第37話

 本来なら、自由気ままな冒険者稼業である。


 働きもせず沈む夕日を見送ったとして、後ろめたく感じなければいけない謂れもない。

 が、借金返済に奔走し、ここ数か月毎日のように仕事を受けていれば、多少の罪悪感を憶えないでもなかったが。

 とはいえそれもさほどは悪くなく、昼間から飲む酒に似た背徳感があった。


 賭場を出れば、熱狂も冷める。

 今は夕食を食べる為、四人で黒瓜亭へと向かっていた。


「うひひひ、最後の最後で取り返したっす! お小遣いが倍になったっすよ!」

「吾輩は勝ったり負けたりで全然増えなかったのである……」

「減ってないならいいだろうが。俺は臨時収入ほとんど擦っちまったよ」

「わたくしの助言を信じないからですわ」

「最後以外全部外してただろうが」

「でも、最後のレースは当てましたし? わたくし達の中で、一番ギャンブル運のないのはライズという事になりそうですわね」

「たまたまだろ! 一回勝ったくらいで調子乗んなよ!」

「リベンジをしたいなら、いつでも受け付けますけど」

「はっ! その手は食うかっての!」


 見え透いた罠である。ラビーニャも隠すつもりはないようだったが。


「でも、たまにだったらみんなでカジノもいいもんすね」

「吾輩も、たまにだったらまた行きたいのである」

「まぁ、たまにならな」


 と、魔除けのようにたまにならと繰り返したのは、ラビーニャのようになってはいけないと自制が利いたからだろう。良くも悪くも、反面教師のラビーニャである。ライズ程は負けなかったが、大負けしたのはラビーニャも同じだ。


(というか、こいつに散々煽られなきゃ、そこまで突っ込む事もなかったんだが)


 まぁ、過ぎた事である。景気よく負けるのも、それはそれで爽快感があった。多額の借金を背負った上でそんな風に思ってしまうのは、慣れというか、ラビーニャに毒されたという事なのだろうが。


「……今日は楽しかったですわ」


 夜の境を遠く眺めて、手の中の小鳥を空に帰すように呟く。寂し気に見えたのは、名残惜しさの表れだろうか。休日ももう終わる。明日からはまた、血生臭い仕事に追われる日々がやってくる。

 だからと言って不満があるわけでもなかったろうが。


「楽しかったっすね」

「楽しかったのである」

「まぁ、楽しかったな」


 と、らしくない顔を見せたラビーニャをからかうように、三人でオウムを返した。


「真似しないで下さらない?」


 眉を寄せるラビーニャの頬が僅かに赤く見えたのは、沈みかけた夕日の色が映ったからというだけでもないのだろう。

 誰ともなく笑い合うと、遊び足りない子供の顔でペコが言った。


「折角だし、今日はパーッと飲むっすよ!」

「賛成である!」

「いや、俺はそんな金ないぞ」

「わたくしもありませんわ」


 正直に告げる。つまらない見栄を張る段階はとうに過ぎていた。


「心配ないっす! 今日は自分の奢りっすよ! くはー! これ、一度言ってみたかったっす!」


 格好つけて――少なくともペコはそのつもりらしいが――言うと、ペコは濃い酒を飲んだ後のようにぞくりと身震いをした。


「おぉ! 流石ペコ、太っ腹である!」

「いや、流石にそれは……」


 やんわりと断る程度の見栄はまだ残っている。


「あらそう。じゃあ、わたくしがライズの分まで飲んで差し上げますわ」

「あのなぁラビーニャ……」


 それでは意味がないのだが、ラビーニャもそのつもりで言ったのだろう。薄笑いの目は、観念しろと告げていた。


「なんすかライズさん! 自分の奢りじゃ不満だって言うんすか!」


 追い打ちをかけるようにペコが凄んできた。


「勝者に奢ってやると言われたら、気持ちよく奢られるのが負け犬の務めですわ」


 諭すようにラビーニャが告げる。言われなくてもそんな事は分かっていたが。景気の良い奴に酒を奢られたら、気持ちよく飲み干すのが冒険者の心得だ。駆け出しだからと断るのは、それこそただの侮辱でしかない。


