第二章「接近」
第一四話「同期会と三角関係」
年が明け、三月になった。新人だった僕たちは、気づけば社会人一年目の終盤に差し掛かっていた。
年度末の多忙な時期ということもあり、今回の同期会は参加人数が激減していた。
幹事の恭子が送ったメッセージには「仕事が忙しい」「体調が悪い」と、建前ばかりの返信が並んだという。きっと、本当の理由は僕が原因だった。
僕は、そんなことには気づいていないかのように、いつもの軽薄なキャラを演じた。
「お姉さん、ビール追加で。あ、僕のビールには、お姉さんの愛をたっぷり注いでね」
店員のお姉さんは、笑顔で切り返してきた。
「は〜い。追加料金ですけど、よろしいですね」
「えっ?!高い?」
「もちろん!」
楽しい店員さんとの掛け合いに、周りの同期たちは笑った。その笑いは、以前よりも少しだけぎこちないものだったが、それでも僕の言葉は、この重苦しい空気を少しだけ軽くした。
恭子との夫婦漫才も健在だった。
「ひらめ、店員さんの方が一枚上手だったな・・・」
「恭子ちゃん、
「要らんわ!!」
「ひらめ、追加料金は割り勘じゃないからね。ちゃんと払ってよ」
「真央さん、僕はこの中で一番貧乏・・・」
「車、売れば払えるよ」
「えっ?!追加料金って、そんなに高いの?!」
そんな僕たちの掛け合いに、今回から真央が加わっていた。
そんな中、女子の一人が、酔った勢いで口にした。
「恭子とひらめって、付き合ってそろそろ一年だよね?」
その言葉に、恭子と僕は顔を見合わせた。僕たちは、いつものように冗談で笑い飛ばした。
「そうだね、恭子ちゃん、そろそろ周年記念だね。キスでも見せつける?」
「ちょ、やめてよ!」
「でも、みんなの期待に応えないと・・・」
「誰も期待してないわ!!」
僕たちの漫才のようなやり取りに、周りの同期たちは笑った。
だが、真央だけは笑っていなかった。彼女の顔は、一瞬にして曇った。
ーーー
女子の一人の言葉に、真央の心臓は締め付けられた。頭では冗談だと分かっている。ひらめと恭子の関係が、誰が見ても息が合っているということも。それでも、真央の心はざわついた。
二人の間にある、自分には入り込めない特別な絆。それが、どうしようもなく羨ましく、そして悔しかった。
「よし、帰るか〜!!」
「じゃあね〜」
「「またね」」
いつもなら、このタイミングでひらめから「二人で飲みに行こう」とショートメールが来る。真央は、その連絡をいつも心待ちにしていた。誰にも見せない、本当の自分になれる時間。
しかし、今日は違った。ひらめからの連絡を待たず、真央は自分でケータイを取り出した。
『ひらめ、二次会行かない?』
送信ボタンを押す。すぐに『いいよ』と返信が来た。いつものやり取りだ。だが、真央の指は、もう一度画面をタップした。
『恭子も誘わない?』
送信。真央の心は、少しだけざわついた。ひらめと二人きりで話すのが、真央にとって一番安心できる時間だった。
でも、今の真央には、恭子が必要だった。ひらめと恭子の間にある絆の正体を知りたかった。そして、自分とひらめの関係を、恭子に見てほしかった。
『良いよー。両手に花』
ひらめからの返信に、真央は少しだけ安堵した。
恭子に連絡すると、恭子は二つ返事で快諾した。
「「お疲れ様〜」」
会社の人の前では飲まない真央も、恭子とひらめの前では飲む。三人はビールで乾杯をする。
「あんたたち、こうして忍び逢ってたんだねー」
「恭子ちゃん、言い方が、なんか
「だってそうでしょ?みんなに内緒で・・・」
相変わらず、この二人は楽しそうに話をする。
ーーー
恭子の明るい声が響き、真央は普段よりも早いペースでビールを飲んでいた。
「ねぇ最近、真央にひらめがよく懐いてるよね」
恭子の言葉に、真央は少しだけ顔を赤らめた。
