第一〇話「酔っ払いとお泊まり」

二次会が終わり、みんなと別れた後、僕は真央にショートメールを送った。


『今日はごめん、飲み直さない?』


返信はすぐに来た。


『行く』


僕と真央が二人で会っていることは、周りの人間には内緒にしていた。僕は『ひらめ』というキャラクターのおかげで、女子と二人で飲んでいても特に問題はない。ただ、会社ではお酒を飲まない真央と僕が飲んでいるのを説明するのが面倒で、誰にも話していなかったのだ。


「なんか真央、疲れたよ・・・。お酒を飲まずにはいられない。飲もう」

「うん」


二人は少し雰囲気の良い半個室の居酒屋へと入った。


「真央さん、今日は色々とご迷惑をおかけ致しました」

「うん。本当に迷惑だった」


僕がそう言って頭を下げると、真央は少しだけ笑った。


「真央さん、肩でもお揉み致しましょうか?」

「うん。お願い」


僕は席を立ち、真央の肩を揉んだ。真央の良い香りに包まれながら、無言で肩を揉む。謝るために真央を誘ったのに、謝った後、気まずくて何を話せば良いか分からない。


「ありがと。すごく楽になった」

「いえいえ。これくらいしか出来ませんので・・・」


真央は、伏し目がちにグラスを見ている。僕は、スーツ姿の彼女が、いつもより色っぽく見えた。そんな真央に見惚みとれていると、急に彼女の大きな瞳から、涙が溢れ出した。


「どうした?」


僕は隣の席に移動して真央の顔を覗き込むと、彼女は僕の胸に顔を埋め、本気で泣きはじめた。


「怖かった。ひらめ、怒っていたから」

「うん・・・。ごめん・・・」


「女子たちは、みんな『ひらめ、よくやった!』って言ってたけど、真央は怖かった・・・」

「うん・・・」


「そもそも、ひらめの態度が悪いから、勘違いされるんだよ・・・」

「うん」


「本当にくだらない。喧嘩なんてしても解決しないでしょ?」

「うん。ごめんて・・・」


「真央と恭子がいなかったら、今頃、ひらめは超悪者だったでしょ? 会社の飲み会で喧嘩するなんて聞いたことない。手を出していたらクビだったかもよ。分かってる?」

「うん。反省してる・・・」


「なんで、こんな男の周りに人が集まるんだろ?」

「・・・」


「さっきだって、結局、ほとんどの女子が来てたでしょ? なんだろうな。ズルいんだよ。ひらめは・・・。好き勝手に行動して、周りを巻き込んで・・・」

「ごめん・・・」


「普通に生きている人間は、ひらめのように生きている人間に憧れるというか、嫉妬するんだよ。普通の人間ができないことを何の苦もなく、やっているから」

「うん」


「自己中心的で、テキトーで、いつも楽しそうで、困ったときには誰かに助けてもらえて・・・」

「ごめん。真央さん。何が言いたい? 褒めてるの? けなしているの?」


「そうなんだよ。ひらめは、褒められる人間じゃなくて、ダメな人間なんだよ。でも、みんなが出来ないことをふわっとやっちゃうから、ムカつくんだよ。ヒトとして正しくないんだけど、自由というか、好き勝手というか、自分のことだけ考えて行動しているのに、周りに迷惑をかけてないというか、迷惑をかけているんだけど許して貰えるというか、いい意味あきらめられているというか、期待されていないというか、なんか、本当に腹が立つ・・・」

「うん・・・」


「真央は男子たちの気持ちが、すごくよく分かる。一生懸命頑張っているのに、頑張ってない人が評価されるなんて変なんだよ。本当は、ひらめだって頑張っているかもしれない。コソコソと影で頑張ってるのかも知れない。だけど、そんなの知らないし、頑張ってるんだったら、頑張ってる姿を見せるべきだし、なんかズルい。ズル過ぎる・・・」

「真央、大丈夫? 酔ってる?」


「いいから聞けよ。普通に考えてズルくない? こんなにダメ人間で、ひねくれているのに、実は素直な人間で、みんなで助けてあげなくちゃなんて思わせて、本当は何でもできるくせに、やりたくないからやらないだけなのに、最低の人間で腹黒いのに、妙に愛嬌あいきょうがあるというか、嫌われるようなことをしているのに、好かれるとかあり得ない。普通はみんな、嫌われないように行動していて、それでも嫌われるから悩むのに・・・」

「そうだね・・・」


「そして、何よりもムカつくのは『いい人』より、いい人だからなんだよ。クソみたい人間だ? 俺を信じるな? ぜーんぶ、うそじゃん。クソみないな人間が周りのヒトに気を使うか? 弱ってるヒトに声をかけるか? それも求めているタイミングで・・・。あり得ないんだよ。あり得ない。全然、ジコチューじゃないんだよ。悔しいけど、凄く周りのヒトを見てる・・・。なのに、知らんぷりしたりする・・・」

