第61話
何事にもメリットとデメリットがある。
冒険者の店を通さなければ、仲介料の分を余計に報酬を得られる――かどうかは交渉次第だが――が、メリットと言えばその程度のものである。
デメリットは幾つもあげられた。義理人情の世界ではあるので、大っぴらにそんな事を続けていると界隈で噂になり、あちらこちらに角が立つ。まぁ、よくある事でもあるので、余程悪質でなければどうという事もないし、こんな風に人手の回っていない状況なら猶更咎められる筋合いもないのだが。
もっと現実的な話をするのなら、報酬の支払いで揉める事があるとか、依頼に対する情報が不足する事だろう。依頼する側は素人なので、話を聞いても要領を得ない事が多く、情報の確度も低い。
冒険者の店を通せば、店側がそれまでの経験からある程度足りない情報を補ってくれる。魔物の種類や危険度、出没場所の予測やその他諸々の注意事項などである――例えば、依頼とは直接関係ないが、その近辺が賊の縄張りになっているとか。
今回の場合も、店主は自分で薬草を採りに行っているわけではないので、魔物の姿すら見てはいなかった。一応噂程度は知っていたが、そんなものに信憑性がないのはライズ自身身に染みて分かっている。やれドラゴンだ、神出鬼没の巨人だ、魔王の手先だと盛大に尾鰭がついて原型すら想像できない有様である。まぁ、目撃者も命からがら逃げのびて、まともに姿を見ていないのだろうが。
冒険者の店を通していれば、仕事をしくじった冒険者の持ち帰った情報やら、その地域での魔物の出没傾向からなにかしらの情報を得られたはずである。まぁ、無い物ねだりなのだが。
ともあれだ。
「そういうわけだから、用心はしておけよ」
とりあえず薬草の生えているという泉を目指しながら、ライズはしっかりと釘を刺した。
泉は村から少し離れた森の中にあり、今はその森を歩いている。
魔境化しているわけでもない、人の手の入ったありふれた森である。
基本的には魔物が湧くような場所ではないが、今は王魔の時である。世界中全てが魔境と同じとは流石に言わないが、どこでどんな魔物と出くわしてもおかしくはない。
まぁ、あくまで可能性の話だが、馬鹿にして馬鹿を見るのは自分たちなので、馬鹿にも出来ない。
足クサのお気楽娘にはイマイチ伝わらなかったようだが。
「平気っすよ! 自分達は森の王をやっつけた勇者の一団なんすから! こんな普通の森の魔物なんか楽勝っす!」
仕事をするのは人食い森の掃討作戦以来になるので張り切っているのだろう。その辺で拾った小枝を振り回しながら言ってくる。
「そういう事を言っていると馬鹿を見ますわよ」
「お約束なのである」
他の二人はそれ程気楽でもなく、冷ややかな視線をペコに送っているが。
「うぎぎぎ……自分は森の王に呑まれても勇者パワーで生還したんすから! そんなお約束、勇者の剣でぶった切ってやるっす!」
その通りだとは思いつつ、意地になっているのだろう。悔しそうに歯噛みすると、後ろ向きに歩きながら、左手に生み出した短小ソードを掲げて見せる。
これまではライズが先頭を歩く事が多かったが、前衛を張る戦士としての経験を積ませる為、最近はお試しでペコに前を歩かせている。キッシュが二番で、後方支援のラビーニャは三番、経験豊富なライズは最後尾で周囲を警戒する形である。まぁ、いざ戦闘になればライズも前に出て、キッシュがラビーニャを守るいつもの形に納まるのだが。
「絶対に馬鹿を見ますわね」
「お約束なのである」
「賭けでもすっか」
そんな軽口が飛び交う辺り、ライズ達も油断はしていたのだろう。どこにいるかも分からない謎の魔物相手に四六時中気を張り続けるのも無理な話ではある。
だからと言えばそれまでなのだが。
「――うぎゃ!?」
