第9話「同一種族」

「聖女パンチ」


 平野を疾走する勢いそのまま、巨大な狼型の魔物をぶっ飛ばす。


「魔物相手だと気を遣わなくていいから楽ね」


 人を相手にしている時のように、パンチしながらヒールする、なんてことはしなくていい。

 とても楽だ。


「さて次は――」


 私のもう一つの職である魔法研究は、とにかく目が悪くなりやすい。


 机にかじりついて本や文献とにらめっこし、新たな論文をしたためる。

 朝も昼も夜も、時には食事や入浴を忘れて没頭する。

 そんな生活が当たり前なので、視力が下がるのは当然と言えた。


 私も例に漏れず同じような生活を送っているけれど――目はかなり良い。

 ただ、さすがに昼と同じ視野を確保するには工夫が必要だ。


「聖女アイ」


 目を凝らしながら、瞳に魔力を集中させる。

 こうすることである程度、暗闇の中でも姿形を捉えることができる。


 私は頭をぐるりと巡らせた。

 聖女アイのおかげで、あちこちに点在する魔物たちの輪郭が見える。


 頭を伏せ、はっきりとこちらを警戒する魔物。

 尻尾を巻いて一目散に逃げ出す魔物。

 私に気付かず、呑気に眠っている魔物。


 狼型。豹型。馬型。

 姿形は様々だけど、その大半が普段から平野にいる魔物だ。

 私が倒すべき敵じゃない。


「ん……?」


 その中で、ふと既視感のある魔物を見かけた。

 ほとんどの魔物には個体差というものがない。

 同じ種類、同じ型の魔物であれば、大きさや危険度はほぼ同一と言っていい。


 だから既視感があるのは至極当たり前のことなんだけれど――そいつは、違う意味で見たことがある魔物だった。


 蛇型。それも、体長はゆうに五メートルを越えている。

 多くの傭兵に重傷を負わせ、『極大結界』の内側にまで入り込んだ大蛇と同じだ。


 つまりは、私が倒すべき相手。


「見つけたわ」


 姿勢を下げ、一気に大蛇へと距離を詰める。

 相手もこちらの敵意を感じ取ったのか、下げていた頭を上げ、臨戦態勢を取った。


 おそらく毒をまき散らすつもりだろう。

 けれどお生憎。私にそんなものは効かな――


 大蛇の口から出現したのは毒ではなく、炎の塊だった。



 ▼


 魔物はその名の通り、全ての種が魔法を使用する。

 大半は無意識に身体強化――牙の硬度を上げたり、爪の鋭さを増したり――に使用している。

 しかし中には、人間と同じような指向性を持った魔法を使用する種も存在している。


 目の前の大蛇が使用した魔法は、まさにそれだ。

 そこいらの魔物よりもよほど魔法の扱いにけ、危険度も高い。


 てっきり毒が来るものだとばかり思っていた私は、避ける間もなく炎に包まれた。


「効かん」


 ――もちろん効果はない。

 王宮お抱えの魔法使いが放つ渾身の一撃すらも通さない【聖鎧】が、たかだか大陸中央から逃げてきた魔物如きに破られる道理はない(ちなみにその魔法使いは自信を喪失して翌月に退職した)


 以前の相手と同じように軽く跳躍してから、頭めがけて拳を振り下ろす。


「聖女パ――おおっ?」


 振り抜いた拳が、むなしく空を切った。

 大蛇が、ぐるりと身体をうねらせ、私のパンチを避けたのだ。


 まるで来ると分かっていたかのような見事な回避に、思わず声が出た。


 大蛇は、まだ空中にいる私の身体を器用に絡め取った。

 右腕以外を拘束され、身動きが取れない状態にしてからギリギリと締め上げてくる。


「効かないって言ってるでしょ」


 もちろん、それも効果はない。

 触れればヤスリで削られたようになるであろう荒い鱗も、私の肌はおろか、服すらも傷付けることはできない。


「聖女――膝と肘ハサミ」


 肘と膝を使って大蛇を挟み込むと、ぶち、と音がして身体が二つに裂けた。

 悲鳴じみた声を上げながら、頭だけが逃げようとするので、そちらを掴む。


「聖女ジャイアントスイング」


 頭を片手でぶんぶん振り回し、思い切り投げ飛ばす。

 地面に頭が突き刺さり、それきり大蛇は動かなくなった。



 ▼


「炎を使うなんて、結界内部に入ってきた奴とは別の種かしら?」


 魔物は同じ種の場合、使う魔法も同じになる。

 一方は毒で一方は炎。

 となると、似た形をした別の種――ということになるのだけれど。


 仕留めた大蛇をまじまじと眺める。

 大きさ、鱗の模様、胴回りの太さ。


「全部、同じに見えるわね……ん?」


 ふと、千切れたもう一方の身体が目に入った。

 そちらを見やる。


「……こいつも、尻尾が切れているわね」


 傷の古さから、私との戦闘で千切れたのではないことは明白だ。

 同じ種の大蛇。

 同じ場所に傷がある。

 けれど、使う魔法は違う。


「んー。魔物は専門じゃないのよね」


 違和感を覚えるが、ここで唸っていても答えは見つからない。


「まあいいわ。次よ、次」


 私は蛇を捨て置き、次なる獲物を求めて場所を移動した。



 【聖鎧】の効果が切れるまで戦い続け、その日は二十二匹の魔物を仕留めた。

 このペースで活動期が収まるまで魔物の数を減らせば、ルトンジェラは安全だ。

 ルビィが危ない目に遭うこともない。


「よし」


 私は満足げに胸を張り、帰路についた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る