第4話「ぼこぼこ」

「着いて来い。思い上がったその性根を叩き直してやる」


 鼻息荒くアランは身を翻した。

 戦うための場所へと案内してくれるらしい。


「アラン様、どうかお考え直しください!」

「ええい、うるさい!」


 完全に頭に血が上っているようで、アランの後ろに付いていた老執事の言葉にも全く耳を貸さない。

 私たちを置いて行かんばかりの早さでずんずんと先へ進む。


「私たちも行きましょう」

「はい。お姉様ごめんなさい。私のせいで……」

「気にしないで。妹を守るのは姉の勤めよ」


 しゅん、と顔を俯かせるルビィの頭を撫でる。

 むしろ「私のために怒ってくれた」という点は私にとって加点要素でしかない。


「私もあいつをぶっ飛ばしたいと思っていたから、理由を作ってくれて感謝したいくらいよ」

「大丈夫なんですか?」


 ルビィの聞く「大丈夫」は、辺境領との関係の悪化を恐れての発言だ。

 私が負けるとは微塵も思っていない。


 辺境伯と聖女は国家防衛の両輪。

 関係が悪化して互いが足を引っ張り合う、なんて展開はもちろん避けたい事態だ。


 しかし、私にとっては些末なことだ。

 仮に不都合が起きた時は自分でなんとかする。ただそれだけの話。


 無責任と言われればその通りだ。言い訳のしようもない。

 模範的な聖女ならば事情を考慮し優先し、やり過ごすことが上手な切り抜け方だろう。

 しかし、それはできない。


 聖女をバカにしただけなら私もヘラヘラと聞き流すくらいの対応はできるが……妹は別だ。


 ルビィを下に見る発言をした。

 ルビィに危害を加えようとした。


 許せないし、許してはいけない。


「大丈夫よ」


 私はルビィを安心させるように力強く笑った。



 ▼


 常に自分を殺し、国の利益を優先すべし。

 それが聖女のあるべき姿である。


 初めて聖女に選ばれたその日、高位神官たちから送られた言葉だ。

 私はそれを真っ向から否定し、それまでと変わらない生活を続けた。

 魔法の研究を続けて何日も徹夜して、必要な素材を求めて北へ南へ渡り歩き。

 そして妹が困っていると聞けば全てを捨てて駆けつける。

 もちろん聖女の仕事はこなしつつ……だが、こんな性格の私を嫌う人間は教会内にも多い。


「どうしてあんな奴が聖女に」なんて、もう何百回言われただろうか。

 自分でもそう思うので特に気にはしていない。


 皆が望むような聖女にはなれない。

 聖女になろうと、私が私であることに変わりはないからだ。


 そして私にとってルビィは、全てにおいて優先される。

 聖女の都合なんて知ったことじゃない。


 ――いいかい。聖女は殉教者だ。滅私奉公――己を捨て、国の為にその身を捧げるんだよ。

 ――嫌です。


(これは……またお説教かしら)