「・・・うん。色々と、話してる」
真央は、僕と恭子にだけ、素直な自分を見せた。そして、真央は、グラスのビールを一気に飲み干した。
真央は、いつもは僕と二人きりの時しか飲まない。しかも、ペースを考えて飲むタイプだ。だが、その夜の真央は違った。
僕と恭子の間で、真央は、まるで何かを確かめるように、グラスを重ねていった。その表情には、普段の完璧な笑顔はなく、どこか寂しげな色が浮かんでいた。
僕は、真央の様子に気づいていた。真央が、僕と恭子の関係にモヤモヤしている。そして、僕と恭子の間で、自分の居場所を探している。
「真央、飲みすぎじゃない?」
恭子が心配そうに声をかけると、真央は笑った。
「大丈夫だよ!だって、今日は、ひらめも恭子もいるんだもん」
真央は、そう言って、追加の注文を取る。
ーーー
案の定、真央は酔い潰れてしまった。恭子は真央の親に電話し、家に泊めることを伝えた。
「よし。真央のお母さんも安心してくれたし、恭子の家に運ぶよ」
僕たちは、酔い潰れた真央を連れて、店を出た。タクシーに乗り込むと、恭子は、真央を自分の膝に乗せ、頭を優しく撫でた。
「ひらめ。真央、疲れてたんだね」
恭子の言葉に、僕は何も言えなかった。真央の疲れた顔を、僕は見ていた。僕たちの間で、真央は、いつも以上に気を張っていたのだろう。
僕は、真央が、僕と恭子の関係に、どれだけ悩んでいたかを知った。真央は、僕たちの絆に、嫉妬していたのだ。そして、僕たちの間で、自分の居場所を探していた。
僕たちの関係は、もう、友人でも恋人でもない、特別なものになっていた。
恭子の家に着くと、恭子は、真央をベッドに寝かせた。
真央が眠りについた後、恭子は僕に声をかけた。
「・・・ひらめ、ちょっと外行かない?」
僕たちは、恭子の家のベランダに出た。三月の冷たい空気が、僕の
「・・・あんたさ、真央のこと、どう思ってんの?」
恭子の問いかけに、僕は何も答えられなかった。僕の心の中には、真央に対する気持ちが溢れていた。でも、それを言葉にする勇気がなかった。僕は、真央に釣り合うような男ではない。まだ、告白する資格はない。
「真央が、あんたのこと、好きだって言ってた」
恭子の言葉に、僕は驚いて、彼女の顔を見た。恭子は、僕の目を見て、静かに言った。
「正確には、まだ気づいてない。でも、絶対、あんたのこと、好きなんだよ」
恭子は、真央と二人で話した夜のことを、僕に話してくれた。真央が、自分の弱さを受け入れてくれる僕に惹かれていること。完璧を演じる自分にはないものを、僕が持っていること。そして、僕が頑張れるのは、真央が隣にいてくれるからだと言ってくれたこと。
「真央は、あんたにないものを、あんたは、真央にないものを、お互いがお互いを補い合ってる。二人は、そっくりなんだよ」
恭子の言葉が、僕の心を揺さぶった。僕は、真央に釣り合う男になるまで、告白はしないと決めていた。でも、真央は、僕がこのままでいても、僕の弱さも、劣等感も、全て受け入れてくれると言ってくれている。
恭子は、僕の肩を軽く叩いた。
「・・・あんた、真央が好きなんでしょ?」
恭子の言葉に、僕は何も言えなかった。
「真央は、今、あんたが、本音で告白してくれるのを待ってる」
恭子の言葉に、僕の心臓は高鳴った。
僕は、これまで、真央の隣に並び立つために、一人で頑張らなければならないと思っていた。でも、恭子は、僕が一人ではないことを教えてくれた。僕の隣には、真央がいる。そして、真央の隣には、僕がいる。
「ありがとう、恭子ちゃん」
僕の声は、少しだけ震えていた。恭子は、僕の言葉に、何も言わず、ただ、静かに微笑んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます