14. やさしさに包まれたなら

 明日から冬休みということで、香月が泊まりに来る。スマブラのリベンジをするらしい。

 急遽行った動画撮影を終え、学校を出たのは十九時だった。

 前のようにスーパーに寄って夜ご飯の食材を調達する。クリスマスだけどたこ焼きをすることになった。鮮魚コーナーに行くと、徳さんが出てきた。


「咲樹ちゃん!文化祭良かったよー。俺たちに手振ってくれたんだろ?こんなおじさんも、ときめいちゃったよ!」


「来てくれてありがとう。手振ったのわかった?皆で来てくれてたね。」


 たこ焼き用のタコを手に取りながらお礼を言うと、香月にも話しかけていた。


「お兄ちゃん、ヴァイオリニストなんだってな。なんか、感動したよ。咲樹ちゃんを見つめる顔がさ、映画でも見てるみたいだったよ。」


 そう言って香月の背中を叩く。香月は照れていた。


「朔もあんなに歌がうまいなんてなぁ。母ちゃんとかパートのみっちゃんとかキャーキャー言って大変だった。」


 そこへ、例のごとくお菓子を持ってきた朔が合流する。徳さんは奥さんを呼びに行った。


「なんか、ちょっとしたアイドルだね。」


 苦笑しながら朔を見ると、嬉しそうだった。


「嬉しくなってくれるぐらい、今まで気にかけてもらってたってことだし。」


 奥さんが出てきて、朔は一緒に写真を撮らされていた。徳さんのリクエストで皆でも写真を撮った。現像したら店に飾ると言っていた。


 サーモンのマリネをサービスしてもらいレジの近くまで行くと、売れ残ったクリスマスケーキが積まれていた。店長の坂井さんがため息をついている。


「これ、捨てちゃうんですか?」


 朔が、勿体無いという表情で店長に訪ねると、「お、朔くん。」と言って頷いた。


「本当は店の前で販売する予定だったんだけど、バイトの子がこれなくなっちゃって。閉店までそんなに時間無いし、明日になったらもうほとんど売れないから。これ、オリジナル商品で味には自信があるんだけど。」


「俺たち、販促活動しても良いですか?」


 朔は困っている人を見過ごせない。店長は最初はちょっと遠慮していたが、朔が演奏させてほしいと言ったら乗り気になった。


 スーパーの前はまぁまぁ人通りがある。店長にトナカイのカチューシャを渡され、アンプの代わりに店頭販売用のスピーカー、朔はマイクの代わりにメガホンだ。品出ししていた大学生バイトの男の子二人は鈴を持たされ、店長自ら販売員としてケーキの前に立つ。

 朔はメガホンで、まずはケーキの宣伝をした。


「Merry Christmas!スーパーやおはちのオリジナルクリスマスケーキ、残りわずかとなっておりまーす!皆さん、素敵なChristmasをこのケーキで!そんなクリスマスに花を添える曲を演奏させていただきまーす!」


 朔が合図をくれたので、前奏にはいる。今日二回目のクリスマスソング。

 大学生バイトの人たちもノリが良くて、盛り上げてくれた。

 朔は前に出てメガホンで熱唱していた。その光景が面白くて、香月と笑った。思ったよりたくさんの人が立ち止まって聴いてくれて、中にはケーキを買ってくれる人もいた。

 朔は中学生ぐらいの女の子に握手を求められ、快く応じているとお母さんがケーキを買ってくれた。


「朔くん!すごいよ!ほとんど売れたよ!」


 店長も握手を求めてきた。大学生バイトの人たちも楽しそうだった。


「君たち、よかったよー。クリスマスにバイトとかマジでだるかったけど、さっきので、今日バイト入ってて良かったって思えた。」


 楽器を片付けて買い物の袋詰めしていると、店長がさっきのケーキを持ってきた。


「これ、お陰さまで最後の一個。バイト代は要らないっていうから、御礼として受け取ってくれないかな。あと、来年もよろしく。」


 朔は「オリジナルの味、気になってたので嬉しいです。ありがとうございます!」とお礼を言って受け取った。朔を見ていると、人間力というものに驚かされる。

 スーパーを出るまでに、さっきの大学生バイトの人たちとハイタッチ、古参のパートのおばちゃんと握手、迷子の子供には目線を合わせて話しかけ、一緒に保護者を探していた。


「朔はやっぱり、芸能界とか向いてるかも。見てるだけで元気が出る。」


 香月の言葉に「ほんと、すごいわ。」と同意した。人間不信ぎみだったのも、吹っ切れたみたいに思える。たぶん、椿との『私物が失くなる』一件で、考えがまとまったのだろう。


