第3話「ルビィの反撃」

「え……えと……」


 アランの突然の宣言にルビィは目を白黒させている。

 どう答えたらいいのか分からないのだろう。


「ルビィ。少しだけ、ごめんなさいね」

「お姉様」


 着いて来て良かった――心底そう思いながら、ルビィを下がらせる。


「随分と面白いこと言うのね、あなた」

「当人同士の話だ。付き添い人が出しゃばるな」

「問題のない人なら出しゃばる気なんてなかったわよ。けどそんな考え方の人のところに妹は行かせられないわ」

「女は男に劣る生物だ。男のご機嫌を伺い、男を立てるのが当然だろうが」

「……いつの時代の人間なのよあなたは」


 思わず目眩がした。

 男が女より優れているなんて話を、まさか現代で聞くことになろうとは。

 男尊女卑という考え方はこの国にも確かにあった。

 当時は魔法が発達していなかったことから、魔物への対抗策は単純な腕力任せだった。

 そのため、「筋力に優れている男の方が偉い」とされていた。


 しかし今は魔法がある。

 性別の違いなどもはや大した差ではないし、事実、男尊女卑を王都で言おうものなら逆に笑われてしまうくらいには古い考え方だ。

 なのに彼――アランは、未だに男の方が優れていると信じ込んでいるようだ。


「私の知らない間に時間移動の魔法を完成させていたの? だったら是非原理を教えて貰いたいわ」

「なにを言っているんだこの女は」


 アランはやれやれと首を振った。

 彼はよく見なくとも整った顔立ちをしており、どんな仕草でもある種の華やかさを纏っている。

 しかし、魅力は一ミリも感じない。


 仮に彼に惚れていたとしても、あんなことを言われれば一発で冷めてしまうだろう。


「最近の女は自分を男と同等の存在だと勘違いしている者が多い」

「いや、勘違いしているのは――」

「それもこれも聖女のせいだ」

「あなたの方……へ?」


 思わぬ飛び火だった。

 聖女と男尊女卑にどんな関係があるのだろうか……。

 当事者として興味をそそられてしまい、返す言葉が引っ込んだ。


 アランは拳を握り、悔しそうに唇を噛む。


「聖女などまやかしの存在だ! 女の地位向上を画策した教会が作り出した偶像に過ぎん!」

「教会本部の高位神官って、男ばかりなんだけど……」

「聖女は国の守護者などではなく、結界などというまやかしで人々を騙す詐欺師だ! 国境付近を見てみればよく分かる。現に今も魔物の侵攻は続いているのだから!」

「国際協定に基づいて、一定量の魔物は引き受けなきゃいけないの。それに全部の魔物を弾いてたら傭兵の仕事が無くなっちゃうでしょ」


 訂正を試みたが、持論を展開し熱に浮かされたアランの耳には届かなかった。

 ……もしかして、シルバークロイツ卿は代々こんな思想を継承しているんじゃないだろうか。

 そうであれば、婚約話は当然ナシだ。

 ルビィをこんなところへは嫁がせられない。


 早々に立ち去ろうとしたそのとき。


「俺はこのシルバークロイツ領をかつての男が輝いていた時代に――ん?」


 身振り手振りまで加え始めたアランの前に、小さな影が出た。

 ルビィだ。


「なんだお前。女は黙って男の話に的確な相槌を――」

「――ッ!」


 ルビィはそのまま手を振りかざし、アランの頬を張った。



 ▼


 ルビィの細腕で繰り出されたものだ。それほど痛みはないだろう。

 しかしアランには衝撃的だったようで、たたらを踏んで後退し、尻餅をついた。


「……は、え?」


 呆けた表情のアラン。

 まさか、ルビィが手を出すとは微塵も考えてなかったのだろう。

 妹の突然の行動に、私も驚いている。


「聖女を愚弄しないで下さい」


 先程までの怯えた表情はどこへやら、ルビィは強い目線でアランを睨み付けた。

 頬を上気させ、身体の端々を震えさせていた。

 それはアランへの恐れではなく……純粋な怒りによるものだ。


「この国が豊かに暮らせているのは……これまでの聖女様たちのたゆまぬ力添えによるもの。そしてそれを今この瞬間も維持している現聖女のおかげです。聖女への敬意も払えないなんて、そんな人のところには嫁げません!」


 ここまで怒っている妹は、初めて見た。

 ルビィを溺愛していると自覚する私ですら、この子が怒る姿を見たことはない。


「お姉様のすごさをちゃんと理解してから出直してきて下さい! このあほ! ばか!」

「き……貴様ああああぁ!」


 言い慣れていないであろう罵倒の言葉を思いっきりぶつける。

 ぽかんと口を開き、間抜けな表情を晒していたアランだったが――みるみるうちに表情を歪ませ、ルビィに掴みかかろうとした。


「おっと危ない」


 私はすんでのところでルビィの手を引き、アランから逃れさせた。


「口で勝てないから腕力でどうにかする……ちょっとそれは度が過ぎるんじゃないかしら。勇猛果敢なシルバークロイツの名が泣いているわよ」

「う……うるさい!」


 ルビィの言葉を素直に理解するはずはないと思っていたけれど。

 ……手を出そうとしたのなら、こっちにも考えがある。


「ねぇアラン。そこまで言うならこの地のルールに則って解決しましょ」

「……なに?」

「強い者が正義なんでしょ。私とあなたで一騎打ちして、負けた方は勝った方の意見を呑む――なんてどうかしら。もちろん女相手に逃げないわよね?」


 ――誰の妹に手を出そうとしたのか、分からせなくちゃ。

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