「悪かった。豪運のペコにありがたくたからせて貰うぜ」

「うひひ、分かればいっす!」


 怒った顔を引っ込めて、ペコは嬉しそうにはにかんだ。

 苦笑いを浮かべるライズの背を、不意に冷たいナイフが突き刺した。


「こんな時に女の金で酒とギャンブルか」


 ナイフと言っても言葉のナイフだが。

 思わず足を止めたと言うよりは、呪いでもかけられたように身体が動かなくなった。


 何事かと、仲間達が振り替える。

 自由の利かない身体を引きずる様に、ライズも声の主を振り向いた。

 顔を見るまでもなく、相手が誰かは分かっていたが。


「新しいパーティーを組んだと風の噂で聞いてはいたが。随分と堕ちたものだな、ライズ」


 雪のように冷たい瞳に、冷え切った軽蔑をありありと浮かべたのは、かつての仲間のシフリルだった。左右には、ユリシーとクレッセン、レイブンもいる。仕事帰りなのだろう、高価な装備も、美しい顔も、赤黒く固まった血や泥で汚れている。


「なんすかあんたら」


 楽しい時間に水を差されて、狂犬のペコが唸るようにシフリルを睨みつける。シフリルは飛び回る蠅を疎むような目で見返した。


「三流冒険者に名乗る名などない」

「はが!? なんすかこいつ! ムカつくねーちゃんすね!」

「いきなり現れて失礼なのである!」

「昔の仲間でしょう? ライズに育てて貰った恩も忘れ、下らない理由で追い出したとかいう恥知らずの」


 憤慨するチビ達を尻目に、ラビーニャは余裕たっぷりにあてつけた。

 シフリルの目が、視線だけで人を殺せそうな程に鋭さを増す。


「なにも知らないくせに! 部外者は黙ってろし!」


 叫んだのはユリシーだった。冷たい軽蔑を浮かべるシフリルとは対照的に、ユリシーは燃えるような怒りを湛えていた。


「ユリシー! シフリルも……やめましょう。元はと言えば――」


 止めに入ったクレッセンが浮かべるのは――窒息しそうな程の苦悶である。


「クレッセン」


 シフリルの声がクレッセンを切り裂いた。


「それは言わない約束だろうが」

「……ごめんなさい」


 言葉を封じられて、クレッセンは力なく俯いた。


「下らないお芝居を見せに来たのなら、他所でやってくださらないかしら。退屈すぎて欠伸も出ませんわ」

「ラビーニャ、挑発すんなよ」


 茫然としながらも、なんとかそれだけを言う。予期せぬ――そして望まない――再会の上、身に覚えのない敵意を向けられて、ライズはすっかり混乱していた。


「ライズ」


 と、言い返すラビーニャの声にもまた、はっきりと叱るような色があったが。


「あなたは今、誰とパーティーを組んでいるのです?」


 言われてハッとしたわけではないが、そう言われても仕方のない態度ではあった。ペコとキッシュも、心配するようにこちらを見ている。


「あなたがしっかりしていれば、わたくしだって余計な事は言いませんわ」

「……あぁ。悪かった」


 まったくもってその通りだった。

 怯えて縮こまり、黙っているからこんな事になる。


(こいつは、俺の身から出た錆だ)


 相変わらず心当たりはないのだが。

 それでも、どうにかする責任はあるのだろう。

 目も開けられぬ吹雪の中を進むような心地でシフリルを見返す。


「……で、何の用だよ」


 それだけを言うのにもかなりの気力が必要だった。胃は重くなり、吐き気すら込み上げる。いっそ怒りでも湧いてくれれば楽なのだろうが。感じるのは、逃げ出したくなる程の居心地の悪さだけだ。


