分厚い四角格子のはまった三畳程の、小さな部屋。

寝る為の藁が置かれ、用を足す穴が隅に空いている。

ここは座敷牢だ。俺は産まれた時から入れられている。

この部屋の、主への供物として。

生贄と言ってもその扱いは、牛馬以下だ。

元々白かった着物は、薄汚れ、襤褸同然。

そこから伸びる手足は、痩せ細り、死人の如き白さ。

飯ともいえない物を、口に入れたのは何日前だったか。

本当ならとっくに、死んでいてもおかしくない。

そうならないのは、気に入られているからだ。

と、部屋の主が背後に現れ、俺を抱きかかえた。

毛先の方が、白くなっている腰まである黒髪。

全てが恐ろしいまでに、整っている顔の中で、深い藍色の瞳が目を引く。

俺の頭を撫でる度、彼の腕に巻きつけられた鎖が、涼やかな音を立てた。

彼は俺の先祖に封じられ、神から妖へと堕ちた。

その封印を解けるのは嫡男だけ。

（どうして俺の先祖は彼を封じた？繁栄の為か？そんな事をして得るものなんてろくでもない)

思わず息を吐いた時、灯りが近づいてきた。

彼が空気に溶けるように、姿を消したのと同時、牢の前に松明を掲げた男が立った。

鍵を開け入ってきた男の口角が、上がる。

間髪入れず蹴り出された足が、腹にめり込み胃の腑がひっくり返る心地を味わう。

泣き叫べば、火箸を押し当てられたりもっと酷い目に合わされるだろう。

だから必死に身を丸め、声を出さぬよう唇を噛み締めた。

これが終われば、きっと何か貰えるはずだ。

「禍津子め！忌み子め！」

繰り返し怒鳴る声が聞こえる。

（どうしてこんな目に合うんだ。望んで双子で産まれたわけではないのに)

双子でさえなければ閉じ込められずこうして殴られる事も、なかっただろうか。

何度も何度も浮かんだそれを、頭の中で振り払った

考えても仕方ない事は、考えない方が良い。余計に辛くなる。

音がするほど頭を強く殴られ、一瞬意識が遠くなった。

（もう駄目かもしれない)

そう思った時だった。

「何をしている？」

冷ややかな声が場を支配した。

そこにいたのは俺を名付け弟と呼んでくれた人。

水色の水干を纏い、みずらに結った涅色の髪をしている。

桃花色の薄い唇に、すっと通った鼻筋。髪と同色の煌めいている瞳が、俺を見た。

「聞こえなかったか？お前は、ここで何をしている？」

「い、いや。私はですね」

「咎めの刻は過ぎたはずだが？去ね！」

びりびりと部屋が震えるほどの声に男は、慌てて駆け去った。

格子を開き入ってきた兄は、俺をそっと抱きしめてきた。

「やっと準備が出来たんだ。梓丸ここから逃げよう」

そのまま抱え上げられ、牢から連れ出される。

「あ！ま、待って。待って下さりませ」

柱に貼られている札に手を伸ばすが、小さな雷に弾かれた。

（やっぱりだ。俺には無理でも)

兄に札を剥がすよう頼んだが、どうやら見えていないようだ。

手を掴み触らせた瞬間、札が焼け落ちた。

だが、そこまでしか見届けられなかった。

兄が急に駆け出した。振り落とされないように、首にかじりつく。

どこをどう走ったのか。気づいた時には、見たことのない路地にいた。

触れている箇所から熱が伝わってくる。

思わず微笑んだ時、氷を押し当てられるような冷気に襲われた。

（何かとても嫌なものがここに来る！)

降ろされ見た兄の顔は、血の気が引き夜闇に白く写る。

視線を周囲に巡らすと破屋があった。

手を引かれるまま門を潜り庭にあった木の裏に、二人で座り込む。

いくらもしないうちに聞こえた音。

「太鼓？」

「どうした？太鼓？私には何も聞こえないが」

地の底から響くような、おどろおどろしいお囃子と共に姿を現した異形のもの。

（あれは兄が言ってた百鬼夜行だ)

『稚児がおる。柔い肉、目玉をしゃぶるか。喉で笛を作ろうか。血酒も良いのう』

聞こえてきた声に咄嗟に、口を塞いだ。

全身の血が引き、震えが止まらなくなる。

居場所を知られている。喰われてしまう。

どうすれば、どうすればいい？

唐突に頭に浮かんだ文字。考えるより先に、それを兄の手のひらに書いた。

瞬間、襟首を恐ろしいほどの力で掴まれ驚きに目を見開く兄の姿が見えなくなった。

同時に、鬼が顔を覗き込んできた。ふっと気が遠くなる。