第45話 ボルトミ研究所

 オレたちが大きな森に入ってから今日で四日目です。

 途中で何度か魔獣さんたちと戦いましたが、とくに問題なくすべて撃退しました。例の化けネコはあれ以来姿を見せてはいませんが、きっとイヌの威厳に恐れおののいているからなのだと思います。


 いい気味ですね!


「ねえコテッちん。前の方から魔獣の気配がするんだけど、気がついた?」


「ええ、三匹います。でも相手はまだこっちに気づいていませんね」


「そっか、流石だなあコテッちんは。じゃあ気づかれる前に別のルートに進もっか」


「はいっ!」


 パフさんとはお友だちの儀式もして、大の仲良しになりました!

 はじめパフさんはお友だち同士の挨拶であるペロペロに驚いていましたが、今では自然に出来るようです。


 リリアンさんとモニカさんと離れてしまい、旅の最初のころは見知らぬ群れに部外者のオレ一匹でとても心細かったのです。

 でも今はパフさんがいるから、ちっとも寂しくありませんね!


「あっ、パフさんちょっと待ってください。オレの側に寄ってみて──」


「え? う、うん……。こうかな?」


 はて? 側に寄ってとは言いましたが、べつにオレの胸に顔を押しつけろとは言っていないのですが……


「ぺ、ペロペロするの?」


 パフさんはペロペロがお好きなようですね。でもリリアンさんやモニカさんのペロペロ好きとは少し違います。

 二人のように怪しい匂いをさせているわけではないので、純粋に友情の確認をしたいからなのかもしれません。


「ペロペロもいいですが、それより今はパフさんにして欲しいことがあります」


「な、なんだろ? ちょっと恐いかも……。けど頑張るよ! エヘヘ」


「実はこの先から大勢の人間の匂いがするんです。オレではその人間がおネエさまの仲間かわからないので、パフさんに判断してもらいたくて」


「あっ! ああ、そういう事かあ。やだもう、あたいったら勘違いしちゃった! 恥ずかしいよおーっ」


 なにが恥ずかしいのか謎ですが、パフさんは顔を真っ赤にしてジタバタしています。


「ふぅ……。う、うん、分かった! あたいにはまだ気配は感じられないけど、どの辺りなのん?」


「ここから二十分くらい歩いたところです」


「えっ、そんなに遠く? びっくりするなあ……。けどそれだけ遠くなら一旦レーガンさんたちと合流して、一緒に近くまで行ってから確かめたほうがいいね」


 そんなわけでオレたちはレーガンさんたちのいるところまで戻り、全員でその人間の匂いのする方へと行きました。

 おネエさまの匂いも強くなってきているので、おそらく目的の研究所に近づいているのでしょう。


「ちょっとパフ、なんでそんなにコテツ殿に密着して歩いているのですか?」


「だって近くないと小声で話せないでしょ? てかミネルバこそ、そんな大きな声で話したら敵に感付かれてしまうよ? シーッだよ!」


「本当にそれだけの理由かしら……。まったくあの女たらしはパフにばっかり……。ブツブツ」


 女たらしとはどういう意味かとパフさんに聞いてみたら、それは悪口だと教えられました。

 どうもミネルバさんはオレのことがキライなようですね。オレも何となくキライなのできっと相性が悪いのでしょう。


「コテツ君どうだい、何か見えてきたかな?」


「はいレーガンさん。大きな家が見えますね。その周りに人間が八人います。あとちょっと変わった狼さんが三匹いますよ」


「なに? それは狼人間ワーウルフの事かね?」


「人間の形はしていません。身体に鎖を巻いた狼さんです」


「なるほどバーゲストか、敵の中には魔獣使いもいるようだな。まあこの厳重な警備からして、やはりそこがボルトミの研究所で間違いないだろうね」


「オレもそう思います。おネエさまの匂いもかなり強いです」


「よしギリギリまで近づいたら全員隠形と消臭の魔法で、気配を絶ってから襲撃をかける。互いの認識が出来なくなるから、声掛けはマメにすること。コテツ君だけは魔法が使えないから、パフはサポートしてやってくれ」


 隠形と消臭の魔法というのは、モニカさんの元カレのオスカーさんがしていたアサシンの技ほどは凄くないみたいです。

 なのでオレには全員の気配と匂いを感じることが出来ました。


「コテッちんには魔法が効いてないの?」


「はい。なのでパフさんの体臭もばっちり匂ってますよ!」


「た、体臭とか言わないでよおっ」


「パフとコテツ君、最終確認だ。君たちは別働隊として速やかにボルトミを発見し捕縛する事。その際、我々が外部に居る敵を半数にまで減らした合図を待ってから捕縛行動を開始してくれたまえ。分断状態を長くしては危険なので、我々もなるたけ早く君たちに合流するようにする」


