六章

第94話

 全くの無関係であったなら、無邪気に派手な葬式だと思えただろう。


 ラオイエの遺体を積んだ神輿は、貧乏神殿の最後の見栄とでも言うように華やかではあった。スザン教徒のトレードマークである血に近い朱色の担ぎ棒に、ミニチュアの本殿のような輿が載っている。こちらも、本来はそうであったのだろう鮮やかな朱色を誇っていた。


 担ぐのは、本殿での修練を許された熱心な修行者達だった。スザン教徒が多いのは当然だが、中には他所の神殿や、街人も混じっている。ペコの修練に付き合っていたので、見知った顔ばかりである。今は皆、別人のような顔をしているが。


 神輿の担ぎ手は挙手制で、定員を超えたら組手の勝敗で決める事になっていた。希望しない者などいなかったが。だから――と言うのも妙な話だが、担ぎ手の中にはペコも混じっていた。


 部外者が弁えろと言っても聞かず、長年共に過ごした弟子達をぶちのめして担ぎ手の座をもぎ取ったのである。


 背が低いせいでかなり担ぎ難そうだが、そんな様子はおくびにも出さず、初めて見るような真剣な顔で――小突けば泣き出しそうではあったが――神輿を担いでいる。


 担ぎ手から漏れた人間は神輿の前後に並んで、唸るような鎮魂の祈りを唱えたり、鈴や手持ちの鐘を鳴らしている。適当なタイミングで交代して、結局は全員に順番が回るらしい。


 その周りを、一般の信者やそうしたい者が並んで歩いている。

 それらのどこを見ても、マルタンの姿は見つけられなかった。

 その事を責める者もいたが、ライズとしては、分からない気持でもない。


 魔王論者を狩り出す為にユーティア神殿に宗旨替えして、今更どの面を下げてといった所だろうか。だからこそ、最後くらいは家族として送って欲しいという声が修行者達の間であがっていたのだが。


 ともあれライズは、遣る瀬無い気持ちで葬列を追いかけていた。


 昼過ぎに本殿から始まり、長い階段を踏みしめるように降りていく。夜に備えてか、あちこちに篝火が準備してあった。

 神輿を担いで急な階段を下るのは間違いなく苦行だろうが、音を上げる者はいなかった。

 地上に着けば、喪に服したアンナバウムの街が出迎えた。


 あちこちに、スザン神殿のシンボルカラーである朱色の幕がかかっている。スザン教のみならず、様々な宗派の者達が通りに出て、それぞれの祈りを捧げている。


 奇妙な光景ではあっただろう。

 見ようによっては、それは祭のようにも見えたはずだ。

 笑い声はなく、誰もが哀しみに俯くような祭など存在しないが。


 それから神輿は、たっぷりと時間をかけてアンナバウムの街を練り歩き、スザン教の神殿と、その他の神を祀る本殿の前を通過した。


 鐘の音が、聖歌隊の合唱が、宗教的な音楽が、舞が、祈りが、黙祷と、すすり泣く無数の声がそれに応えた。


 途中、何度か小競合いが起きた。武闘派のスザン神殿の大神官が暗殺されては仕方がないとか、日和見をしていた罰が下っただとか。こんな事になれば当然言われるだろう陰口が囁かれた。


 葬列の修行者達は表面上は耐え見せた。少なくとも、本人たちはそのようなつもりでいたらしい。それを追いかけるその他大勢は我慢する義理もないので、直接的な方法で抗議に出た。


 ライズもその一人だった。一応止めに入ったつもりではあったのだが、違いなどないようなものだろう。


 帰る頃にはすっかり日が落ち、身も心も疲れ果てていた。

 慣れたはずの階段が、今までで一番長く感じられた。

 ペコはまだ担ぎ棒の下にいて、結局最後まで交代せずに担ぎ切った。


 †


 ラビーニャとキッシュは本殿で待っていた。葬式が終わった後、故人を偲ぶ会が催される。新入りだが熱心だったペコはラオイエや修行者達に好かれており、その縁で日の出の一団も招待されていた。


 ライズはともかく、ラビーニャとキッシュはそれほどの縁でもなかったので、本殿の待機組と一緒に会食の準備を手伝っていたらしい。


 偲ぶ会は本殿内の祈りの間で行われた。奥に祭壇と神像があるだけの、殺風景な板の間である。そこに各々適当に座って、用意した酒や料理を食べながら、ラオイエとの思い出を語り合い、酒の勢いで喧嘩になると、表の修練場に出てひと勝負し、戻ってきては涙して、そんな事を繰り返している。


 ペコはその渦中にいて修行者達に可愛がられていた。

 ライズ達は隅の方で遠巻きにそれを眺めている。


「ぅぇ、えぐ、ぐす……どうしてこんな事になってしまったのであるか?」


 元から泣き上戸の気はあったのだ。周りの雰囲気に流されて、キッシュはスザン饅頭を頬張りながら大泣きしていた。


「魔王論者狩りの報復という事なのでしょう。宗旨替えをしたとは言え、マルタンは元はスザン神官、ラオイエは彼女のただの一人の肉親ですし。狙われたとしてもおかしくは――」

