第42話

「てか、伝説の魔物ってなんなんすか?」


 濃くなった魔力によって太く捻じれて変容した大樹の根元。持参した弁当を食べ終えると、出し抜けにペコが尋ねた。


 そんな状況になっているという事は、ラビーニャの提案を飲んでしまったからだが。


(……作戦としては文句のつけようもないんだよな)


 言ってしまえば漁夫の利なのだが、妥当な作戦と言えた。リスクが低く、リターンも大きいとなれば、止める理由を探すのは難しい。結局いつものなし崩しで、やるだけやってみるかという事で落ち着いてしまった。


(……いざとなりゃ、本気で止めるからな)


 どこまでも能天気なペコの顔に溜息を向けつつ、自分自身に言い聞かせる。

 ともあれだ。


「俺も詳しくは知らん」


 質問に答える。

 伝説の勇者ですら全てを知っているわけではないのだ。低位の魔境と侮っていた人食い森にまつわる伝説など、興味を持ったこともない。あるいは、大物を任された白蛇亭の冒険者なら、色々と情報を持っているかもしれないが。


 空は赤く染まっていた。全ての冒険者が森に解き放たれた頃合いだろう。休憩中にも、幾つもの一団に追い抜かれて、奇異の目を向けられていた。遠くからは、絶え間ない破壊音と咆哮が鳴り響き、震えるような地鳴りが倒木に預けた尻をむず痒くさせている。とはいえそれは散発的で、伝説のなんとやらとの戦いが始まったわけではないのだろうが。


(……そうとも限らんが、いつの間にか終わってくれた方が都合は良いな)


 ラビーニャに見透かされないよう顔色に気を付けつつ、そんな事を思う。英雄志望の三人とは違ってどこまでも平凡な冒険者のライズだ。長生きするコツは、身の程を弁える事だと思っている。ラビーニャの作戦はよく出来ているが、それはあくまで、白蛇亭の冒険者の勝ち馬に乗ることを前提にしている。連中の手に負えないようなバケモノであれば、待っているのは無駄死にだ。


 そんな風に思ってしまう自分は臆病者だろうか?

 迷いながらも、ライズは頭のどこかに仕舞ったような気がする不確かな噂話を探した。


「なんだったかな。とにかく、王魔の時が来るたびに現れる、とんでもない魔物だって話だ。無限の軍勢を引き連れて全てを蹂躙する人食い森の王ガルゲンメイラン、美しい女の姿をしてるとも、巨大な竜だとも聞いたことあるが」

「女と竜じゃ全然違うっすよ」

「だから知らないんだっての」


 訝しむペコに半眼で告げる。


「無限の軍勢というのが気になるのである。それが本当なら、恐ろしい魔物なのである!」


 震えるキッシュをラビーニャが鼻で笑った。


「馬鹿らしい。無限なんてものは存在しませんわ。大方、他の魔物に対する支配力でも持っているのでしょう。それなら、有利な防衛戦を捨ててまでわざわざ森に攻め込む理由も理解出来ますわ」


 それはたんに、魔物が溢れ出して人里に被害が出る前に状況を解消したかっただけかもしれないが――否定する材料も特にない。というか、それはそれで十分あり得る話ではある。

 不意にラビーニャは視線を上げた。空の色を伺ったのだろう。


「そろそろいい時間ですわね」


 こちらに視線を向けて出発を促す。


「まだ早いんじゃねぇか?」

「乗り遅れるよりはマシですわ。ライズはその方がいいのかもしれませんけど」


 ばっちり見透かされ、バツが悪くなって肩をすくめる。

 そう都合よく誤魔化されてくれるとも思ってはいなかったが。


(…………?)


 不意に感じたのは視線か殺気か。こう魔力が濃くては、他者の発する魔力を感知するのは難しい。


「ベイルかよ……」


 振り返り、損をした気分で呻く。

 例の金髪の剣士が血に汚れた剣を手に、日の暮れ出した森の薄闇に立ち尽くしてこちらを見つめていた。


(……なんだ?)


 違和感がある。というか、違和感しかないのだが。苦戦を強いられたのだろう、ベイルの姿は返り血と土で汚れていた。疲労が濃いのか、立ち姿には覇気がなく、どこか途方に暮れたように見える。


 それはこちらの仲間達も肌で感じたのだろう。

 言葉をかける事が出来ず、暫く無言で見つめ合った。

 そのままでは埒が明かないので、ライズが根負けして尋ねた。


「……仲間をやられたのか?」


 苦い物を噛み締めるような心地で尋ねる。あの跳ね返りがここまで気落ちする理由は、他に思いつかなかった。

 ベイルは答えず、ゆっくりと歩き出した。

 後に続くように、背後の闇から仲間の影が浮かび上がる。

 影は三つ。


「なんだよ。全員無事じゃねぇか」


 ホッとして肩の力を抜くのだが。


「ひぃっ!?」


 引き攣ったキッシュの悲鳴を聞くまでもなく、背筋が凍った。

 仲間の一人、名も知らぬ女魔術士には頭がなかった。

 真面目腐った神官の腹には向こう側が覗ける程の大穴が空いている。

 大斧を握った年上の戦士には下半身がなく、代わりというように二股に分かれた根のようなものが上半身を支えている。


「……死霊使いの根か」


 ゾッとした心地で呟く。

 誰に言ったわけでもない。後ろの仲間はただ苦しそうに息を飲んだ。

 やはりこれも、答えたわけではないのだろうが。

 シルバーエッジだった者達が駆けだした。

 手に剣を、大斧を、杖を、錫杖を構えて。

 舌打ちを鳴らし、溜息が溢れる。叫びだしたい気分だが、そうしてもいられなかった。


「下がってろ。こいつらは俺が――」

「うらあああああああああ!」


 覚悟を決めようとしている間に、ペコが駆けだした。


「おいペコ! 無理すんな!」


 後ろから、ラビーニャに肩を殴られる。


「なにすんだよ――」

「パーティーでしょう。勝手に一人で背負われるのは、不愉快ですわ」


 責めるようにライズを睨みつけ、鼻を鳴らして歩き出す。

 呆けていると、とてとてと歩み寄ったキッシュが服の裾を引く。


「辛いのは、みんな一緒なのである」


 キッシュらしい言葉の選び方だった。


「ライズこそ、無理をして欲しくないのである」


 泣き出しそうなキッシュの頭に手を置いて笑いかける。

 もしかすると、自分も似たような顔をしているのかもしれないが。


「すまねぇな」

「そういう時は、ありがとうと言うのである」


 泣き笑いの顔に、今度こそ笑い返す。


「だな」


(いい仲間に恵まれた)


 比べるでもなく、ただ思う。

 そして歩き出す。

 よく見れば、ペコと斬り合うベイルの頭はかち割られ、内側で死霊使いの根が蠢いていた。


「くそったれ。こんな決着は、望んでなかったぞ」


 呟くと、ライズは練り上げた魔力を術に変えた。

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