第52話 三人の番候補
「リリアンさんにお願いがあります」
「何でしょうコテツ殿! ちなみに準備は万端ですっ!」
何の準備が万端なのかわかりませんが、オレはいま宿屋の部屋でリリアンさんとマッタリしています。
ちなみにモニカさんはギルド本部に用があるとかで、出掛けていていません。
「ハカクの意味を教えてください」
「ハカク? ああ破格ですか。破格というのはですね、ええと、つまり安売りの商品の事です!」
「安売りの商品?」
「そうです。よくお店なんかで売れ残りの商品を、安売りにして捌いてしまう事があるんです。そんな時お店では、さも大サービスなように勿体つけて破格です! って売りつけてくるんですよ」
「そうなんですか。そうするとオレは売れ残った安売り冒険者ってことですね」
「な、なんですかそれは!?」
「レーガンさんにそう言われました」
「ぐぬぬ、何という侮辱っ! Sランカーとて許せませんぞッ!」
「でもSランク冒険者は全員そうだと言ってましたよ?」
リリアンさんにどういう事かと聞かれたので、オレは一昨日の会議でレーガンさんがした長話をテキトーに短くして伝えました。
そしたら今度は急にリリアンさんが感動の涙を流しはじめたんです。
「わ、私は傲慢だった自分をいま猛烈に反省しておりますっ! 力を持たざる者とはつまりお金を持たざる者のこと。そんな彼らへ自らを売れ残りと称して安売りするとは流石はSランカーのレーガン殿、何たる太っ腹でしょうッ!」
ふむ。意味不明ですが、リリアンさんがこんなに感動しているということは、ハカクとは大事なことのようですね。とはいえすぐに忘れるでしょう。
それよりモニカさんが何か美味しそうな匂いのものを持って帰ってきましたよ!
「ただいまコテツさん。てかリリアンは何を騒いでいるのよ。部屋で剣の素振りをするのはやめてちょうだい」
「お帰りなさいモニカさん! とっても美味しそうな匂いがしますねっ。ゴクリ」
「いやん! 私の匂いが美味しそうだなんて、どこの匂いのことかしら? うふん、よろしいですわよコテツさん、お好きな所を召し上がってえ~ん」
「おいっ変態女! 服を脱ぐな服をッ」
「モニカさんが持ってるその袋は?」
「おみやげですわよ。オヤツに焼き芋を買ってきましたから、みんなで頂きましょう」
「なあモニカ……。お前なんかすっかり変態行為を日常に溶け込ませてないか?」
おみやげの焼き芋はホクホクで甘くって、とっても美味しかったです。やはりイヌの人気オヤツ上位常連なのは伊達ではありませんねっ!
「んで、モニカは何の用でギルド本部に行ってきたんだ? モグモグ」
「ああそれね。辞表を出してきたのよ」
「辞表ぉ!? お前タリガ支部長を辞めて冒険者一本で生きていくことにしたのか?」
「そうよ。もともとギルドで働かさせられていたのは、オスカーの糞野郎に騙されて科せられた刑罰でしょ。せっかく恩赦で自由になれたのですもの、忌まわしい過去とも訣別する時だわッ!」
「それでこそモニカだっ! よしっ、私も人妻である事と訣別して、くだらん過去を気合いで清算するぞッ!」
「いや、あんたの場合は気合いでどうにかなるものじゃないでしょ。故郷に戻って離婚の手続きしてきなさいよ」
「な、なんだよモニカ……。水を差すような事をいうなよな」
ぶりっ。オナラがでました。
「ではみなさん、オレはこれからパフさんとお散歩の時間なので出掛けてきます」
「ちょまっ! パ、パフ殿とはあのハーフエルフの美少女でSランカーの!?」
「そうですよリリアンさん」
「こ、コテツさん。それはまさかデートなのですか?」
「デート? よくわかりませんが、お散歩です。モニカさんとリリアンさんも一緒にお散歩しますか?」
「是非ともご一緒させて下さいッ! あの美少女には新参者とベテランとの格の違いを教えてやらねばなりますまいっ!」
「リ、リリアン。こんな時だけはあんたが頼もしく見えるわ……。私だけなら絶対遠慮しちゃうもの」
「手
「リリアンさん、喧嘩するなら連れて行ってあげませんよ?」
「む、むろんしませんとも!」
こうしてオレは大好きな三人のお友だちと一緒にお散歩するのが楽しみで、ウキウキしながら待ち合わせの場所に行ったんです。
ところがなぜか三人の空気が重いんですよね……。なんか仲の悪いイヌ同士が牽制し合っている時みたいな。
これでは楽しいお散歩が台無しです!