「その辺にしとけよ」


 飛び出した言葉は、思いがけず鋭くなった。それ程のつもりでもなかったのだが――と言い訳した所で、ライズ自身穏やかな気持ちとは程遠かった。


「誰も聞いてはいませんわ」


 八つ当たりを責めるように鼻を鳴らすと、ラビーニャは修行者達に視線を向けた。幾つかのグループに分かれてはいたが、全員等しく酔っぱらっていた。呑まなければやりきれないのだろう。話す声は無暗に大きく、下の街まで届きそうな程騒がしくはある。


「だとしてもだ。お前も神官なら、場所を弁えろよ」


 言ってから後悔する。そんな事を言うつもりではなかったのだ。こちらもそれだけ酔っていたのだろうが――そんな事は言い訳にもならない。


 案の定、ラビーニャは露骨に気分を害して見せた。怒りに目が見開ている。殴られるのだろうと思い覚悟する。それで済むなら安い物だ。

 予想とは逆に、ラビーニャは溜息一つで耐えて見せた。


「まぁ、その通りではありますわね」


 拗ねた様に呟いて立ち上がる。

 おかげでライズは酔いも冷めた。


「悪かったって。帰る事ないだろ」


 慌てて引き留めると、ラビーニャは呆れた顔で見返してきた。


「このくらいで臍を曲げる程子供ではありませんわ。お望み通り、場所を変えようと言っているのです」


 ついて来いという事なのだろう。一緒に立ち上がろうとするキッシュに視線を向けてラビーニャが言う。


「大人の会話ですわ。キッシュはそこでお饅頭でも食べてなさいな」

「吾輩は子供じゃないのである! 仲間外れは嫌なのである!」

「じゃあ好きになさい。聞いても別に、面白い話ではありませんけど」


 肩をすくめると、ラビーニャが出ていく。

 つまりはきな臭い話なのだろう。

 無視も出来ずに後を追う。と言っても、外廊下に出て、ひと気のない裏手に回っただけだが。そこまでするからには、本当に聞かれたらマズイ話なのだろう。


「なんなんだよ」

 

 ライズが促す。 

 ラビーニャは掌で制すると、一応周囲の目を確認してから言ってきた。


「わたくしが魔王論者なら、いくら報復の為とはいえ、魔王論者狩りに否定的なラオイエを消そうとは思いませんわ」


 唐突な言葉を理解するには少し時間が必要だった。理解しても、飲み込むにはさら時間がかかった。

 もはや、酔いは完全に消えていた。

 鳥肌が立ったのは、夜風が冷たかったからではない。


「――ど、どういう事であるか?」


 ライズが絶句している間に、キッシュが尋ねた。


「イスミールは魔王論者狩りをやるのにスザン神殿の手を借りたがってる。穏健派のラオイエを魔王論者の仕業に見せかけて始末すれば、一気に盤がひっくり返る。そういう事か?」


 現実を受け止めるつもりで口に出す。言ってしまえば、後戻りが出来ないような後ろ暗さが込み上げた。


「あくまで可能性の話ですわ」


 ラビーニャが釘をさした。実際、迷っているようではある。


「魔王論者も一枚岩ではないでしょうし。考えの足りない過激派というのは、どこの組織にも存在しますわ。単純に、そんな連中が暴走しただけという可能性もありますけど」


 ラビーニャにしては歯切れが悪かった。話の内容を考えれば、慎重にもなるだろう。もし本当なら――そしてそれが明るみになれば――ユーティア神殿とスザン神殿の間で血みどろの抗争に発展する。そこに魔王論者が加われば、泥沼の三つ巴だ。


「ライズはどう思います」

「五分五分だな」


 即答すると、ラビーニャは半眼で睨んできた。


「イエスかノーかという意味で言ってるのなら――」


 もっと真面目に考えろという事なのだろうが。


「違う」


 即座に否定する。


「老いぼれてはいるが、それでもラオイエの爺さんは相当な使い手だ。殺すとなれば、相応の人間を用意する必要がある。それだけでも一苦労だってのに、爺さんはこの本殿で殺されたんだ。詳しい事は知らないが、夜中の内に誰にも知られずにって話だ。ここには爺さんの他にも腕利きの神官戦士が寝泊まりしてるんだ。そいつらの目を盗んで凄腕の殺し屋が誰にもバレずに爺さんをやったと考えるよりは、こっちに裏切り者がいると考えた方が現実的だ」


 そこまではラビーニャも考えていなかっただろう。聞かされて、ギョッとして口元を押さえる。


「まさか――いえ、そこまでするなら、あり得ない話ではありませんわね」

「そんな!? どうしてここの人達がそんな事をするのであるか!?」

「ここの連中だって一枚岩ってわけじゃない。中には爺さんのやり方を手緩いと思ってる連中だっているだろうさ」


 言ってから、あくまで可能性の話だと付け加える。


「……でも、もし本当だったら大変な事なのである! ここの人達に伝えないと!」

「そんな事をしても事態が悪化するだけですわ」


 忌々しそうにラビーニャが告げる。


「なんでであるか!?」

「証拠がねぇからだよ。というか、確証もない。そういう事もあり得るってだけで、全部ただの憶測だ」

「で、でも、だからこそ伝えて、ちゃんと調べた方がいいと思うのである……」

「もうちょっと頭を使いなさいな。わたくし達は所詮部外者ですわ。裏切り者がいると騒いだところでこちらの立場が悪くなるだけ。もし本当なら、こちらの裏切り者も黙ってはいないでしょうし、ユーティア神殿も敵に回す事になりますわ。そうなれば――」

