『同道(三)』

 どれくらい眠っただろうか、頬を舐められた感覚を覚え凰蘭オウランはゆっくりと眼を開けた。次第に鮮明になる視界に、つぶらな瞳でこちらを覗き込んでいる白馬の顔が映る。

 

「……星河セイガ、おはよう……じゃなかったわね」

 

 目線を移せば、天上は暮れゆくだいだいの色に染まっている。

 

「疲れているところ悪いけど、そろそろ出発しよう」

 

 声のした方へ顔を向けると、龍を模した仮面を着けた男の姿が見えた。

 

玄龍ゲンリュウ……」

「どうかしたかい?」

 

 玄龍の声は普段の落ち着いたものに戻っていた。

 

「いいえ、なんでもないわ。ちょっと待ってて」

 

 凰蘭はそそくさと泉へと走っていった。その後ろ姿を見ながら玄龍は思うところがあった。

 

(どうしてだろう……。何故だか、あの娘だけには素顔を見られたくない気がしてしまう……)

 

 思いにふけっていると凰蘭が足早に戻ってきた。

 

 何をしていたのだろうと顔を向けてみれば、顔に付いていた旅のほこりが落とされ、乱れていた髪も綺麗にかされている。水面みなもを鏡にして身だしなみを整えたのだろう。こういうところは年頃の娘らしい。

 

「お待たせ!」

「よし、それじゃあ————」

 

 突然、玄龍の言葉が途切れた。

 

「————玄龍?」

 

 不思議そうに凰蘭が声を掛けるが、続く言葉は玄龍の伸ばした手によって制された。そのまま玄龍は凰蘭の腕を引っ張って近くの茂みに身を隠す。

 

「陽が暮れてきたな。今日はこの辺りで野宿するとしよう」

「ああ」

 

 茂みの向こうから男の声が聞こえ、ほどなくして青い外套の男が二人姿を現した。

 

(あれは、青————)

(黙って)

 

 共に三十代後半といったところだろうか。青龍派の門人と思しき男たちは泉の清水で喉を潤すと、座り込んでポツポツと話し始める。

 

「————しかし、なんだって俺たちがあの小娘を探し出さなければならんのだ」

シュウ弟、気持ちは分かるがボヤくな。チョウ弟とリン妹と正剛セイゴウとも連絡が取れんのだ。張弟たちはリョウ姑娘クーニャンと一緒だったと確認されている。張弟たちの身にも何かあったと考えた方が自然だ」

 

リュウ兄さまはまだ敖光洞ごうこうどうへ戻ってないんだ)

 

コウ兄、正剛は頭脳あたまはアレだが腕は確かだ。例え何者かに襲撃されたとして、簡単におくれを取るとは思えんのだが……」

「待て、あれを見ろ」

 

(————いけない! 星河に気付かれちゃった!)

(…………)

 

 龍面の下で玄龍は眉をひそめた。さっきは凰蘭と身を隠すのが精一杯で星河まで引っ張っていく暇は無かったのである。向と周の二人は星河のそばへとやって来た。

 

「この白馬は……、まさか、あの小娘の……⁉︎」

「…………おい、そこに隠れているな。そろそろ出て来たらどうだ」

 

 向に指摘された玄龍は、凰蘭にそのまま隠れていろと手真似で指示して茂みから立ち上がった。

 

 向と周は茂みから姿を現した男が仰々しい龍面を着けていることに一瞬驚いた様子だったが、すぐに気を取り直した。

 

「……貴様、門派と名を名乗れ。この白馬はどうした? そこの茂みにはもう一人誰が隠れている?」

「…………」

 

 向が矢継ぎ早に詰問するが玄龍は黙して語らない。

 

「痛い目を見ないと喋られないか?」

 

 周が氣で精製された手斧を握りしめ威圧する。その隣では向がげきを構えていた。その立ち姿から玄龍は二人の実力を推し量った。

 

(……二人とも昨日の玄武派の三人組みたいにぬるくないな)

 

 玄龍は二人から目線を逸らさず、背後の凰蘭へ向けて声を掛ける。

 

「何があっても君はそこから出て来るな。声も手も出しちゃいけない」

「ようやく口を開いたな。その調子で知っていることを洗いざらい吐いてもらうぞ」

「……青龍派と言うのは、数をたのみにする腰抜けの集団なんですか?」

「————なんだとッ⁉︎」

 

 玄龍の挑発に短気な周が反応したが、兄弟子あにでしと思われる向が一歩前に踏み出し制してみせた。

 

「素性を明かさぬ者を相手に礼を尽くすつもりは無い」

「…………」

 

 向と比べて腕が劣り短慮そうな周をまず先に片付けようとした玄龍だったが、その思惑は失敗に終わった。

 

「……だったら仕方ない。お二人でどうぞ」

 

 覚悟を決めた玄龍が構えてみせると、凰蘭は周囲の空気がわずかに冷気を帯びたように感じた。

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