「うん。分かった・・・」


「・・・帰る」


一通り、ひらめの文句を言って、帰り支度を始めた真央は、目もうつろだし、真っ直ぐ歩けていない。


「真央さん、大丈夫?」

「う〜ん・・・」


「トイレ行く?」

「うん・・・」


僕は会計を済ませ、自動販売機で天然水を買い、女子トイレの前で待った。


(あ〜面倒くさい・・・)


僕は、酔っ払った真央を抱え、終電が終わった駅に向かう。


「真央さん、大丈夫?」

「・・・うん」


スーツ姿の見目麗しき娘が、終電が行ってしまった駅のシャッターの前で座り込む。僕は隣に胡座あぐらをかき、うなだれている真央に話しかける。


「真央さん、パンツ見えちゃうよ」

「・・・」


「真央さん、狼に襲われちゃうよ」

「・・・」


「真央さん、キスしちゃうぞ」

「・・・」


(そんなに飲んでないと思うんだけどな・・・)


僕は、誘った男として責任を感じていた。


「真央さん、タクシーで帰れる?」

「・・・恭子んちに泊まる」


「うん。恭子ちゃんに電話するね。ちょっと待ってて」


僕はケータイを取り出し、恭子に電話をかけるが、何度鳴らしても、電話に出る気配がない。


「どうする? 恭子ちゃんは電話にでない。ホテル行く?」

「・・・」


「勘違いしないでね。俺は帰るよ。真央さんだけ、その辺のホテルに泊まる?」

「う〜ん」


「真央さん、面倒くさいから、早く決めて」

「・・・行く」


「よし、タクシー乗るよ」


運転手さんに僕の自宅付近を伝え、途中で泊まれそうなホテルに寄ってもらうことにした。


「真央さん、起きて。ホテル着いたよ」


真央は酔い潰れた様子で、唸るだけだった。


「お兄さん、ダメそうだね」

「ダメっすかね?」


「ダメだろうな・・・。どうする?」


「すいません。行っちゃってください」


僕の部屋近くのコンビニで、深夜料金を支払い降車する。


「真央さん、コンビニで必要なもの買って」


「うん。ここどこ?」

「西川口。うちの近く」


真央は不安そうな表情を浮かべている。


「大丈夫、何もしない」

「うん。信じる・・・」


真央が納得したのか、しないのかは別にして、必要最低限の着替えと水、歯ブラシを購入してコンビニを後にする。コンビニから、僕の部屋までの間、微妙な距離間の二人は無言で歩く。


「ちょっと片付けるから待ってて」

「うん・・・」


僕は窓を開け、カーテンを閉めた。


「どうぞ」


「何もないね・・・」

「確かに・・・」


リビングキッチンには、僕が学生時代から使っている電子レンジと冷蔵庫、そして掃除機。居間にはシングルベッドとギターが二本。そしてテレビ台とステレオだけ。洋服は押し入れの中、洗濯機はベランダにある。部屋の中に荷物が少ない。


「思ってたより広いし・・・」

「そうね。リビングは六畳あるし、こっちは八畳くらい?」


「男の一人暮らしだから、散らかっているかと思ってた・・・」

「・・・」


真央の緊張感が僕にも伝わり、部屋に充満した。お互いに普段のように話ができない。


「とりあえず、先にシャワー浴びてくる。好きにくつろいで」

「うん・・・」


僕はユニットバスでシャワーを浴び、いつも以上に念入りに身体を洗った。大きく膨らんだ身体の中心を隠しながら、スエットの上下に着替える。


部屋に戻ると、緊張感を隠しきれない真央が小さく見えた。


「真央さん、どうする?」

「シャワーは浴びたい・・・」


「うん。俺のTシャツとスエットパンツで良かったらパジャマにしてよ。バスタオルはこれ使っていいから」

「・・・」


「なに? どうした?」

「うんうん・・・。ひらめ、信じてるよ・・・」


真央は床に座りながらカバンを抱きしめ、見上げている。僕は頭を拭きながら、真央を見下ろす。


(これで襲ったら悪者じゃん・・・)


「俺、クルマで寝るし、部屋は好きに使って良いよ・・・。一応、逃げる時は鍵だけ閉めて行って。ここにスペアキー置いとく。もしかしたら、真央さんの寝込みを襲う『ひらめ』って奴がいるかも知れないから、俺が出たらチェーンもかけて」


僕は、真央とあんなことやこんなことするかも・・・なんていうのを期待していた。だけど「信じてる」なんて言われて、手を出せず逃げることしかできなかった。


タバコとケータイ、そして財布だけを持ち、濡れた髪のまま、愛車の待つ駐車場へ向かう。駐車場の入り口で缶コーヒーを買い、愛車の横に座る。タバコを吸いながら後悔をする。


タバコの火を消し、空き缶を捨て、愛車の中に潜り込むと真央からケータイに着信があった。


「はい、ひらめ。どうした?」

「・・・」


「何か足りない? コンビニで買って行こうか?」

「・・・」


「どうした?」

「ありがと・・・」


「うん。おやすみ・・・」

「おやすみ」

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