13. クリスマスソング

 期末テストが終わり、クリスマスライブの日がやって来た。テストは、なんとか赤点ではなかった。

 寒空の下、野外で演奏する。ストリートライブみたいで面白かった。ドラムはカホンに変え、新鮮だった。

 曲目は三曲で、桑田佳祐の『白い恋人たち』、Wham!の『LAST CHRISTMAS』、back numberの『クリスマスソング』だ。

 クリスマスソングは片想いの歌で、超切ない。歌っていると、遠くで演奏を見ている藤原さんの姿が目に入った。

 今日はクリスマスイブだ。彼女はどうやって過ごすのだろう。

 家は好きじゃないって言ってたっけ。親に決められた婚約者とかと過ごすのかな、なんて、ドラマみたいなことあるかよと自分に突っ込みを入れる。


 演奏を終え、咲樹が藤原さんに声をかけに行った。二人の姿を目で追っていると、二人は裏門の少し外れたところまで歩いていく。

 そこには高そうなスポーツカーが停まっていて、二十代半ばぐらいと思われる男の人が下りてきた。彼は慣れた感じで藤原さんをエスコートし、車に乗せて走り去っていった。


「戻らないの?寒みー。」


 香月に声をかけられるまでぼーっとしてしまっていた。先に機材を持っていってもらい、戻ってきた咲樹に話を聞く。


「さっきの、藤原さんのお迎え?」


 咲樹は少し困った顔をする。残りの機材を持って、音楽室へと向かう。


「今日はクリスマスイブだから、食事に誘われてるんだって。私、知らなかったんだけど、銀行って世襲制のところもあるらしいよ。

 椿は一人娘だから、狙ってくる人もいるみたい。まだ高校生なのにね。でも、椿って大人っぽいし美人だから、大人の男性も放っておかないかな。

 さっきの人もイケメンだったよ。」


 は?そんなの現実にあるの?

 図書室で見た彼女の寂しそうな表情を思い出す。さっきの歌の詞のように、彼女はあの男と笑いながら良い雰囲気のレストランでディナーなのかな。心配で堪らない。


「どうしたの?お腹でも痛いの?」


 音楽室の扉の前ではっとする。

 痛いのはお腹じゃない。胸を押さえて、自分の気持ちを自覚した。

 俺は藤原さんのことが好きだ。でも、竹下先輩のことも放っておけない。

 


 夜、竹下先輩が家に来た。クリスマスプレゼントを渡したいらしい。本格的に恋人っぽい感じになってきてしまった。でも、会いたいって言われるのは嬉しい自分もいて、応えてしまう。


「わざわざ来ていただいて、すみません。」


 咲樹に変に思われないように部屋に招き入れる。


「急に来ちゃってごめんね。すぐ帰るから。」


 ちょっとだけでも会いたいなんて、健気だな。


「あの、実は先輩に言っておかなければいけないことがあるんですけど。」


 先輩は、なに?と身構える。


「好きな女の子が出来ました。」


 ちょっとだけ間が空いて、「そっか。」と呟く声が聞こえた。


「いつかは気持ちを離さなくちゃいけないって事は分かってる。だけど、俺の気持ちはまだお前の方に向いてるんだ。少しずつ離れる努力はしていくから、もう少し待って。

 別に、佐倉に彼女が出来ても、セフレがいても、それでも良いから。俺にも少しだけで良いから、一緒に過ごす時間を分けて欲しい。」


 この言葉に心がぐらつく。


「どうしてそんなこと言うんですか?そんな風だから、童貞を失う瞬間も、先輩の事考えちゃったりしたじゃないですか。先輩からの好意を大事にしたい気持ちもあって、どうして良いのか分かりません。」


 優しく抱き締められて、頭をポンポンと撫でられる。


「ごめん。申し訳ないけど、そうやって悩んでる佐倉の事が愛おしい。俺はお前の事を自分のものにしたいんじゃなくて、幸せになって欲しい気持ちの方が強いから。

 好きな女の子とうまく行きそうなら、何とか身を引く。だから、俺に遠慮せずにアプローチしろよ。でも、うまく行かなかったらいつでも俺のところに来て。」


 藤原さんに撃沈したら、竹下先輩のところに行ってしまいそうで不安。



 次の日。終業式の後、俺の足は図書室へと向かっていた。前と同じ、奥の窓際の席を見ると、探していた姿を見つける。


「今日は、この後予定ないの?」


 向かいの席に座って小さな声で話しかける。


「もうすぐ、十三時に迎えが来るわ。」


 その言葉に胸が疼く。もう時間がない。


「あのさ、連絡先教えてほしいんだけど。咲樹に何かあったら連絡できるし。」


 咲樹をだしに使ってしまった自分が情けない。彼女は快くメッセージアプリの友だちになってくれた。


「ありがとう。あと、昨日、咲樹に話を聞いてしまったんだけど。」


 話を続けようとすると、図書室を閉めるというアナウンスが流れた。移動しながら、藤原さんが口を開く。


「咲樹に聞いたわ。あなたが私のことを心配してるって。」


 中庭の人目に付かないベンチに座って話を続ける。


「心配していただいてありがとう。気持ちはとても嬉しい。でも私、生まれた家のことは誇りに思ってる。もしかしたら将来は、家業を継いでくれる人と結婚しなければいけないかもしれないけれど、私のことを幸せにしてくれる人ならいいかなって。