 家に着いて、夕飯の支度に取りかかるともう二十一時近かった。三人で準備をすると、十分ぐらいで準備が出来た。


「香月って、ネギ切るのめっちゃ早いね。トントントントントンってやつ、俺できない。」


 ネギを切っているときの手も見とれてしまった。手を見ただけで赤くなる。


「咲樹、何赤くなってるの?」


 変に突っ込まないでよ、と朔を恨んだ。香月はたこ焼きを引っくり返すのも上手だった。その手つきも良い。やっぱり自分は手フェチ、特に香月の手フェチなんだと確信した。


 コーラで乾杯し、ちょっとしたクリスマスパーティーだ。『やおはちのオリジナルクリスマスケーキ』も美味しかった。スーパーでのライブ、どうなるかと思ったけど面白かったね、と盛り上がった。


 たこ焼きを食べて片付けを終えると、ちょうどお風呂が沸いたので、私から入ることになった。お風呂に浸かって今日の演奏を思い出しながら手のマッサージをする。

 まさかクリスマスソングをスーパーの前で演奏するとは思わなかった。でも、すっごく楽しかった。


 上機嫌でお風呂から出て、髪の毛を乾かす。次は香月が入るらしい。洗面所で鏡越しに目が合うと、なんだか照れてしまった。


 キッチンでお茶を飲んでいると、香月がお風呂から上がってきた。


「早くない?ちゃんと温まった?」


 特に意識せず両肩を触ると、「男の人の肩」にドキドキしてしまう。


「もう。人がせっかく心を無にして我慢してるのに、やめて。」


 香月が照れながら怒る。ごめんごめん、と言ってパッと離れたが、『我慢してる』ってことが大事にされているみたいで嬉しかった。

 髪の毛が濡れていたので乾かすように言うと、自然乾燥でいいや、と面倒くさがってソファーに座る。


「乾かさないと臭くなるらしいよ。」


 本当は冷えて風邪をひかないか心配なだけだけれど、頭の匂いを嗅いで「臭い。」と言って笑った。ちょっと拗ねてしまったのでドライヤーを持ってきて乾かしてあげた。


「ほら、もう臭くないから。むしろ良い匂いだから、機嫌直してよ。」


 上から顔を覗き込むと、照れているのを隠そうとする。朔がシャワーを浴びている音が聞こえたので、勇気を出してそのままおでこにキスをしたら、香月はソファーに倒れ込んだ。


 朔がお風呂から上がり、やっと二人がスマブラで対戦しているところを見ることが出来た。技量は互角らしい。

 私はダイニングで数学の復習をしながら、二人の会話やゲームのBGMだけ聞き流していた。


「あ、ごめん。ちょっと休憩。咲樹とやってて。」


 朔が慌てて部屋に戻る。香月に状況を聞くと、椿から返事が来たようだった。

 なかなか戻ってこないので部屋まで声をかけに行くと、暫くそっとしておいてほしい、と言われた。心配だがそっとしておくのも優しさだと思い、リビングに戻る。


「なんか、そっとしておいて欲しいんだって。私、スマブラ苦手なんだけど・・・。あ、そうだ。アルバム見る?」


 友達の家に行ったときあるあるの、アルバムを持ってくる。あまり写真の数はない。朔と私が赤ちゃんの時の写真から捲る。


「これ、朔と咲樹?ほんとにそっくりだね。さすが双子!これは?お祖母ちゃん?」


「そう。お父さんのお母さん。私たちが中学一年生の時にがんで亡くなったんだけど、小学六年生の時に入院するまでずっと面倒を見てくれてたんだ。

 お祖母ちゃんのことを思い出すと、『やさしさに包まれたなら(荒井由実)』がセットなんだよね。小学校低学年の時に、映画の挿入歌だったその歌を気に入っていっつも歌ってたら、お祖母ちゃんが良い歌ね、咲樹ちゃん上手、って褒めてくれてた。」


「そっか、優しかったんだね。小学校低学年の咲樹も、絶対かわいい。」と言ってくれた。少々過保護なところはあったと思う。


「これは?お母さん?」


「うん、たぶん。なんか、私って似てきてるよね。」


 香月は私の顔と写真を見比べる。


「そうかな。どうしても咲樹に似てるかどうかって考えちゃうから分からないな。それよりも、赤ちゃんの咲樹がかわいい。」


 自然に母親の話から遠ざけようとしてくれる香月の優しさに、キュンとしてしまう。

 そのあとのアルバムは、入学式とか運動会とか、イベントの写真しかない。

 アルバムを閉じ音楽番組を見ることにしたが、母親のことを香月に話しておきたいと思った。ソファの隣で、少し距離を詰める。


「母親のことなんだけど、話聞いてくれる?」


 咲樹の話なら何でも聞くよ、と言って頭をポンポンと撫でられる。


「たぶん、いなくなったのは私たちが二歳ぐらいの時なんだけど、どうしていなくなったのかはお父さんもお祖母ちゃんも、叔父さんも叔母さんも教えてくれなくて。しかも、誰も母親のことを悪く言わないの。

