第52話

「……お前ら」


 予想外の事が起きれば目も丸くなる。


 この街でライズがお前らと呼べる集団はそう多くない。と言うか多分、こいつらしかいないのだろうが。


 接客に来たウェイトレスを待ち合わせだとラビーニャが追い払う。いつも通りになにかを企むような悪女顔で。両隣にはチビ共を連れている。今朝喧嘩したペコは、気まずそうなふくれっ面でまだ拗ねているらしい。キッシュは初めて入る高そうな喫茶店に興味津々といった感じだが。


「ライズにしてはいい趣味の店を選びましたわね」


 張り込みの都合で選んだだけなのは分かっているだろうに、ラビーニャはそんな事を言って向かいの席に座った。四人掛けのボックスである。


 一番弟子を気取るペコはなにかにつけてライズのそばに座りたがるが、この時は迷うような素振りを見せた。どことなく余所余所しい空気が流れるが、キッシュは気付いた様子もなく、いつもの流れでラビーニャの隣に滑り込み、空いた席が一つになったので結局いつも通りの形に納まる。


「……なにしに来たんだよ」


 当てつけというわけでもない。

 たんにバツが悪くて聞いただけだが――言葉にすればどうしてか、当てつけのように響いてしまった。


「それは勿論、底なしのお人よしの愚か者を笑ってやる為に決まってますわ」


 たっぷりと皮肉を塗ってラビーニャが言ってくる。


「……悪かったよ。俺だって、こんな事してる場合じゃねぇのはわかってるんだ。ただ……」


 ただ――その先が続かない。なんとなく言い訳をするような心地で言ったのだが、自分自身納得出来る答えを見つけられずにいるので、その先を言えるはずもなかった。


 気になるのは隣のペコだった。いつもなら誰よりも口数多く無駄に賑やかなのだが、今は唇を尖らせて俯いている。


「別に、悪い事はありませんけど。このパーティーのリーダーはライズですし、元はと言えばわたくしの借金ですわ。お金にならないお人よしをはじめたとして、文句を言う筋合いもありませんし。まぁ、わたくしはですけど」


 ラビーニャとしては、どうでもいいという事なのだろう。


「吾輩も気にしてないのである! むしろ、ユリアが心配だったから、望む所なのである!」


 どういうわけか、キッシュはやる気満々という感じだが。


「何の話だ?」

「鈍い男ですわね」


 これに関しては呆れた様子でラビーニャが言う。


「手伝う気がないのなら、わざわざライズが張り込んでそうな店を探して回ったりはしませんわ」


 まぁ、それはそうなのだろうが。

 そうなると、いよいよペコの顔色が気になる。


 横目に見る。視線を向けられているのは分かっているはずだが、ペコは気づかないふりをしていた。


「……ペコは、いいのか?」


 ライズの方から声をかける。

 折れたつもりという程でもない。この件に関してはむしろ、ペコの方が正しいと思っていたくらいである。


 ペコの言う通り、この問題はユリアが自分でどうにかしなければならない。余計な手出しは、むしろ彼を不幸にするだけだろう。

 だからライズも、ここまでやっておきながらどうしたもんかと悩んでいたわけだが。


 尋ねると、ペコは俯いたまま小さく頷いた。

 不満なのか、怒っているのか――まぁ、こういう時は大抵両方だろうが。


「嫌なら無理に付き合う必要はないんだぜ。というか、俺もなにをどうすりゃいいんだかって感じだしな」


 ペコは黙って激しく首を振った。

 らしくない態度に困惑して、ラビーニャに尋ねる。


「どうしたんだコイツ?」

「昨日の態度でライズに嫌われたんじゃないかって気にしてるんですわ」

「それは言わない約束っす!?」


 がばっ! と頭を上げると、顔を真っ赤にしてペコが叫んだ。無暗に大きな目には、薄っすらと涙が滲んでいる。


「ライズがあの子を追いかけるって出て行った後なんか、嫌な所を見せて嫌われたって半泣きでしたわ」

「宿に戻った後もめそめそししててうるさかったのである。なんならさっきまで泣いてたのである」

「わーわー! だから、言うなっす!」


 真っ赤になると、ペコは身を乗り出して二人の口を塞ごうとする。高級店にあるまじき行動に、ウェイトレスがわざとらしく咳払いをした。


「だぁ!? 暴れんなっての!」


 首根っこを捕まえて引き戻す。


「手伝いに行こうと言い出したのもペコですし」

「いい加減にしないとぶっとば――ふごご」

「だから、静かにしろっての!」


 いよいよウェイトレスの咳払いが大きくなり、ライズはペコの口を塞いだ。


「ラビーニャも、怒るって分かってるのに挑発すんなよ」

「つまらない理由でつまらない喧嘩をされてもつまらないですし、意地っ張りのペコの代わりに仲直りのきっかけを作ってあげただけですわ」

「本当はペコも、ユリアの事を心配しているのである」

「んな事は俺だってわかってるよ」


 ライズとしてはそのつもりだったのだが、ペコはそうは思っていなかったらしい。手をどかすと、聞いてもいないのに言い訳めいた事を言ってくる。


「……あいつ、ライズさんに失礼だし、男の癖に甘ったれた事ばっか言うし、それで昨日はつい怒っちゃったんすけど……でもやっぱ可哀想な奴だとは思うし……でも、どうしたらいいのかわかんないし、それで自分、嫌な感じになっちゃって、嫌な奴だったなって反省してるって言うか……」


 一晩経って冷静になったという事なのだろうが。


「まぁ、確かにちょっと乱暴だったが、あいつの為を思って言ったんだろ? 間違った事を言ってたとも思ってないし、別に俺は喧嘩してたつもりもなかったぜ」


 というか、リーダーの責任を放棄して勝手な事をやっているわけだから、怒られるのも当然という感じだったのだが。


 ペコはホッとすると、ようやくいつものマヌケ顔に戻ってぐりぐりと癖毛頭を押し付けてきた。


「しかしなんだ。来てくれたのは嬉しいが、別になにをしようってあてがあるわけでもないんだよな」


 言ってから、一応付け足す。


「まぁ、昨日のペコの言葉を真に受けて相手のガキを刺しちまわないか心配はしてるが」


 そちらについてはわりと本気で心配している。今朝家から出てきたユリアの顔には、只ならぬ決意めいた表情が浮かんでいた。出来る事と言えばそれを止める事くらいだが、そうなると彼は殺人未遂でしょっぴかれる事になるので、それはそれで頭の痛い問題ある。


「そこは刺してくれた方が都合がいいっす」

「あん?」


 流石にその発言は聞き咎めたが。


「物好きなおチビ達はともかく、このわたくしまでわざわざ来たという事は、それなりの策があるという事ですわ」

「今回は自分が考えた作戦っす!」


 手柄を取るなとばかりにペコが主張する。


「ライズが出て行った後、三人で色々相談したのである」


 ニコニコ顔のキッシュに言われて、眉を上げる。


「まったく、頼もしい仲間だぜ」


 どうやら、神頼みが通じたらしい。

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