間に、クラーケンは、叫びを上げる。
その直後、クラーケンの背中から爆発的な熱放射があったと思ったら、それを推進力にして、クラーケンは長大な腕足を、クジラのモリのように撃ちだした。ドリル攻撃の報復だ。とがった爪が、二人の喉元に突き刺さる。
吹っ飛ばされ、再度、土にまみれる2体。
「強い。何てやつなの。さすがね、森の王。簡単には勝たせてはくれないみたいね」
だが、そんな時、急に後ろの森の方で爆発音が鳴り響く。
「いったい、何、今度は何がおこったの」
目をきょとんとさせておどろくリタ。
ヴァイオレットが進み出て、怒りをあらわにする。
「何なの、軍隊が勝手に森を攻撃し始めているわ。正々堂々の決着じゃなかったの? 卑怯者」
ヴァイオレットは、あわてて森の方に走り出す。
リタは通信機に向かって叫ぶ。
「軍のサウザー司令、どういうつもりですか、軍は決着がつくまでは決して手出しをしないはずでは……」
サウザー指令が、通信機を取る。
「君たちが不利と見て、援護射撃を行っただけだ」
その間にも、森はどんどん焼かれ、火を恐れるグールや、デーモン、トロルたちが逃げ惑い、逃げ遅れ、あちこちで連鎖爆発が起き始めている。
「うそつき!すぐにやめてちょうだい」
「……うむ、それは……」
「何ですぐやめないのよ。これじゃあ、こっちが、テロリストだわ」
その時、怒りに震えるクラーケンが、大地を揺らし、雄たけびを上げる。
それを見て、軍の司令、さらに叫ぶ。
「撃てー、あの怪物の森を焼き払え。早く焼かないと、怪物の種が広がってしまうのだ」
火の雨のように、森に向かって戦車や重火器が火を吹く。
リタが叫ぶ。
「やめてー!」
降り注ぐ攻撃の中を、進み出るヴァイオレット。
「おのれの罪を思い知るがよい。飛びたて!森よ」
すると、森のあらゆる場所から、何百何千というハーピーの群れが、飛び立ち、まるで台風のようにあたりを飛び回った。そして上空へと消え去っていったのだ。
リタは空から降ってきたものに気付く。
「何、これ……。雪みたいな……。綿毛?」
そしてあたりには、無数の綿毛が舞い踊った。
リタ、にぎりしめた手を開くと、レベッカからもらったキーホルダー。
「守りきるって約束したのに、これじゃあ、これじゃあ、みんなを守ることなどできやしない」
モニター画面にサキシマ部長を呼び出す。後ろに情報局長も映っている。
リタは悲痛な声で訴えた。
「サキシマ部長、命をかけてなんとかしますから、私が止めますから、だから攻撃をやめさせてください。お願いですから」
綿毛を手にして、サキシマがつぶやく。
「ハーピーが、綿毛を撒き散らしながら飛び立ったか……。逆効果だったようですね。ハウザー司令、早まりましたな」
「う、うむ、すぐに空軍に連絡を取って……」
情報局長がハウザー司令を止めた。
「これ以上彼らを刺激するのは得策ではない。攻撃を一時停止するべきではないかね」
「…わかりました。全軍、攻撃一時停止。敵の出方を見るように」
攻撃がやむ。一瞬の沈黙。
リタがヴァイオレットに訴える。
「攻撃が恨みを買い、恨みが報復攻撃を生み、それが繰り返され、理屈抜きに戦いは泥沼化していく。ここで止めさせて、戦いの鎖をここで断ち切らせて。あなたも、私も被害者のままでいられるうちに」
ヴァイオレットが言い放つ。
「いいわ。…でも、森の王に勝てると本気で思っているの」
モニターにソロモンとイネス、シド、モリヤが映る。
ソロモン博士が心配して声をかける。
「おい、無茶なことはするなよ」
イネスは勝ち気だ。
「エルンストとうまく連携攻撃をするのよ。まだ奥の手も残っているわ」
シドが優しく声をかける。
「あとのことはなんとかするから、命だけは無駄にするなよ」