 普通は子どもを置いて勝手にいなくなったのなら、悪く言ったりするよね。だから、何かあったんだと思う。それに、お父さんには離婚歴がない。」


 頷きながら聞いてくれる。朔以外に話したことなかったけど、モヤモヤしている胸のうちがすこしスッとした気がした。


「咲樹は、どうしたいの?お母さんに会いたい?お父さんに真相を確かめたい?」


 はっきりとどうしたいか分からない。今まで、他のことは自分がどうしたいのか、ちゃんと判断してきたつもりだけれど、この問題だけは答えが出せなかった。

 真相を聞くのが怖い。香月は無言の私を抱き締める。


「焦らなくても大丈夫。いつか答えが出て、一人じゃ心細い時は俺も一緒にいるし、朔だって寄り添ってくれると思う。」


 香月の腕の中で頷く。すごく温かくて、泣きそうになった。暫くそのままでいると、朔の部屋の扉が開く音がしたので、パッと離れる。


 朔は角を挟んでソファに座ると、私と香月をまっすぐ見た。


「あのさ。ちょっと聞きたいんだけど。君たちは、付き合ってないんだよね?」


 普段使わない『君たち』という単語に引っ掛かる。香月が「うん。」というと、朔は話を続ける。


「でもさ、好き同士だよね。その気持ちはお互いに知ってるんだよね?見てて分かるんだけど。」


 今度は私が「そうだけど、何なの?」と質問を返す。朔はスマホを差し出した。そこには椿とのメッセージのやり取りが表示されていた。


『ありがとうございます。私も好きです。でも、ごめんなさい。今はあなたとお付き合いはできません。』


「これの意味がわからん!」


 香月と顔を見合わせる。


「『今は』ってことは、いつかは解禁されるのかな。明らかなのは、俺たちの状況とは全く違うということだと思う。」


 香月は的確な意見を述べ、両思いになったらどうする予定だったのかを聞いた。


「一緒に帰ったり、毎日電話したり、デートしたり、まぁ、ほにゃほにゃだよ。」


「そういうことは、今は出来ないってことなんじゃない?」


 朔は暫く沈黙し、「じゃあ、いつなら良いの?待ってていいの?」と頭を抱えたが、香月に「そんなことは本人に聞くしかないじゃん。」と突っ込まれ、「聞けないから困ってるんだろ?なんだよ、もう。お前らイチャイチャしやがって!」と言って部屋に入っていった。


「八つ当たり?イチャイチャしてないじゃん。我慢してるのに。」


「え、咲樹も我慢してるの!?」


 あ、口が滑った。ここは素直に答えておく。


「我慢してるよ。本業が疎かになるのは良くないし、まだ高校生だから。特に、香月の手を見ると、触りたくなるのを我慢するのが辛い。」


「手ぐらい触っても、ダメかな。あ、俺が欲出しちゃうかも。」


 香月はまた、優しく抱き締めてくれる。


「確かにこの感触も、病み付きになる。だから普段は我慢するけど、たまには許してね。あのさ。キスは、たまにはしても良い?」


 うん、と頷くと、ゆっくりと顔を近付けてくる。緊張で全身が心臓になったように波打つ。


「わー!!やっぱダメ!」


 照れて体を離そうとすると、抱き締められる力が強くなり、ほっぺたにチュッと軽くキスをしてきた。


「・・・もぉ。抱き締められた後もずっとその事を思い出したりして勉強も入りが悪くなっちゃったし、歯止めが聞かなくなるから我慢することにする。」


「長期戦覚悟してるから、大丈夫だよ。でも、唇へのキスは近いうちにさせて・・・。」


 優しいな。「うん。大好き。」と呟くと「俺の方が大好きだし。」と返ってきて、離れがたくなった。

 気合いを入れて離れる。香月がポケットから小さな包みを取り出し、私に差し出した。


「これ、クリスマスプレゼント。女の子にプレゼント買うとか初めてで悩んだんだけど、咲樹に何をあげたいか考えたらこれになった。」


 開けて良いか聞いてから中身を見る。中には可愛らしいデザインのピックがいろんな種類でたくさん入っていた。


「可愛い!こういうデザインのピックも売ってるんだね。」


 ピックにそこまでデザイン性を求めていないため、今までは無地のものしか持っていない。嬉しくて勝手に笑顔になる。

 私も準備していたプレゼントを部屋まで取りに行って渡す。オーソドックスだが、手袋だ。やはり、手をケアして欲しい気持ちが出てしまった。


「ありがとう。咲樹と手を繋がないときだけ着ける。」


 なんだか照れてしまった。

 アルバムやゲーム、勉強セットを片付けて、部屋へ向かう。

 私の部屋と朔の部屋は向かいにある。二人で「おやすみ」というと、香月が私の腕を引っ張って唇にキスをした。恥ずかしくなって素早く部屋に入る。

 その日の夜は、香月に抱き締められた温もりを思い出していると、すぐに眠ってしまった。

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