第七話「優しさと告白」

納涼祭後のドライブがキッカケで、僕たちは、毎週のように二人で居酒屋で顔を合わせるようになった。


仕事終わりに待ち合わせ、互いの愚痴や、どうでもいい話で時間を過ごす。真央は、完璧な仮面を脱ぎ捨て、僕の前では頑張りながらも弱音をこぼすようになった。


僕も真央の前では、素の自分をさらけ出した。


お互いの仮面の下にある弱さを知っている僕たちは、遠慮も、見栄も必要なかった。


僕は、真央が僕の不甲斐なさを受け止めてくれるのを感じながら、少しずつ劣等感を解消していった。そして、真央もまた、僕に甘えることで、完璧でいなければならないというプレッシャーから解放されているようだった。


そんなある日、僕は真央に勇気を出して言ってみた。


「ねえ、真央さん、今度、ドライブ行こうよ。箱根とか、富士五湖だって日帰りできるよ。もうすぐ夏だし、湘南で海水浴とかもいいかも。真央さんのビキニ姿・・・」

「真央はビキニなんて着ません。変な妄想しないでくれる?」


真央は、顔を赤くして僕をにらむ。


「真央さん、スタイル良さそうだから似合うと思うんだけどなぁ。もったいない」


僕は、わざとらしく真央の体をマジマジと観察する。


「エロい目で見るなっ!」


「はははは。わりとスタイルいいよね。着痩せするタイプ?」

「変態っ!」


(照れる真央さんは、本当にかわいい・・・)


「それはそうと、真央さんとは夜の街でしか会ってないでしょ? 太陽の下で健全なデートしようよ。最初からお泊まりは無理として、ドライブなら問題ないでしょ? 真央さんとなら会話に困ることもないし、楽しい気がする」

「うん・・・」


真央は、少し照れながらも頷いた。


「行こうよ」

「うん、行こう。どこ行く?」


「真央さん、ディズニーランドとか好き?」

「好きだよ。でも・・・」


真央の言葉が、歯切れの悪いものになる。


「じゃ、ディズニーランドにしよう!」


僕がそう言うと、真央は少し戸惑ったように言葉をにごした。


「ディズニーランドかあ。最近、行ってないから行きたいなあ」

「じゃ、ちょうどいいじゃん。行こうよ」


「ディズニーランドは行きたいけど、ひらめとか・・・」

「行こうよ」


「ひらめと・・・ね。ちょっと考えさせて・・・」

「・・・うん」


「よし。帰ろう」

「うん」


真央は、最後まで答えを出さず、店を後にした。


僕たちの関係は、まだ「友達」だ。


それでも、僕の人生に、少しずつ彼女が入り込んできている。

そう思うと、僕は少しだけ、嬉しくなった。


ーーー


休日の朝。僕は、一人暮らしのベランダでタバコを吸いながら、ぼんやりと空を見上げていた。秋のやわらかな日差しが、肌を心地よく覚ます。休日にやらなければならないことは、いくつか頭に浮かんだが、どれも大したことではなかった。


