第8話

 午前中で返ってきたテスト結果は今までで一番良い成績だったわ。


 毎日勉強に時間を当てられたのは大きいと思う。ふふっ。ついつい自然と笑顔になってしまう。気をつけないとね。お昼休みは友人達と成績順位を確認しに職員室へと向かった。


 成績が発表されている掲示板にはやはり人集りが出来ていた。私は人混みをかき分けて何とか成績を確認する事が出来たわ。


 総合成績の順位は…… 一位。

 嬉しい。友人達も私の成績を誉めてくれたの。


 この調子で勉強を続けていこう。


 今までは姉妹の美しさに私の存在は埋もれてしまっていたけれど、これからはもっと勉学に励んでもっと違うことで自分の価値を見出していきたいと思う。


 寮に入ってからの私は勉強三昧だったけれど、最近は将来の事も考えるようになってきた。


 調べると王宮の薬師は貴族しかなれないという事は無いらしいが、王宮薬師として就職するのはほんの一握りの人だ。私は今から薬師に向かって頑張っていこうと改めて考えていると。



「トレニア、成績一位おめでとう」


 不意に声を掛けられ、その声の方向に視線を向けると、そこにはかつての婚約者ルーカス様が立っていた。


 成績を見に来ていた人達の視線が一気に私に集まっている。


 こんな所で声を掛けなくてもいいじゃない。内心、愚痴を盛大に溢す。


「ルーカス様、お褒めの言葉をありがとうございます。では、私はこれで失礼します」


 軽く会釈し、友人と共にルーカス様の横を通り抜け、その場を去ろうとしたがルーカス様に腕を掴まれた。


「トレニア、話があるんだ。まだお昼を食べていないだろう? いつものテラス席で食べよう」


 そう、私達はいつもテラス席で二人仲良く昼食を摂っていたの。婚約者を姉と交代するまでは。


 ジワリと苦い思い出が溢れ出し私の心を削る。


「分かりましたわ」


 ここで話すには人が多過ぎる。


 もちろん私は話す事なんて無いのに。私は友人達にごめんねと断りを入れてルーカス様と食堂へと向かった。


 食堂のカウンターでランチを受け取り、日当たりの良いテラス席に向かい合わせで座った。


 穏やかな天気とは裏腹に私の心は大荒れ。でもそこは淑女。気を引き締めてしっかりと仮面を付けています。


「ルーカス様、お話とは何でしょうか?」

「……あぁ、この間はすまなかった。君の事も考えず。それに屋敷から君を追い出す形となってしまった」


 早くこの場から立ち去りたい、その思いで私はモグモグと淑女らしからぬスピードでお昼を食べている。


「謝罪なら結構ですわ。お義兄様。どうぞ私の事など構わずに」


 ルーカス様は私の言葉に眉尻を下げている様子。


「トレニアは今週末からの長期休みは邸に帰ってくるのか?」

「いえ、私は帰りませんわ」

「お義父上にはその事を伝えたのかい?」

「いえ、特に帰ってこいとも言われておりません。ルーカス様、週末は我が家に行くのでしょう? ついでに伝えておいて下さい。一応父には手紙を書きますが、それで充分だと思っています」


 私は食べ終わるとスッと席を立つ。


「ルーカスお義兄様、今まで私の事で心を砕いていただきありがとうございました。これからの人生は自由に生きていこうと思っています。どうぞ私の事は気にせず、姉と二人で侯爵家を盛り立て下さいませ」


 礼をしてその場を後にする。ルーカス様からは『待って』と声が聞こえたが、聞こえないフリをしてその場を去った。


 私のしたことは強がりで逃げでしかないと分かっている。


 でも、それでも……。


 侯爵家を継ぐために今まで頑張ってきたのに、突然梯子を外され、仲睦まじく生涯を共に歩めると思っていた貴方にまで捨てられたの。


 まだ自分の中で処理しきれない黒く濁った思いと乾ききらない傷に触れられるのが嫌なの。


 許したくない。

 触らないで。


 気を抜くと溢れ出しそうな仄暗い感情を必死に押さえつけ蓋をする。


 ……この思い、いつか消える日がくるのかしら。



 午後からは授業もないので寮へ帰り、父に手紙を書いて寮母さんに送ってもらうように手紙を渡した。さて旅行の用意をしなくてはね。


 私は一人で荷物を纏めていく。足りない物は街に降りて買えば良いかしら。


 それにしてもジョシュア様って優しいのね。私を誘って下さるなんて。


 そのままプロポーズされちゃったりなんかして!?


 ふふっ。

 ……残念ながらそんな事は無いわね。


 今ではよく話をする仲だけど、一緒に食事やら何かをするなんて事は無かったんだもの。


 それに私は残念レッテルを貼られた令嬢だし、きっとこのお誘いも珍獣を観察する位の気持ちなんだわ。


 私はさっきの仄暗く重い思考を床に投げ捨て、旅行に向け上機嫌で一人パンを齧りながら準備をするのだった。

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