リタが答える。
「無駄になんかしないわ。あったり前でしょ。家族が待っているんだからさあ」
「リタ、お前」
ソロモン博士の心配も、リタを止めることはできない。
「エルンスト、どんな手を使ってもいいから、やつの動きを止めて!」
ギガハンドとガルシムは立ち上がると、クラーケンの前に立ちはだかった。
「ガガガ!」
ガルシムが叫ぶと、体中からとげが飛び出す。クラーケンが身構える。
ガルシムが、トゲだらけの体を回転させ、体当たりする。迎え撃つクラーケン。
その間に、ギガハンドは背中に背負ったミサイルのパーツをはずして何か始める。
真上からぶつかるガルシムを、甲羅で跳ね返すクラーケン。
二発目、また甲羅ではねかえそうとすると、ガルシムは空中で変形、たくさんの足と長い尾を出し、クラーケンの背中にへばりついたのだった。
振り落とそうと、暴れだすクラーケン。
へばりつき、大あごやハサミ、さそりの尾で攻撃するガルシム。
大地を揺るがす、大ロデオ大会の始まりだ。
そのころ、近くのガケの上に、カリバンが上ってくる。
ローゼンクロイツ博士の声がする。
「おまえにはつらい思いばかりさせたな」
「いいえ、人の役に立てる僕となれとマスターローゼンクロイツがおっしゃったとおりにしてきただけです。とても幸せに生きています」
「だが、これが最後のわがままだ。よろしく頼む」
「この仕事が終わったら、もう一度だけお会いできますか」
ローゼンクロイツ博士は作り笑いをした。
「ああ、きっとな」
カリバンは丁寧にお辞儀をした。
「了解しました。楽しみにしてます」
やがて、ガケの上でカリバンは動かなくなる。
カリバンはコテンとうつぶせに倒れ、背中の頑丈な格納庫が開いて、ツァイスから持ち出した最終兵器の試作機、光線兵器、ミスリル砲が現れる。
ミスリル砲から、ゆらめく赤い光が、上空へと広がる。
音もなく、オーロラのような光の帯が夜空にまばゆくきらめく。
レベッカがふと夜空にきづき、おどろいて見上げる。
「いったい、何なの。不思議な光。いつか見たような。美しい、でもなぜなの、胸騒ぎがするわ……」
上空(夜)
クラーケンやギガハンドの戦う上空でも、赤いオーロラはまたたく。
ヴァイオレットが、ギガハンドを見て笑う。
「な、何なのその腕は?」
ギガハンドが背中に背負っていた巨大なミサイルのようなものは、通常の3倍以上にもなる腕のパーツだった。
背中にガルシムが張り付き、さすがのクラーケンも動きが止まる。リタの瞳が輝く。
「今よ」
ギガハンドが一歩踏み出し、銃身を一転に集中させ、大きくモーションをかける。
「ロックオン完了。」
ハンドが叫ぶ。
「ギガトルネードパンチ!」
至近距離からの壮絶なピンポイント攻撃だ。リタが気合を入れる。
「イッケェエエエエエエエエエエ!!」
巨大な腕がらせん状に刃を出しながら、回転する。
巨大な鉄腕とともに、突進するギガハンド。
森の王、クラーケンも、逃げずにそれに立ち向かって行く。
「発射!」
腕の関節から爆風が吹き出し、至近距離から、ミサイルのように鉄腕が飛び出す。
渦巻き、ねじ込むように吸い込まれていく。
ものすごい音がして、クラーケンの、あの長い角が折れて、空中に舞い踊る。
鉄腕はクラーケンの鎧を突き通し、巨体が大きくのけぞり、もといたゴミの海の中へと落ちて行く。
熱放射が吹き起こり、ゴミが舞い上がり、クラーケンの姿がかすんで行く。
霧笛のようなクラーケンの泣き声が、むなしくあたりに響く。
とどめを刺そうと近付くギガハンドとエルンスト。しかしヴァイオレットがその行く手に走りだし、立ちふさがる。
ヴァイオレットが叫ぶ。