「なんでみなさんは楽しそうじゃないのですか? お散歩はキライなんですか?」
「ち、違うよお! あたいはコテッちんとのお散歩を楽しみにしてたよお。ケド……。二人だけでするんだと思ってたからさ、なんかビックリしたというか、ガッカリしたというか……」
「ほう、パフ殿は我々を邪魔者のように思っていたと?」
「いやリリアン、普通に考えて私たちは邪魔者でしょ……」
「だまれモニカっ。こうなったからには腹を割って話そうじゃないか! パフ殿もそれでよろしいな?」
「う、うん。あたいもリリアンさんとモニカさんとは、一度ちゃんと話したいと思ってたしぃ。のぞむところだよ!」
「そうですわね。コテツさんにも参加して頂いて緊急痴話会議を致しましょう!」
げーっ!? 会議とかすっごくイヤなんですけどッ!
「パフさん。お散歩、しましょうよ?」
「コテッちん、今はお散歩よりも会議の方が大事だよっ!」
「じ、じゃあせっかく広場にいるので、鬼ごっこはいかがでしょう?」
「しませんわ。コテツさん、覚悟を決めてくださいな!」
モニカさんに鬼ごっこまで却下されました……
「さあコテツ殿、お答えくださいっ。コテツ殿がクンカクンカしたお相手は、今のところ我々三人だけと思ってよろしいのでしょうか!?」
ああ、強制的にリリアンさんが会議を始めてしまいました。
仕方ありません。さっさと会議を終わらせてから、お散歩をすることにしますか……。はぁ。
「そうですよ。この知らない世界に来て、人間の身体になる病気になってからは、クンカクンカした大事なお友だちはみなさんだけです」
「で、では、コテツ殿の恋人はこの三人だけなのですね?」
「あっ、それはオレの勘違いでした。みなさんはまだオレの恋人ではありません!」
「ガーンッ! そ、そんな……。コテツ殿は私のこと大好きだって言ってくれてたのに。では私の放置プレイは放置のまま終わりを告げるのですか!? うえーん」
「えっと? リリアンさんのことはずっと大好きですよ?」
「待ってリリアン! コテツさんは『まだ』と仰ったわ! つまりこれから恋人になる可能性があるという意味なのでは?」
「あたいはこの前、コテッちんからそう聞いたよお? 結婚相手は大事なお友だちの中からこれから選ぶって」
「何ぃッ! け、結婚相手えっ!? それは
なんかリリアンさんの興奮具合がヤバいですね。うれしょんしてしまう時のイヌのようです。
親近感がわいてきますね。
「そうです。オレはみなさんの中から
「ま、マジですかコテツさんっ……!」
「マジです、モニカさん!」
「こっ、これは負けられないっ! Sランカーの嫁といえば
あ、なんかモニカさんの股間から刺激臭がします。どうやらうれしょんをしてしまったようです。
これは親近感以上の同族感がありますね。
「ちょっと二人とも恐いんですケド……。で、でも、あたいだって負けないからね! コテッちんの奥さんになって、美味しいゴハンとか作ってあげたいしぃ。赤ちゃんだって欲しいモンっ!」
「フッ。どうやらコテツさんの嫁の座は、パフさんと私の一騎討になりましたわね!」
「えっ? なんでモニカさんと私の一騎討ち? リリアンさんもいるよお」
「そうだモニカっ、なぜ私を抜いたっ! 失礼にもほどがあるぞッ!」
「あら? だってリリアンは人妻じゃないの。コテツさんとは結婚出来ないでしょ?」
「り、リリアンさんて人妻だったのお!? じゃあただの不倫じゃん……」
「そうですわパフさん。あいつはただの不倫女ですのよっ!」
