♂03 俺、婚約破棄されます。

「次。20番。ヘレーネ・クリスタル」

「はい!」


 俺は的の前に立って手をかざす。


「いつでも良いぞ」


 試験監督のゴリゴリ黒マッチョ、ゴートニー先生が計測器片手にそう告げる。


「行きます!『ファイアバレット』!」


 俺がそう言って火の弾丸をイメージすると手から火の球が出て的へと飛んでいった。


「詠唱省略だと!?」


 ゴートニー先生は驚きの声をあげる。


「何秒でした?」

「い、1秒57だ。歴代最速だぞ!」


 俺たちのやりとりを見ていた生徒達がざわつき始める。


「やっぱりヘレーネ様は流石ですね」

「詠唱省略って賢者じゃん!」


 俺は良い気分になった。それからも魔術試験を無双していった。何故か他の生徒よりも俺の方が魔法が優れているのだ。


「実技試験の結果は来週の筆記試験の結果と合わせて今月末に公開される。みんなよく頑張った。解散!」


 生徒達は教室に戻ろうとする。俺もイレーナと並んで歩き出す。


「ヘレーネちゃんいつにも増して凄かったね!やっぱり私が惚れただけはあるよ」

「そうかな?」

「そうだよー!流石クリスタル家って感じ」


 教室に戻って帰りのホームルームが終わる。イレーナと帰ろうとすると声がかかった。


「おい。ヘレーネ。話がある」


 俺が声のした方を見るとそこには金髪の北欧美青年がいた。授業中にやけにこちらをチラチラみていた男のうちの一人だった。もちろん俺は無視をかまして先を行く。


「またそうやってこの僕を無視をするのか。まぁいい。君の男嫌いにはもうウンザリだ。今日をもってお前との婚約は破棄させてもらうことにした」

「待て。婚約破棄だと?それは今まで私とお前が婚約していたみたいな言い方じゃ無いか」

「やっと返事をしてくれたと思ったらそんなことか。ああ。婚約していたさ。12歳の時からずっとね。まぁ、君にはどうでもいいことだったんだろうけどね」


 うーん。婚約破棄か。俺にとっては好都合だが、こんな簡単に婚約破棄してもいいものだろうか。


「とにかく次の舞踏会で君との婚約破棄のことを大々的に発表するから。では」


 そう言ってその男子生徒は教室を出て行った。うん。結局誰だったんだ?まあ、いいか。


「よかったわね。王子様と婚約破棄できて」


 イレーナが俺の手を取りながらそう言った。


「あれ、王子だったのか?」

「うふふ。そんなことも忘れたの?本当にヘレーネちゃんは男の人に興味がないのね。安心した。それより早く部活行きましょう?」

「部活か……」

「どうしたの?」

「ああ、いや。行くか」


 イレーナに案内されて辿り着いたのは『Lilium』と看板に書いてある部屋だった。中に入ると女子達が集まっていた。


「ヘレーネ様にイレーナ様。ご機嫌麗しゅう」


 中に入ると赤髪ロングストレートの女子生徒が挨拶して来た。


「どうも。君可愛いね」

「え!そんな!」

「ヘレーネちゃん。浮気はダメだからね!」


 そんなやり取りをしながら俺とイレーナは空いていた二人がけのソファーに座った。それを見て眼鏡っ子の可愛らしいポニテ女子が話し始めた。


「皆さん集まりましたね。今日は五の月の十八日ですから十六日、十七日の二連休に作ってきた物がある人は作品を発表していきましょう」


 すると一人の女生徒が手を挙げた。


「じゃあ私から。短編で、タイトルは『春と毒薬』です」


 そう言って女生徒は物語を語り始める。俺はここが文芸部だということに気づいた。女生徒が語り終えるとパチパチと拍手が鳴る。


「良かったわね。まさか毒薬が偽物だったなんて」

「これぞ愛って感じよね」


 感想が飛び交う。確かになかなか良いストーリーだったので、感動してしまった。


「では次は私が。タイトルは『楽園の花』です」


 その後も文芸発表会は続いた。中には絵を描いて来た者や詩を書いて来た者、歌を作って来た者なんかもいた。


「ヘレーネ様は何かありませんか?」


 そう聞かれてあることを思いつく。この世界は異世界だよな?ということはつまり、地球の曲はないんじゃないか?


「私は歌を考えて来ました。曲名は『歓喜の歌』です」


 俺の大好きな曲である、ベートーヴェンの『歓喜の歌』。好き過ぎて自分なりに歌詞を考えたりもしていた。その黒歴史が今、異世界にて蘇る。


「自然を愛することで生きると、生まれた時は分かっていたのに、時流の断絶が忘却へ運ぶ、覚醒の刻に思い出すのだ」


 あの有名なメロディーに乗せて俺の考えた歌詞が紡がれていく。俺が歌い終わると、今まで以上に大きな拍手が鳴り響いた。


「流石ヘレーネ様!音楽の才まであるなんて!」

「もう一度お聞かせください!」

「アンコールですわ!」

「お、おう。そんなに良かったか?」


 俺が思わず聞き返すとみんな首を縦に振って同意する。


「特にメロディーが素晴らしかったですわ!一生忘れられません」

「是非もう一度お聞かせください!」


 それから計4回俺は『歓喜の歌』を歌った。そして部活がお開きとなる。俺はイレーナと共に帰りの馬車を校門で探した。


「どれだっけ?」

「ん?ヘレーネちゃんの馬車あそこにあるよ!」

「ああ、あれか。ありがとう」

「バイバイ!また明日ね!」

「うん、明日ね」


 俺はそのまま馬車に揺られて家まで帰る。夕食を食べ終えると、流石に疲れが溜まったのか眠くなってきた。俺は自室に戻ってベッドにダイブして微睡みの中へと落ちていった。






「ん?朝か……」


 目覚めると何だかいつもの香りがした。まだ眠っていよう。そう思って再び開いた目を閉じようとした時に気づく。


「あれ?俺の部屋だ」


 とっさにベッドから起き上がり、部屋を見渡す。うん。俺の部屋に違いない。ということは夢を見ていたのか?それにしてもやけにリアルな夢だったな。


「何だこれ?」


 よく見ると部屋は散乱していた。本が開きっぱなしでいくつも置かれてあって、机の上に広がるノートには綺麗な字で何かが記されている。


「何だこれ。日記か?」


 俺はノートを手にとって中を読み始める。

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