「まだよ、まだこのぐらいじゃ、私たちは負けないんだから。世界中に広がって、この力を見せつけてやるわ。それにあなたたちの仲間も、私たちと同じじゃないの!」
仲間は、私たちと同じ…。そう、その通りだった。何が正義で何が悪なのか、もうわからなくなっていた。エルンストが首を振り、ガルシムの歩みが止まった。
だが、そのとき、上空の赤いオーロラから、黒い鳥のようなものが、ぽとぽとと墜落してくるではないか。
ヴァイオレットがそれを手に取ると、さきほど上空に飛び立ったはずのハーピーではないか。
ヴァイオレットが立ちすくむ。
「いったい、何が……。あの赤いオーロラは何なの……」
落ちてくるハーピーはどんどんその数を増し、まるで、黒い雨のようにあたりに降りそそいだ。そして綿毛も同じように落ちて、降り積もって行く。
「これは、どういうことなの。私たちは敗北したの?」
「ああ、森の王が頂点に立つ戦いを続けていたのと同じだ。人類との生存競争はここに結果がでたのだ」
黒いどしゃぶりの向こうから、やせた人影がヴァイオレットに近づいてきた。
「お父様……」
ローゼンクロイツは静かに言った。
「もういいだろう、終わりにしよう」
「いやよ、どうして、どうしてなの……」
「お前は、一度交通事故で命を失った。もう一度命を失うこともなかろう。やはり、どうしても、わしはお前の命を奪うことはできん。あとは、わしが終わりにする」
「お父様、待って」
「わしはなあ、お前が生き返るためなら、どんな犠牲も払うつもりじゃった。おまえが生きて動いているだけで、何もいらなかった。さらばじゃ」
その直後、すべての通信網に、ローゼンクロイツ博士のメッセージが流れ込む。
「今から数分後のうちに、怪物の森を中心に大爆発が起こる。全員ゴミ集積場周辺から、直ちに避難せよ……」
大きなどよめきが起こり、軍の車両や、テュフォン、数多くの兵士たちが、大急ぎで退去を始める。
誰にも知られず、山影からゴミの集積場へと歩いて行くローゼンクロイツ博士のリュックの中から不気味な発信音がかすかに聞こえてくる。
一人残るヴァイオレット。だが、その表情は苦痛にゆがむ。
「お父様」
ヴァイオレットは、ローゼンクロイツ博士を追いかけ、走り出す。
パニック状態になりながら、避難して行く人々、車両。
だが、ギガハンドは佇み、ヴァイオレットをそっと見つめている。
「私はどうしたらいいの。ハンド、エルンスト、教えてよ。そうか、そうだよね」
退避するみんなの後ろで、大きな声が響く。
「みんな、ふせろー!」
ゴミの集積場の方で、光が瞬く。特大の熱放射が天空に向かって吹き上がり、やがて森全体が光に包まれ、炎の中に消えて行く。
大きな爆発の後に、小さな連鎖爆発が続く…。
地に伏せ、あるいは車両の中で身をかがめ、爆風をやり過ごす人々。
やっと爆発が終わり、静けさが広がる。
土けむりの中、大きな足跡とともに、大きな影が近づいてくる。ギガハンドである。
ガルシムが、そーっと近づいてくる。
片腕になったギガハンドが、残った腕をそをっと差し出すと、そこには、気を失ったままのヴァイオレットがいる。
「生きてみない、私たちと一緒に……」
なぜ、助けたのかリタにもわからなかった。ただ、人間がいて、新生命体がいて、ロボットがいて、アンドロイドもいて、そして地球は回って行く…。
やがて、ギガハンドはガルシムと一緒に歩き出す。
「さあ、帰ろうか。みんなが待っているよ」
ギガハンドとガルシム、静かに去って行く。
海と山はまだ燃えている。
満点の星が美しい。
ザ・ハンドクライシス ノベルス セイン葉山 @seinsein
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