 相変わらずレーガンさんの話は長いですね。ちっとも憶えられませんが、まあパフさんについて行けば大丈夫でしょう。


「あと我々からの合図だが──」


「呪いのオナラですね!」


「は? 何を言ってるんだコテツ君は……。このメダルが光ったらそれが合図だ。君たちの位置もそのメダルでわかるから、パフは首にかけて失くさないようにね」


 むう。モニカさんは呪いのオナラを合図にしていたのですが、あれが普通なのかと思っていました。


「じゃあ行こっかコテッちん。まずはいくつか目星をつけておいた侵入箇所から、一番いいのを選んでおかなくっちゃねん」


 オレが遠くから見た感じでは、四つほど入りやすそうな入口がありました。入口と言ってもドアから入るのとは違いますが。

 その中から元盗賊だったパフさんに、一番安全に入れる場所を決めてもらうのです。


 ここから離れたところでは、レーガンさんたちが密やかに敵を倒している気配が感じられます。

 もう人間二人を仕留めたようです。みなさん強いですねえ。


「コテッちん、コテッちん。ちょっとこっち来てくれる?」


「はい、ただいま!」


「この建物って一階東側の壁一面にしか窓がない変な構造でしょ? だから多分窓のないエリアに研究施設があると思うの。ボルトミはそこに居る可能性が高いんじゃないかな」


「オレも賛成です。一階からおネエさまの匂いがしてきていますから」


「そっか! となるとさっき確認した一階のトイレの窓から侵入するのがいいと思う」


「トイレで合図を待つのですね?」


「うん、合図があったら直ぐに入口を見つけて、研究施設のある部屋に突入って感じ。いくつか部屋があると思うけど、コテッちんはボルトミの匂いでどの部屋に居るか判断できそう?」


「余裕ですっ!」


 そんなわけでオレとパフさんは、コッソリとトイレへと入って隠れています。

 隠れると言っても穴のあいた箱が並んでいるだけのクサい部屋なので、人が入ってくればすぐにバレるでしょう。


 本当なら誰かが近づけば匂いでわかるのですが、ここの悪臭は我慢できないので匂いを嗅がないようにしているんですよね。

 てか、なんだかここに居るだけでウンコがしたくなってきました。


「パフさん、ちょっと失礼してウンコします」


「あ、うん。あたいも今のうちにオシッコしとこうっと」


「…………」


「…………」


 静かな部屋の中では、オレとパフさんから排泄されたモノの音だけが聞こえます。

 とても穏やかなその音にオレがリラックスをしていた時でした。突然にトイレのドアが開き、誰かが入ってきたのです!


「お邪魔するぜあんちゃん。ふぅ、よっこらしょっと」


「…………!」


「…………!」


 不味いですね、本当に誰かが入って来てしまいました。パフさんも明らかに慌てているようで、穏やかな音が途中で止まってしまったみたいです。

 でもパフさんのことには隠形効果で気づいていませんね。


「まいったよ、最近ずっと便秘しててよ。なかなか出てきやがらねえ。……ウーン」


「便秘はツラいですよね」


「ああ、今日のヤツも手強いぜ。くっ。……ウーン、ウーン」


「頑張ってください!」


「ウーン、ありがとよ。ところであんたは見ない顔だが新入りかい? ウーン」


「はい! 柴イヌのコテツといいます。よろしくお願いします!」


「おう、よろしくな。俺は……。って、ちょっと待ってくれ、ウーン、来たっ! これは来たぞっ! ウググッ」


 おお、来ましたかっ! オレはこの人のウンコが無事に出ることを願い、思わず手を握りしめました。

 頑張れっ、もう少しだっ!


「おふぅーっ! ふぅ、やってやったぜ! はぁ、いい心持ちだあ──あっ!?」


「ごめんね、おじさん。……トンッ」


 優しいですねパフさんは。おじさんの便秘が解消されたのを見届けてから、そうやって気絶させてあげるなんて!


「び、びっくりしたねコテッちん」


「そうですね、まさか便秘に打ち勝てるとは思いませんでした!」


「えっ、そっち? て、あっ、合図だ!」


 パフさんが首から下げているペンダントが光っています。さて、ではおネエさまを捕まえに行くとしましょうか。


「行きますか、パフさん」


「うん、コテッちん」


 おネエさまがまたワンコを作っていなければいいのですが……

 これ以上ワンコをイジメるようなことは許せないですからね。でないとあの仔イヌのアジェルさんも可哀想です。


 オレはおネエさまの匂いがする部屋をすぐに見つけました。ただ──


「おネエさまがその部屋にいるのは間違いないみたいです。匂いがそういってます! でも何となく変な匂いです。おネエさまの匂いに間違いないのですけど、生きてる匂いではないというか?」


「え? どういうこと?」


「オレにもよくわかりません」


「そっかあ……。ボルトミの他にも誰かの匂いはするかな?」


「ええ、おネエさまのそばに人間が三人います。あと気味の悪い匂いが五つ。……いや六つしますね」


「人間は警備か仲間の研究者? 気味の悪い匂いはホムンクルスっぽいね。じやゃホムンクルスはそれだけ?」


「いいえ、あっちの別の部屋からも七つ匂いますから、そこにもいるのでしょう」


 この気味の悪い匂いの半分はリザくんとゴブちゃんと同じものです。あとの半分は知らない匂いですね。


「とりあえず別の部屋のホムンクルスは無視するとして、ボルトミの居る部屋のホムンクルスが恐いなあ。なんとか戦う事なしにボルトミを捕まえないと……」


 オレはどうもおネエさまの匂いの違和感が気になって、パフさんにもう一度そのことを伝えました。


「あたいもそのコテッちんの違和感が気になるよお。けどここは窓もないから顔の確認は無理だし、とりあえずこの部屋だけでも制圧しておこう」


「わかりました! おネエさまの匂いは一番奥の人です。オレは手前にいる人間三人を倒せばいいんですね?」


「うん、大変だけどよろしくねん」


「問題ないです!」


「鍵は……かかってないね。よし! じゃあ三つ数えたらドアから突入するんで、いくよん!」


 オレたちはパフさんの合図でドアの中へと飛び込んでいったのでした。

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