 だから、昨日も今日も、食事に誘ってくれた人は父の会社の関係の人だけど、中身を知ろうともせずにお断りするのは失礼だから、誘いをお受けしてる。自分の意思で決めていることだから、大丈夫よ。」


 そう言って笑いかけてくれたけれど、笑顔が寂しそうだった。この前のフワッとした笑顔を思い出す。


「藤原さんが真摯に向き合っている男たちは、藤原さんの内面を、ちゃんと見てるの?こんなにも家族思いで、友達にも優しくて。でもそれはちゃんと叱ってあげられる本当の優しさだってことも。

 困っている人を見たら助けてしまうし、本当は家より図書室の方が居心地が良いのに、家のことも文句を言わず受け入れられる包容力のある素敵な人だって、わかってるの?

 そんなことも知ろうとせず、ただ出世の道具ぐらいにしか思ってない男だとしたら、俺は・・・。」


 俺は・・・?


「行って欲しくない。そんな奴とのデートになんて・・・。」


 藤原さんのスマホが振動する。藤原さんは電話に出て、「今行きます。」と言った。


「佐倉くん、ありがとう。あと、ごめんなさい。」


 藤原さんは走っていってしまった。ベンチに座って空を見上げる。雪が降りそうなコンクリート色の雲。

 だいたい、仲良くなり出したばかりなのに、出すぎた真似をしてしまった。


「朔。」


 声の方を見ると、香月が立っていた。


「もしかして、今の見られた?」


 香月は頷くと、柱の方を振り向く。

 最悪・・・。

 そこには咲樹と楓くん、由紀乃さんもいた。



 音楽室に移動し、いじられる。


「さっきの、やばかったね!ドラマみたいだった!」


 由紀乃さんと咲樹が盛り上がっている。


「妹と友人としては、なんだか複雑。」


 そうだろうよ。俺も咲樹と同じ立場だったら複雑だよ。


「最近、よく目で追ってるな、とは思ってたけど。あの『ごめんなさい』はどういう意味なんだろう。」


 香月は茶化すことをせず、真面目に考えてくれていた。


「もう放っておいてくれ、の『ごめんなさい』じゃない?一人にして。」


 くよくよしていると、楓くんが肩を叩く。


「今日はクリスマスだぞ。プレゼントあげたのか?お前にしかあげられないもの。」


 え?という顔をすると頭をぐりぐり撫でられる。


「俺の友達で映像研のやつがいるんだけど、ちょっと呼ぶわ。」


 由紀乃さんがヘアワックスを持ってやってくる。


「最高にイケメンに仕上げるから。」


 髪と眉毛を整えられる。咲樹が「おぉ、いつもよりイケメン!」と言ってスマホで写真を撮った。由紀乃さんが、「武器は最大限に使わないと!」と言った。


 咲樹と香月と楓くんは機材を準備し、音合わせをする。


「お前にしかあげられないものって言ったら、音楽だろ。クリスマスソング。」


 楓くんにミネラルウォーターを渡される。映像研の友達だという山田くんが到着し、「一発撮りだぞ。朔がめちゃくちゃかっこよく見えるように撮って。」と楓くんが指示をすると、山田くんは「腕が鳴るな。」と意気込んでいた。山田さんに「カメラの向こうに、好きな彼女がいると思って。」と言われた。


 演奏が始まる。ほんとにこの曲の歌詞は、エグい。トナカイの角をつけてるカップル、本当は羨ましい。山田さんに言われた「カメラの向こう」を意識する。

 さっきは気持ちを伝えることができなかった。だから、ちゃんと目を見て言いたい。

「君が好きだ」って。



 演奏が終わり、映像をパソコンに落として見てみる。音もしっかり入っているし、みんなが演奏している姿もちゃんと映っていて良かった。


「すごい!とってもイケメンに映ってるし、何か色っぽいよ!」


 由紀乃さんが褒めてくれた。甲斐先生を呼び、学校の公式動画チャンネルにアップしてもらう。

 タイトルは『back numberのクリスマスソング 演奏してみた(軽音楽部 Glitter Youth)』、説明欄に『Merry Christmas!みんなのクリスマスが良い日でありますように。』とした。


 アップロードが終わると、さっそく藤原さんにリンクを送る。


『Merry Christmas。さっきは困らせてごめんね。これ、クリスマスプレゼント。藤原さんのことを想って歌いました。』


 文を入力していると、咲樹が覗いてくる。


「好きですとか、入れないの?女子はちゃんと言ってほしいと思うよ。」


 後ろで香月が耳を傾けている。


『あなたのことが好きです。』と追加し、送信した。すぐに既読になったけれど、返事は来なかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る