「用などない」


 シフリルが即答する。が、それでは話が通らないと気づいたのだろう。


「――貴様の腑抜けた顔を見ていたら、腹が立って声をかけた。それだけだ」

「……なぁシフリル。俺は、そこまで恨まれるような事をお前らにしたのか?」


 泣きたいような気持でライズは言った。そんな事を言うつもりではなかったのだが――言葉にしてしまえば、ずっと気になっていた問いのようにも思える。


 シフリルの瞳が揺れた。そして、逃げるように視線を伏せる。ユリシーやクレッセンも同じようなものだった。レイブンだけが、我関せずと無表情を貫いている。


「知ってるだろ? 俺は……鈍い奴なんだ。それで散々お前らにも迷惑をかけた。今更謝って済むとも思ってないし、元に戻ろうとも思っちゃいない。けど、こんなのは哀しすぎるだろ。なにか俺が悪かったのなら、謝らせてくれよ。なんなら、気が済むまで殴ってくれてもいい。そんで、俺の事なんか忘れてくれ。都合のいい話かもしれないが――俺にも新しい仲間が出来た。こいつらを巻き込むのは……勘弁してくれ」


 我ながら情けないセリフではあった。

 本当に情けないセリフだ。

 下手をしたら、ペコ達にだって見限られる。

 けれど、これがライズの精一杯だった。


 今は新しい仲間がいる。けれど、目の前の三人だって、以前は掛け替えのない仲間だったのだ。出来る事なら、綺麗に別れたい。それが無理でも、もうちょっとマシな別れ方を――


「ふ……ふ……ふ……」


 シフリルの肩が震えた。泣いているのかと思った。実際、ほとんどそのように見えていた。


「はは、ははは、ははははははははは!」


 笑っていた。片手で顔を覆って、狂ったように。


「仲間だと? 笑わせるな! 自称勇者の馬鹿な田舎娘と、借金まみれのエセ聖女、そして得体の知れないバケモノを飼いならす魔王の末裔だ! 引き取り手のない半端者を寄せ集めて、傷の舐め合いをしているだけだろうが!」


(……やめてくれ)