「とてもじゃないが、この街にはいられねぇだろうな。イスミールがその気になれば、よそ者の冒険者を魔王論者認定するくらいわけはねぇ」

「――そんなぁ……」

「そもそもだ。仮にこれがイスミールの指示で、スザンの連中が俺達の忠告を真面目に受け取ったとしても、待ってるのはユーティア神殿とスザン神殿の抗争だ。そんな事になれば大勢死ぬだろうし、魔王論者にも付け入る隙を与える事になる。正しい事をしたはずが、最悪の状況を作っちまうんだよ」


 ライズは頭を掻きむしった。どうにも不味い状況である。イスミールの企みだろうがそうでなかろうが、ラオイエが殺された時点で変えられない流れが出来てしまった。今更何か騒いだところで、状況は悪化しても、良くなることはない。


「魔王論者狩りが過激化するだけならまだマシ、という事ですわ」

「胸糞悪いが、そういう事になるな。イスミールの目的が魔王論者の一掃なら、それ以上にはならねぇだろうが――」

「……魔王論者だからって、誰彼構わず殺してしまうのは……よくない事だと思うのである……」


 ライズが躊躇った言葉をキッシュは口にした。

 誰が明言したわけでもないが、最近の街の空気を考えれば、イスミールがそうしたとしても、文句を言う者はいないだろう。


 邪神崇拝を行っている者も、全員が過激派というわけはないだろうが――この流れでスザン神殿まで魔王論者狩りに加われば、その限りではない。己の命を守る為なら、誰だって過激にもなる。


「――クソッタレが。結局爺さんの心配してた通りになりやがった」


 初めて本殿を訪ねた際の、ラオイエとマルタンの言い合いが思い出される。ラオイエはこうなる事を危惧して、歯止めの役を演じていたのだろう。


「……吾輩達に出来る事はないのであるか?」


 勇者の一団なら、なにかしら行動を起こすべきだと言いたいのだろう。出来る事があるのなら、勇者の一団でなくともなにかをしたい所だが――生憎、出来る事が思いつかない。


「ありませんわ」


 沈黙するライズに代わって、ラビーニャが断言した。


「――今の所は、ですけど」

「そうだな。なんにしろ、事情がはっきりするまでは、様子を見とくしかないだろ」


 そんな事をしていれば手遅れになりそうな気もするが。

 だからと言って余計な手出しをするのも正しいとは思えない。


 この街と魔王論者との因縁は根が深い。イスミールが追い詰めたせいで過激化したのは事実だろうが、そうするだけの理由もなくはないのだ。抗争でお互いに犠牲者が出て、双方に復讐を求めてもいるのだろう。わけのわからないバケモノならば問答無用で殺して終りだが、人間が関わってくると、途端に問題は複雑になる。


 キッシュとて納得したわけではなかったが、それ以上は聞いてこなかった。

 代わりに、別の事を言ってくる。


「……ペコは、どうするのであるか?」

「それが問題なんだよなぁ」


 ラビーニャとしては、出来る事がなかろうが用心の為に伝えたのだろうが。


「あの子に言ったら、間違いなく大騒ぎになりますわよ」

「あぁ。その足でイスミールの所に怒鳴り込んでもおかしかねぇな」


 そこまで向こう見ずとは思わないが、あり得ないとも言い切れない。

 正直に言えば、やりそうではあった。


「でも、教えなかったのがバレたら物凄く怒るのである」

「まぁ、洒落にならないくらい拗ねるだろうが――仕方ねぇよ。そこは俺がどうにかする。話せそうなら俺から話すが、とりあえず今はダメだ。ラオイエの爺さん、ペコの事を孫みたいに可愛がってたからな。ペコの奴も相当懐いてたし、絶対に仇を取るって息まいてやがった。いまそんな事を言えば暴走するだろうが――そうでなくてもって感じか」

「大規模な魔王論者狩りが始まれば、ペコは喜んで参加しますわよ」

「復讐を止める権利なんか誰にもねぇが、復讐は間違いなく、別の復讐を生むわけだ。こんな街、来るんじゃなかったよ」

「こんな街だからこそ、わたくし達が来る事になったのかもしれませんけど」


 運命の女神の導きだとでもいいたいのだろう。


「こんなもんが勇者の仕事だってんなら、俺の肩には荷が重いぜ」


 正直に言えば、全部投げ出してとっとと別の街に行きたいくらいである。


「今更なにしに来たんすか!」


 響いたのはペコの怒声だった。

 なんとなく相手の予想もついたが。


 なんにしろ、止めなければいけないような事態になっている事は間違いなく、日の出の一団は駆け足で祈りの間へと引き返した。

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