「ままま、待ってくれッ! 私は形式上結婚しているだけで、他人の妻などになったつもりはないっ! それが証拠に私はまだ乙女のままだっ、身も心もコテツ殿に捧げているのだッ!」
「でもリリアン、重婚は重罪よ?」
「そうだよお、重婚したらコテッちんにも迷惑がかかるよお」
「コ、コテツ殿にもご迷惑が!? よ、よし分かったあっ! 私はこれから故郷に戻って正式に離婚してくるぞッ! それで問題解決だっ!」
「それはそうだけど、あんた故郷に帰って大丈夫なの? 結婚相手への傷害罪で捕まるかもよ?」
「リリアンさんの結婚相手って、このベルモンディア王国にいるのお?」
「おらん! 隣国パラピール王国にいる。そこのスコムチン伯爵家の嫡男だ。あの野郎のせいで私は不本意にも人妻にっ! おのれっぶった斬ってやるッ!」
「いや、普通に離婚して縁だけ切ってきなさいよ……。殺人罪で捕まるわよ」
「そっかあパラピール王国なんだあ。そういえばドッグランの本拠地がパラピール王国に移ったって聞いたよお」
「パフ殿っ、今はドッグランなんかどうでもよろしい! 私の離婚の話ですッ」
「そ、そうだったねッ!」
まあ会議はその後も長々と続いたわけですが、オレは完全に無視されていたので途中から寝てしまいました。
結局三人はまた今度続きをしようと握手して帰ってしまったので、オレは一匹で寂しくお散歩をしたのです。ションボリ。
翌日に長話で有名なレーガンさんが、オレのいる宿屋を訪ねて来ました。
なんでもドッグランについての話があるそうで──
「つまりねコテツ君。我々が情報を分析した結果、ドッグランはここベルモンディア王国で内戦をおこし、その混乱に乗じてパラピール王国に攻め込ませる陰謀を企てているのではないかという結論に至ったのだよ」
意味不明です。てかどうでもいいです!
しかしモニカさんにはよく理解できたらしく、レーガンさんとの会話も弾んでいたようでした。
「なるほど。財政難のパラピール王国にしたら隣国の領地を切り取れる美味しい話ですわね。となるとドッグランがまず狙うのは、パラピール王国内貴族との強いパイプだと?」
「ほう、流石は元支部長のモニカ君だ。その通り、それゆえパラピールの貴族に精通した冒険者をいま探しているところなんだよ」
「それならうってつけの者がいますわ! 実を申すとリリアンの本名はリリアン・バル・ボレリアと申しまして、パラピール王国のボレリア伯爵家のご令嬢なのです」
「えっ、それはすごいね! しかもリリアン君はAランカーでもあるよね? まさに今回の潜入調査には最適任じゃないか」
「はい、そういう事になりますわ」
するとトイレで長便中のリリアンさんが、部屋のドアを乱暴に開けて戻ってきました。
「快便快便っ! 詰まってた便が全部出ましたぞ、わっはは。って、おや? これはレーガン殿、お久しぶりです!」
「や、やあリリアン君。便通が良くて何よりだね……」
「いやはやまったくですな! わっはは」
「ち、ちょっとモニカ君、いいかい?」
「は、はい。なんでしょう……」
「彼女は本当に伯爵令嬢なのかい? 令嬢というには、その、ねえ……」
「ええまあ。オホホホ……ホ。ち、ちょっと残念な令嬢ですが、これでも本物なので大丈夫ですわッ!」
レーガンさんが難しい顔をして帰って行ったその日から五日後。
オレたちはギルド本部の特別依頼を受けて欲しいと、レーガンさん直々に頼まれたのでした。
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