 心のそこから思う。かつての仲間のそんな姿は――見たくない。


「……お前がそれを言うのかよ」

「一緒だと言いたいんだろう! それで、懲りもせずに世話を焼いて、私達の代わりに仕立て上げるつもりか? 滑稽だな! 反吐が出る! そういう所が――」

「うがああああああああああ!」


 雄叫びはペコのものだった。我慢も尽きたのだろう。吠えたてながらシフリルへと駆けだした。


「さっきからごちゃごちゃとわけわかんない事言って! いい加減にするっすよ!」

「やめろペコ!」


 止めた所で聞くはずもないが。

 女だからと手加減もなく、渾身のドロップキックをお見舞いする。

 ――が。


 相手が悪い。シフリルは半身になって避け、空中でペコの腹を押すようにして地面に叩きつける。


「うげぇ!?」


 そのまま組み伏せ、流れるように抜いた長剣を喉元に突き付けた。


「駆け出しが、調子に乗るなよ」

「やれるもんならやってみろっす!」


 脅しには屈せず、ペコは自ら剣に刺さりに行くように身体を起こす。


「なっ!?」


 流石にシフリルも慌てたようで剣を引いた。その隙にペコはシフリルの腹を蹴り上げ、反動で後ろに転がり跳ね起きる。


 小剣を抜くと、狂犬の目がシフリルを睨みつけた。


「ごれいじょうライズざんのわるぐぢ言うなら、だだぢゃおがないいっず!」

「ペコ! 喉が!?」


 キッシュが悲鳴をあげた。

 剣を引くのが間に合わなかったのだろう。ペコの喉はぱっくりと裂け、ぼたぼたと赤い血を胸元に流している。


「けほ、けほ……ぺっ! ごんなの、ライズざんのごごろのいだみにぐらべだら、なんでごどないっず!」


 気道に入った血を吐きながら、ペコは言う。


「ライズざんば! いいびどなんず! いまでもあんだらのごどじんばいじで、ながまだどおぼっでるんずよ! ぞれなのに、なんでごんなごどずるんずが!」


 ペコの言葉に、あるいは、ペコの喉を切り裂いた事に? 理由は分からないが、シフリルは激しく取り乱していた。狂ったように浅い呼吸を繰り返しながら、よろめいて後退る。


「黙れ……黙れ! 黙れ黙れ黙れ黙れ!」


 泣き出しそうな顔で叫びながら、血に濡れた切っ先を構える。


「いい加減にしろよ!」


 怒気を孕んだ魔力が衝撃波の如く駆け抜ける。

 庇うようにペコを下がらせ、ライズは腰の長剣を抜いた。


「クソッタレが。甘やかしてやりゃ調子に乗りやがって。こんな事になるんなら、お前らなんか拾ってやるんじゃなかったよ!」


 怒りに任せた言葉は、飛び出した途端に激しい後悔に変わった。


(……なんでだよ)


 そう思わずにはいられない。もはや、こうなってしまっては仕方がない。

 どちらかを選ぶという話ですらない。


「今ここではっきりと言ってやる。お前らはもう、仲間でもなんでもねぇ。勝手に捨てといて未練がましく寄って来るんじゃねぇよ! これ以上俺の仲間に迷惑かけるつもりなら、容赦しねぇぞ」


 決別するしかないのだろう。文字通り、身を斬る想いでライズは告げた。

 そんな言葉が通じる程度には、向こうにも多少の情は残っていたのだろう。クレッセンは声を殺して泣き出し、ユリシーは呆けた顔で構えていた弓を下ろした。

 シフリルだけが、殺意の漲る目でこちらを見返している。


「容赦しない? 笑わせるなよ。剣の腕なら――」

「お前の方が上だろうが、それがどうした? 殺し合いなら、お前なんかに負けやしねぇよ」


 何の自慢にもなりはしない、ただひたすらに忌まわしいだけの事実だったが。


(――俺に、二度とそんな真似をさせないでくれ……)


 勢いで飛び出した言葉に苦い想いが込み上げる。


 仲間だった頃には一度たりとも見せた事のなかった一面に、シフリルは言葉を失った――が、だからと言って今更剣を納める事も出来ず、互いに殺気の宿った魔力を向けて睨み合う。


 張り詰めた空気を破ったのは、甲高い笛の音だった。


「勇者官が来ますわよ」


 誰にともなくラビーニャが言った。

 強いて言うなら、ひとり蚊帳の外のレイブンに向けたようではあった。


「もういいだろ。こんな奴のせいで勇者官の世話になりたくない」


 彼女なりに止めるタイミングを伺っていたのか、うんざりした様子でレイブンが言った。

 それでもシフリルは暫く殺気を向けてきたが、不意に鼻を鳴らして剣を納めた。


「……次はない。二度と私達の前に顔を見せるな」

「てめぇの都合で生きちゃいねぇよ」


 もの言いたげに――あるいはたんにライズを殺したいと思ってか――見つめると、シフリルの鼻が冷たく笑う。


「……行くぞ」


 ぞろぞろと、四季の四人が去っていく。

 あんな事があった後では、すぐに背を向けるのは危険かもしれないが。それでも、ライズは気がかりを振り返った。


「――ペコ! 大丈夫か!」

「とっくに癒しましたわ」

「喉の奥が血生臭いっす……」


 呆れた顔のラビーニャの横で、ペコはいつも通りのマヌケ面で顔をしかめている。


「う、うぇ、ぇぐ、怖かったのである……」


 寄り添うキッシュはすっかり怯えて涙目だったが。


「面目ねぇ……全部俺のせいなんだろうが、とりあえず場所を変えるぞ」


 勇者官の警笛が迫っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る