後ろ向きに歩いていたペコの姿が突然消えた。
「ほら、言わんこっちゃない」
「馬鹿を見たのである」
「言ってる場合か!?」
ギョッとして飛び出すが、前にいた二人には何が起きたのか見えていたのだろう。
前に出ると、ペコの消えた辺りの地面に、井戸程の大きさの穴が開いていた。そこに落ちたのだろうが。
「大丈夫か――うぉ!?」
覗き込んで驚く。
「ぶねー! ビビったっす!」
どんな反射神経をしているのか、ペコは穴からさほども落ちていない所で内壁に手足を突っ張って身体を支えていた。暗くてよく見えないが、深さは精々数メートルと言った所か。
とりあえず、手を伸ばして引っ張り上げる。
「だから油断すんなって言っただろうが」
「こんな所に落とし穴とか聞いてないっすよ!」
それこそ、知った事かという話だが。
「なんなのかしら」
「子供の悪戯……にしては深すぎるのである」
「こんななんでもない所に落とし穴を掘る意味も分からねぇしな」
「そんなの、魔物の仕業に決まってるっす!」
恥をかかされ、ぷりぷりと怒りながらペコが言う。
まぁ、そうだろうなとは誰もが思っていただろうが。
わけも分からないまま歩き出す気にもなれず、よくわからない警戒を浮かべながら辺りを見回す。
「……他にもあるな」
と、見たままの事を呟く。言葉通り、似たような穴が点々とその辺の地面に開いていた。気づいてしまえば、奇妙というしかない光景だが。
「なんだか、気味が悪いですわね」
「こ、怖いのである……」
怯えるようにキッシュがモモニャンにしがみついた。
気を張って、物音や臭い、空気の流れや魔力に意識を向けても、なにかいるような気配はしないのだが――こんな事になっているからには、そう遠くない所にこれをしでかしたなにかがいるのだろう。
見えない何かに見張られているような気がするのは、正体も分からない魔物を意識しての錯覚だろうが。そんな気がしてしまうと、気軽には動けない。少なくとも、今しばらくは。
根競べでもするような心地で意識の網を広げていると、唐突にペコが這いつくばって先ほど落ちた穴に頭を突っ込んだ。
「うらあああああ! 隠れてないで、出て来やがれっす!」
練気術による強化を使ったのだろう。穴から漏れた叫び声すらびりびりと空気を震わせ、思わず三人で顔をしかめて耳を塞ぐ。
「うるせぇですわ!?」
「なんなのであるか!?」
耳を澄ましていた所に突然クソデカ大声を出されれば不満もあるだろうが。
「だって、穴ん中に隠れてるのかもしんないじゃないっすか」
悪びれずに言ってくる。
「そんなわけないでしょう」
「子供じゃないのである」
二人は否定するが。
「いや、あながちそうとも言い切れねぇぞ」
顎を撫でながら、以前にどこかで聞いた話を思い出す。
「俺も実際に見た事はないが、世の中には地中を自由に泳ぎ回る魔物もいるって話だ――」
言葉が途切れたのは、不意に眩暈を感じたからだった。
(……いや、違う)
足元が歪むような違和感はそのままズバリ、地面が揺れているからなのだろう。
「じ、地震ですわ!?」
「おおおおお、大きくなってるのである!?」
困惑する二人を他所に、ペコだけは待ってましたとばかりにニヤリとして剣を抜く。
「やっとお出ましっすね! さぁ! どっからでもかかって――」
(――こいつは、やべぇぞ!?)
足元で膨れ上がる魔力の予感に、ライズはペコの首根っこを引っ掴んで身を投げた。
「ぐげぇ!?」
と、ペコは首を絞められた鶏のような悲鳴をあげたが。
直後に、今しがたペコの立っていた地面を突き破って、顔のない巨大な蛇のような魔物が、水面から飛び出した魚の如く高々と舞い上がった。
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