第41話
練り上げた魔力を五体に流して強化する。淀みなく――という程綺麗でもないが、随分様にはなってきた。田舎娘の脚が大地を蹴って跳躍すれば、頑張れば二階の屋根にも届こうかという高さがある。が、ここは森だ。ペコの手が掴んだのは屋根ではなく枝だった。
それも、自らの意思で歩き回る――魔力を帯びて擬人化された木の魔物、木巨人の胴体から伸びる枝である。そのままペコは練気術によって強化した身体能力を駆使して、五メートルはあろうかという木巨人の胴体をネコのように駆けのぼった。
「バーカバーカ! お尻ぺんぺん! こっちっすよ!」
と、挑発的な魔力を撒き散らしながら、木巨人の肩の辺りに立って大きな尻を叩く。
取り付かれた木巨人がペコを振り払おうと不器用に暴れる中、もう一体の木巨人がペコの挑発を受けて、破城槌のような腕を振りかぶった。
「とぁー! っす!」
ペコが木巨人の肩から飛び降りた直後、もう一方の木巨人の右ストレートが同族の胴体を貫いた。勢いで、二体の木巨人がもつれ合いながら横倒しになる。
「炎よ――渦巻き――焼き尽くせ!」
言葉通りの事を願ったからには、その通りの事が起こった。
折り重なった木巨人の周囲を巨大なつむじ風のように炎が回り、火勢を強める。即席の焼却炉は、ただ放っただけなら逃げられただろうが。知恵の輪のように絡まり合って倒れた木巨人はろくに身動きも取れず、程なくして巨大な炭に姿を変えた。
「――ふぅ。ざっとこんなもんか」
熱風に、額に浮かんだ汗を拭う。
「どうだったすかライズさん!」
落ちてきたペコはモモニャンが受け止めた。その流れでモモニャンの背中に乗って、ペコがやって来る。
「猿も顔負けだな」
拳を突き出すと、ペコは微妙な顔で拳を合わせた。
「それって誉め言葉っすか?」
「そう聞こえなかったか?」
ニヤリと笑ってやると、ペコは嬉しそうにはにかんだ。
(本当に、大した成長だぜ)
しみじみ思う。調子に乗るのでそこまで素直には言わないが。練気術の練度はまだまだ高くはない。多少の身体強化は使えるが、武具に纏わせての強化はないよりはマシと言った程度である。が、ペコは有り余る度胸で能力不足を補っていた。まともな人間なら怖気づいて出来ないような芸当も、涼しい顔で――というか楽しそうに――やってのける。それはつまり、能力を百パーセント引き出せるという事に等しい。ペコよりも動ける戦士は幾らでもいるだろうが、実際に同じような無茶を実行できる人間は多くないだろう。
「モモニャンも! モモニャンも頑張ったのである!」
キッシュが羨むので、ライズはモモニャンの頭も撫でてやった。
「てぃりりり」
モモニャンは満足そうにライズの腰に無貌の頭を擦りつけ、キッシュは自分の事のように誇らしげにしている。
「わたくしの作戦のおかげだという事もお忘れなく」
ラビーニャが後ろ毛をかき上げる。
「お前も撫でてやるか?」
ひねくれ者の聖女様は、そんな事を望みはしなかったが。
ムッとして口を尖らせてくる。
「素直に褒めればいいんですわ!」
「はいはい。お前の作戦も完璧だったよ」
「おーほっほっほ! 当然ですわ!」
あるいはむしろ素直なのか、言ってやるとラビーニャは自慢気に胸を張った。案外、撫でてやっても喜ぶのかもしれない。
「しかしまぁ、恐ろしいな、王魔の時ってのは。このレベルの魔物がポコポコ湧いてやがるんだから」
特別支給されたエーテル剤を飲みながら言う。モモニャンを温存し、ペコも火力不足となると、どうしてもライズの負担は大きくなる。いつもの事ではあるが。ペコ達もそれは分かっているので、エーテル剤はライズに預けていた――こんなマズい薬を何本も飲むのはゾッとしないが。
それはともかく、木巨人など、本来の人食い森なら深部でしかお目にかからない相手だ。
「それなりに奥に来ましたし、こんな物でしょう」
ラビーニャはあっさり言ってのける。
彼女の言う通り、本来の持ち場である森の入口よりもそれなりに奥に進んでいた。特に理由があったわけではなく、普通に魔物を狩りながら進んでいたらここまで来たというだけの話だが。
一応ライズは白蛇亭でも通用する実力の持ち主である。ペコは駆け出しだが、シフリルとは違った方向で筋が良い。ラビーニャも本来なら黒瓜亭で燻っているような実力ではないし、キッシュの従えるモモニャンは言わずもがなだ。
