第一二話「朝食とそれぞれの決意」

ロードスターを恭子の家の前に停め、僕はエンジンを切った。真央がケータイで恭子に電話をすると、すぐに迎えに来てくれた。


「ごめん、恭子」

「うん、上がって。あれ? ひらめは?」


不貞腐ふてくされて、クルマのとこ」

「面倒くさい奴だな・・・」


恭子は機嫌が悪いのか、いつもより強い口調で僕を引っ張っていく。


「おいっ、ひらめ。早くしろよ。男らしくないぞっ」

「・・・」


「恭子ちゃん、ノーブラでしょ? 乳首が見えた・・・」

「ノーブラだし、ノーメイクだよ。何か問題?」


いつもの夫婦漫才のようなやり取りをしながら、僕は恭子の部屋へと連れ込まれた。そして、きつい尋問が待っていた。


「ひらめ、どういうことか説明しろ」

「恭子ちゃん、僕たちは潔白です・・・」


本当は、恥ずかしくて言いにくいことだが、恭子の圧力に負け、情けない僕の昨日の出来事を洗いざらい話す。

僕は恭子たちと別れた後、真央と飲みに行き、真央を泣かせ、ホテルに連れて行ったけど、真央が拒否したので、家に連れて帰ったことを説明した。


「ひらめ・・・お前、本当に何もしてないんだろうな?」

「残念ながら、コレが真実・・・。無念じゃ・・・」

「「・・・」」


「真央、合ってる?」

「うん、ひらめは、やっぱり、真央たちの予想通りの《「ひらめ》》だった・・・」


僕は焦りいくら記憶がないとは言え、おおむね同意をしてくれると思っていたのに、真央の発言は予想外だった。


(うむ。僕はスケベでゲスなひらめ・・・。襲われても仕方がな・・・い?)


「待って。真央さん、僕の記憶では何もしてない・・・えっ?!何かした?えっ?!恭子ちゃん、本当に何もしてない・・・はず・・・えっ?!真央さん??」


「恭子、あのね・・・。ずっと内緒にしてたけど、実はひらめとは、夏頃から、よく飲みに行っていたんだ・・・」

「ほう。昨日が初めてではないと・・・。聞こうじゃないか」


いつものしっかり者の真央が消え、急に幼く見える。恭子の目に怒りがともる。


「いや、恭子ちゃん・・・確かに夏頃から、真央さんと飲みには行ってる。でも、今まで、その・・・不順異性行為というか、エッチなことは・・・エッチな話はしたことはあるけど、その行為というか・・・その・・・昨日が初めて・・・いや、昨日も何もしてなくて・・・」


焦る僕を尻目に、真央と恭子がにらみ合う。お互いに視線を逸らさず、部屋中に緊張感が増し、僕は口をつぐんだ。


「真央、ずっと内緒にしてた理由は?」

「・・・なんだろう。ひらめと一緒の私を誰にも知られたくなかったから・・・かな」


「私は、真央とひらめの距離が変わったのは薄々気づいていた。お互いに避けていたのに、いつからか対立するようになった。何かあったとは思ってだけど、まさか二人で飲んでいたとは・・・」

「本当にごめん・・・。恭子とひらめ・・・仲が良いから・・・」


「あんたたち、ホントはどんな関係なの?」


恭子の問いかけに、僕と真央は顔を見合わせた。


「なんだろ・・・。お互いを認め合ってる仲間かな?」


真央は、そう言って、僕から顔をそむけた。僕は、もう一度、彼女に拒絶されたのだと、悲しくなった。


恭子と真央の真剣な会話に入ることもできず、女子の良い匂いがするクッションに寄りかかると、急に睡魔に襲われた。昨日の疲れと、寝不足と、深い悲しみから、いつの間にか眠りについていた。


ーーー


僕が寝息を立て始めた頃、真央と恭子は話を続けていた。


「ねぇ、真央。あんた、ひらめのこと、好きなんでしょ?」


恭子の言葉に、真央は顔を赤くして否定した。


「違うよ! 友達だよ!」


恭子は、そんな真央を見て、静かに言った。


「真央。あんたとひらめ、そっくりだよ」

「えっ?」


「あんたは、完璧に見えるけど、本当は臆病だ。ひらめは、チャラチャラしてるけど、本当は誰よりも真面目だ。二人とも、自分を偽って、本当の自分を隠してる。でも、違うところもある」


恭子は、そう言って、真央の目をまっすぐ見た。


「ひらめは、自分が変われないことを知ってる。でも、あんたは、一人で変わろうとしてる。だから、あんたには、ひらめが必要なんだよ。あんたにないものを、ひらめは持ってる」


恭子の言葉に、真央は、心の中で、何かがハッとするのを感じた。


「ひらめも、あんたが必要なんだよ。ひらめが頑張れるのは、あんたが隣にいてくれるからだ。二人でいれば、二人で足りないものを補い合える」


恭子の言葉が、真央の心に、静かに響いた。真央は、自分の心の中に、ひらめに対する愛が、静かに芽生えていたことに、初めて気づいた。


「ありがとう、恭子・・・」


真央は、そう言って、涙を流した。


ーーー


目が覚めると、部屋中に味噌汁のいい匂いが満ちていた。僕はぼんやりとした頭で体を起こす。リビングに行くと、恭子と真央が朝食を準備していた。テーブルには、つやつやに炊き上がったご飯、湯気を立てる味噌汁、そしてこんがりと焼かれたあじの干物が並んでいる。


「起きたか、ひらめ」


恭子はそう言って、僕の向かいの席に座る。真央は僕の隣に座り、優しい微笑みを浮かべていた。


「すごい・・・なんか、実家みたい・・・」


僕は、その光景に思わず感動した。


「早く食べなさいよ」


恭子がそう言うと、僕は箸を手に取り、ご飯をかき込み始めた。


「ほら、ひらめ。ポロポロこぼさないの!」


僕は、慣れない箸のせいでご飯をこぼしてしまい、恭子に子供を叱るように怒られた。


そんな僕を、真央は優しい目で見つめていた。まるで、母親が我が子を見つめるような、温かい眼差しだった。


その視線に、恭子は気づいた。恭子は、真央の表情に、もう迷いや戸惑いがないことを悟った。真央の中で、何かが確実に変わったのだ。しかし、鈍感な僕は、その変化に気づくことはなかった。


食事を終え、真央と恭子は、洗い物をしながら、ひそひそと話していた。


「ねぇ、真央。これからどうするの?」


恭子の問いかけに、真央は優しい微笑みを浮かべたまま、答えた。


「・・・ひらめ次第」


真央の声は、穏やかで、しかし確固たる意志を持っていた。


「ひらめが、私に本音で告白してくるまで待つ」

「わかった」


恭子は、それ以上何も言わなかった。ただ、真央の決意を受け入れた。


洗い物を終えると、恭子は僕に「早く帰りなさい!」と言って、僕を家から追い出した。


僕は、二人に別れを告げ、恭子の家を後にした。


休日の朝、空は澄み切っていた。僕は、二人の優しさに包まれたまま、家路を急いだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る