 怒り顔のマリアを思い浮かべ、私は苦笑した。



 ▼


「ここなら邪魔は入らない」


 アランに連れられた先は訓練所らしき開けた場所だった。

 端の一角には様々な種類の武器が置いてあり、彼はその中から一本の剣を取り出した。

 訓練用の物なのでもちろん刃は潰してあるが、立派な鉄の塊だ。当たれば無事では済まない。


「ルールは単純だ。相手を気絶させるか、『参った』と言わせれば勝ち。それ以外は審判の指示に従うこと」

「ええ」


 アランは切っ先をこちらに向け、


「私に対する侮辱の数々、本来なら愛剣ボルボバーンで斬り捨ててやりたいところだが……女を相手に本気を出しては可哀想だ。今回はこの武器で許してやろう」

「ぼる……なんですって?」

「ボルボバーンだ」


 よく分からない銘の剣を愛用しているらしい。

 まあ、どうでもいい。


「好きな武器を選べ。もしくは手持ちがあるならそれでもいいぞ」

「私はでいいわ」


 拳を握り、それを顔の高さまで掲げる。

 やけくその捨て身と思われたのか、アランは一度剣を下げてから掌を差し出してきた。


「いま地面に頭をつけて謝るなら、許してやらんこともないが……どうする?」

「そのセリフ、そっくりそのままお返し……いえ、ちょっとだけ変えさせて貰うわ」

「なに?」


 息を吐き。

 重心を落とし。

 私はアランに不敵に笑いかけた。


「いま地面に頭をつけて謝るなら、一発だけで済ませてあげるけれど……どうする?」

「……ッ、どこまでも思い上がった女めぇ!」


 アランは剣を構え、合図役として連れてきた老執事に目配せをした。


「アラン様、本当に宜しいのですか?」

「ここまで来て何を言っている! さっさと合図しろ!」

「では……始めッ!」


 老執事の合図と共に、アランは真っ直ぐこちらとの距離を詰めた。

 愚直であるが、それ故に早い。

 身体能力の高さが窺えたが、同時に実戦経験のなさも分かった。

 自分の攻撃に精一杯で、こちらが何を仕掛けるのか予想もしていない。

 初心者にありがちな行動だ。



 ……名門が聞いて呆れる。



 斜めから振り下ろされた一撃を、横に身体を反らすことで避ける。

 振り下ろす力が弱い――返す刀で何かしてくるつもりだろう。

 追撃に備え、私は拳に力を入れる。


「甘いぞ! これで終わり――」


 想定した通り、振り下ろした刃は地面に触れること無く戻ってきた。


「だぁ――! え?」


 ――が、その頃にはもうアランの武器は柄だけを残し、砂となって消えていた。

 彼がそれに気付いた頃には、剣を空振りし、がら空きの脇腹が私の前に差し出される格好だ。


 『武器破壊』

 癒しの力の作用を拡大解釈し、無理やり効果をねじ曲げる。

 その結果がこれだ。

 私が危険と認識したものに触れるだけで、それを無力化することができる。


「本気を出したら可哀想だから、少しだけ手を抜いてあげる」


 意趣返しに彼の言葉を真似しつつ、腰だめに構えた拳を脇腹に叩きつける。


「聖女パンチ」

「――!?」


 まともにぶつかったそれはアランの身体をいとも簡単にめり込ませた。

 柄だけになった剣を取り落とし、彼は顔を青ざめさせて両膝をついた。


「いい位置に頭があるわね。これは蹴って欲しいってこと?」

「え、ちょ、待――」

「聖女キック」


 何か聞こえた気がするが、まだ戦闘不能ではないし審判も待ったをかけない。

 戦闘は継続だ。


 降りてきた頭に、気絶しない程度の力で蹴りを叩き込む。


「おぼぁっはぁああ!?」


 一度地面をバウンドしてから、アランの身体が訓練所の壁に激突する。

 その際、衝撃を和らげるために立てかけられた緩衝材が派手に吹き飛んだ。


「ごげええぇ!」


 アランは顔を押さえてもんどり打っている。

 調整したから当然だけど、気絶はしていない。


「戦闘継続ね」

「待てぇ――!」

「待たないわ。決闘が始まった以上、私を止められるのは審判だけよ」

「ジーノ! 一旦止めろ!」


 アランはジーノという名らしい老執事に命令を飛ばす。

 てっきり従うかと思ったが……老執事は髭を撫でながら、いえいえ、と首を振った。


「規則に則り決闘は開始されました。いくらアラン様のご命令とはいえ、これを中断することはシルバークロイツの歴史に泥を塗る行為です」

「き……貴様ぁぁぁ! この俺を裏切る気かぁ!?」

「どうかご理解くださいアラン様」


 どうやらジーノはアランに……ではなく、シルバークロイツ家そのものに忠誠を誓っているようだ。

 アランにとっては不忠者だけれど、筋は通っている。


 ジーノに代わり、私が解決案を提案する。


「負けを認めてルビィに謝れば止めてあげるけど、どうする?」


 今の攻防で実力差は知れた。

 これが分からないほどアランも馬鹿ではないはずだ。

 しかし、負け、という単語に彼は過剰反応し、気丈にも新たな武器を手に取った。


「はあ!? 誰が負けたなどと言った! 俺はただ、待てと言っただけだ!」

「そう。じゃあ十分に待ったし、続けるわね?」

「え、ちょ……っ」


 今度はこっちから仕掛ける。

 反射的に防御行動を取るアランだが、もちろん無駄だ。


 新しい武器を出されてはそれを破壊し、殴る。


「ほげぇー!?」


 逃げるアランを追い詰めては、蹴る。


「げひぃー!?」


 右に左にと殴る蹴るを繰り返すこと三分。


「ま……負けました! ごべんなざい……もう、殴らないで……」

「謝る相手が違うわよ」

「失礼なことを言ってしまい、すみませんでしたぁッ!」


 アランは顔をボコボコに腫れ上がらせながら、ルビィに向かって土下座した。


「……私はいいんです。お姉様にちゃんと謝って下さい」


 つん、とルビィは顔を逸らす。

 アランは、ずざぁ、と身体を横にずらし、私にも深々と頭を下げた。


「聖女様、申し訳ありませんでしたぁ!」

「ルビィがいいなら私はいいわ。許す」


 ウィルマの時とは違いちゃんと謝ったし、これくらいでいいだろう。

 分からせ完了だ。

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