掃除と洗濯を手早く済ませ、買い出しに出ようとロードスターへと向かった。その時、ケータイが震えた。真央からの着信だった。


「・・・ひらめ、今何してる?」

「やること終わって、飯でも行こうかなって思ってたとこ。どうしたの?」


「もしよかったら、遊びに行かない?」


彼女の誘いに、僕は一瞬、耳を疑った。どうして僕なんだ?そう思ったが、言葉は勝手に口から出ていた。


「いいよ。車でいい?」

「うん」


「迎えに行くよ」


真央の最寄り駅まで車で迎えに行き、なんとなく横浜に向かった。助手席に座る真央の私服姿が新鮮だった。


横浜で車を駐車場に停めて、人ごみの中を二人で歩く。真央は顔を上げて観覧車を見上げた。


「ねぇ、乗ってみる?」

「若い男女が密室で一五分、あんなことやこんなことしちゃうかもね」


僕がいつものように軽口を叩くと、真央は真顔で僕を睨む。


「少しでもエッチなことしたら、真央、飛び降りるから」

「・・・」


その真剣な眼差しに、僕はたじろいだ。


長蛇の列に並び、ようやくゴンドラに乗り込む。普段は女子と話すことを苦にしない僕だが、ゴンドラという密室で真央と二人きりになり、緊張していた。


この緊張した姿を悟られたくないので、いつも以上に饒舌じょうぜつになる。


「ベイブリッジ、すごくない?」


僕は、窓の外を指差して言った。


「・・・」


真央は、何も言わずに外を眺めている。


「豪華客船じゃん?あんな船で世界一周とか楽しそうだよね?」

「・・・」


僕の話に、真央は乗ってこない。


「真央さん、どうした?」


真央は、うつむきながら、ぽつりと呟いた。


「今日、真央の誕生日で、お祝いしてもらう予定だったんだ・・・」

「知らなかった・・・。おめでとう」


僕は、驚きながらも、すぐに祝福の言葉を口にした。


「大学の時の先輩。最近、頻繁に連絡をくれるようになったんだけど、その人がお祝いしてくれるって」

「男?」

「うん・・・」


僕は、うつむく真央の隣にそっと席を移動して、話を聞く。


「ドタキャンされたの?」

「うんうん。真央がドタキャンした・・・」


想定外の答えに僕は動揺した。


「えっ?」


「本当に悪いことをしたと思う。なんか怖くなって・・・」


(その男、凹んでいるだろうな・・・)


「すごくいい人なんだよ。学生時代も、真央のこと可愛がってくれたし・・・」

「うん」


「でも『結婚を前提に付き合って』とか言われると・・・」

「そうか・・・」


「嬉しかったんだよ。本当に・・・。真剣に真央のことを考えてくれているのが分かったから。でも・・・」


僕は、真央の頭をそっと撫でる。


「いいんじゃないの?」

「・・・」


「大丈夫だよ。真央さんが気にすることじゃない」

「でも先輩に悪い気がして・・・」


「そんなもんだよ。きっと、その先輩だって『次、行くぞ』って切り替えてるよ」

「ひらめのように軽い男ではない・・・と思う・・・」


「僕だって、フラれたら凹むよ。でも吹っ切らないとやってられないじゃん?」

「・・・」


「深く考えすぎだって」

「・・・」


「よしよし。僕が抱きしめてあげよう」


僕が冗談めかして言うと、真央は何も言わずに頷いた。


(えっ?いつものように拒否してくるんじゃ・・・)


僕の予定とは違い、真央は素直に体を預けてきた。僕は、そっと彼女の肩を抱く。


ーーー


その日は、真央の誕生日だったけど、特別なことは何もしなかった。ただただ、くだらない話をしながら、ブラブラとみなとみらいを歩く。


悩んでいるときに一緒に悩んでくれる友達より、いつも通りに接してくれる仲間の方が嬉しいと、僕は思っている。


だから、真央が嫌なことを忘れるように、いつも通り、バカをして、真央にツッコまれ、いじられ、笑われる。


「家まで送るよ」


「いや、無理。こんな派手な車で乗りつけられたら、家族がビビる」

「そんなことないでしょ?」


「ひらめ、自覚しなよ。派手な車に、軽そうな男・・・。どう見たって真央が騙されているように見える」

「そんなことはない・・・と思う・・・」


最寄り駅の近くでクルマを止める。


「ありがと。今日は楽しかった」

「うん。またね」


僕は、真央が駅に向かう後ろ姿を、ミラー越しに小さくなるまで見送った。家につき、ベランダでビールを片手にタバコを吸っていると、真央から着信があった。


「はい、ひらめ」

「今日はありがと。最高の誕生日だった・・・」


「うん・・・。何もできなくてごめんね」

「・・・」

「・・・」


「・・・この前の話。ひらめと一緒に行こうかな」

「えっ?箱根への一泊旅行?」


「そんな話はしたことないでしょ?!ディズニーランドっ!」

「ああ、そっちか・・・」


「どっちだよ。それしかないでしょっ!」

「うん。行こう」


「うん・・・」


「大丈夫?元気になった?」

「うん・・・」


「良かった。元気な真央さんじゃないと、こっちのリズムが狂う」

「・・・」


「マジで観覧車の中で抱きしめたとき、キスしちゃえば良かったなあ」


「そんなこと考えてたの?他人の弱みにつけ込んで」

「でも、しなかったじゃん?」


「お前の頭の中は、それしかないのか?」

「あはははは」


「ありがと・・・」

「うん」


「おやすみ・・・」

「うん。おやすみ」


僕は、温かい気持ちのまま、タバコの煙を夜空に吐き出した。

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