正直な話、ライズ達一行は黒瓜亭では飛びぬけた実力のパーティーだった。であれば、こうなるのは当然だろう。実を言えばハンナにも、馬鹿な噂を信じている馬鹿どもに本当の実力を教えてやる良い機会だと発破をかけられていた。賑やかな仲間に囲まれて、そんな噂はとっくにどうでもよくなっていたのだが、ペコ達は案外やる気らしい。ライズの為というよりは、これから始まる武勇伝の第一歩を華々しく飾ってやろうという野心の方が強そうだが。
「ハンナさんの言う通り、このまま伝説の魔物の所まで行っちゃうのもありっすよ! そんでそいつを倒して、勇者ペコの伝説の最初の一ページを飾ってやるっす!」
「どうせ聖女になるのなら、他の聖女よりも有名になりたいですし。伝説的なエピソードは多い方がいいですわよね」
「一番強い魔物をやっつけたら、その分沢山感謝されて、イメージアップ間違いなしなのである!」
「待て待て待て!」
と、ペコに引きずられて調子づく仲間達を慌てて止める。
「最深部まではまだかなりある。それでこの強さだぞ!」
「でも勝てたじゃないっすか」
「全員の力をあわせてなんとかな!」
「モモニャンの実力はまだまだこんなものじゃないのである!」
「だとしてもだ、とてもじゃないが最深部は無理だろ。どう考えても俺の魔力が持たねぇよ!」
息継ぎをするついでにラビーニャが言い返してこないか警戒するが、特に異論はないらしい。
「大体、伝説の魔物とやらがどこにいるかも、俺達は知らされてないんだぞ!」
結局の所、冒険者など烏合の衆である。ペコ達のように大物を狙おうとする輩も多いだろうが、それでは足並みが揃わない。だからだろう、店側は意図的に情報を絞っていた。特に難しい推理でもないが、三流店や二流店の冒険者に露払いをさせて、温存した一流店の冒険者を最深部に送り込む作戦なのだろう。
「それにだ。万一辿りつけた所で、偵察目的で送り出した白蛇亭のパーティーを二組も全滅させるようなバケモノだぞ? 俺らでどうこう出来るレベルの魔物じゃねぇっての」
偵察が目的という事は、無理をしてまで戦う必要はないという事だ。生きて情報を持ち帰る事を前提として動く一流冒険者のパーティーが二組丸まるやられるというのは、どう考えてもまともではない。
が、そこまでの考えは、駆け出しの冒険者には伝わらないのだろう。
ペコは不満そうに口を尖らせた。
「……そんなの、やってみないとわかんないじゃないっすか」
「やってみてダメでしたじゃ済まないんだよ! なぁペコ、お前には才能がある。焦らなくても、このまま修行を続ければかなり腕のいい剣士になれる。伝説なんかそれからでいいだろ?」
割とガチ目に説教をするのだが。
「ライズさんはなにも分かってないっす! こういうのは、駆け出しの頃に成し遂げるからかっこいいんじゃないっすか!」
「馬鹿すぎて反論する気も起きねぇよ!」
頭を抱えていると、意外な事にラビーニャが助け舟を出した。
「ペコ。ここはライズの言う通りですわ」
「なんすかラビーニャ、裏切るんすか!」
責めるというよりも、子供の喧嘩でもしているような調子だったが。
「勇者になりたいのでしょう? だったら、冷静になれと言っているのですわ」
これでいいのでしょう? とでも言いたげにラビーニャが目配せをしてくる。
(……まぁ、なんだかんだいってこういう時は頼りになる奴ではあるよな)
一応年長組の自覚はあるという事だろう。ギャンブル好きの性悪だが、いざという時はちゃんと歯止めに――
「ライズの言う通り、このまま闇雲に進んでも消耗するだけで、目当ての大物にはたどり着けませんわ。本気で伝説の魔物を仕留めるのであれば、この辺りで一度休憩して、白蛇亭の冒険者が動き出すのを待つべきでしょう。伝説級の危険な魔物なら、戦闘はかなり派手なものになるはずですわ。騒ぎを頼りに進めば、運が良ければたどり着けるはずです。その頃には露払いも進んでいるでしょうから、道中の魔物も減っているはずですわ。恐らくは複数のパーティーを投入した大規模な戦闘になっているはずですから、さり気なくそこに混ざっていい感じに活躍すれば、わたくし達も伝説の魔物を倒した事になりますわ」
「流石ラビーニャ! 狡賢いっすね!」
「悪魔的考えなのである! むしろ魔王的ですらあるのである!」
「おーっほっほっほ! 誉め言葉と受け取っておきますわ! さぁライズ! これなら文句はありませんわよね!」
――なってくれるなどと少しでも思ったのは大間違いだったらしい。
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