第20話
「吾輩の名はキッシュ=レイ=アルマゲスト=サラザール。深淵の二つ名で恐れられるかの有名な魔王ベステリゼの末裔にして、魔王殺しの魔王として伝説になる予定の偉大なる魔物使いである」
思いの他驚かなかった事に驚いた。多分、そんな気がしていたからだろうが。
数日後、ペコの作った募集の張り紙を見たという奴がやってきた。
子供みたいな――というか、まるっきり子供にしか見えない小さな女の子だ。トンチキな自己紹介に負けない妙な姿をしており、肌も髪も塩のように白い。目は金色で、ネコの耳のような飾りのついた黒いローブを纏っている。
(……だから、どうして俺の所にはこんなんばかり集まってくるんだ?)
深く、地の底に沈みそうな程重い溜息を吐き出す。勇者に聖女と来て、ついに魔王だ。馬鹿らしくて笑えもしない。
「ふっふっふ、はっはっはっは! 吾輩の恐ろしさに怯えて声も出ないのであるか? 張り紙には勇者の一団と書かれていたが、存外情けない――はぶっ!?」
透けるようなショートヘアを揺らしながら、自称魔王が子供みたいな声で笑い――横から飛び出してきたペコのドロップキックを受けて派手に吹き飛んだ。
「しゃー! ライズさん! 魔王やっつけたっすよ! これで自分、正真正銘の勇者っす!」
満面の笑みでガッツポーズを決めるペコに、ライズはもうなにもかもが嫌になって顔を覆った。
「う、うぇ、な、なんなのだおまえ! いぎなりごんなごどじで、ひっぐ、うぇ、びぇええええええ!」
吹き飛んだ魔王は顔をあげると、子供みたいに大泣きする。
「ぇ、ぁ、ちょ、ご、ごめんっす! な、泣く事ないじゃないっすか!? ライズさん! どうしようっす!? ライズさん? ライズさ~ん!」
ライズは心を無にして耐えるが。
「リーダーでしょう。現実逃避してないでなんとかなさい」
ラビーニャに脇を小突かれ、本当に渋々ながら、現実と向き合う事にした。
†
「……で、キッシュと言ったが、どうしてこのパーティーに入ろうと思ったんだ」
大泣きする自称魔王を必死に宥め、ハンナ特製のアップルパイで機嫌を取り、ペコに拳骨を食らわせ、魔王を自称しているからと言って見ず知らずの相手にいきなりドロップキックをかますなと説教をした後である。
すでに一仕事終えたような気分になりつつも、ライズはその必要があるのか疑問に思いながら、とりあえず面接のような事を行っていた。
「んが、むぐ、むぐむ、ぐ!」
余程気に入ったのか、いかにも幸せそうにパイを頬張っていたキッシュが顔を上げ、もがもがとなにかを言った。
「飲み込んでからでいいぞ」
キッシュは小動物のように頷いて、小さな口に紅茶を含む。
「ライズさん! 自分もアップルパイ食べたいっす!」
キッシュの口が空になるのを待っていると、先ほどから羨ましそうに指を咥えて見ていたペコが言った。
「勝手に食えよ」
「お金ないっす!」
「なら諦めろ」
「え~! こいつばっかりズルいっす! 不公平っす!」
「お前が泣かせたからご機嫌取りで食わせてんだろ! しかも俺の金でだぞ!」
「そんな事言ってライズさん、こっそろヘソクリ溜め込んでるの知ってるんすよ!」
「こういう事があるから貯めといてんだよ! てか、お前にだってちゃんと小遣い渡してるだろうが! なんに使ったんだよ!」
「ラビーニャがどうしてもギャンブルしたいって言うから貸しちゃったっす」
「はぁ!?」
流石に聞き咎めラビーニャを睨む。
ラビーニャは真顔でサッと顔を背けた。
「……おまえなぁ、俺だけならともなく、ペコにまでたかるとか恥ずかしくないのか?」
「同意の上ですわ。勝ったら十倍にして返す約束です」
そっぽを向いたまま、太々しい態度で言ってくる。
「勝ててたらこんな馬鹿みたいな額の借金作ってねぇだろうが! 博打の才能ないんだよ! いい加減気づけよ!」
「あーあーあー! 聞こえませんわ! 聞こえませんわ!」
流石に効いたのか、ラビーニャは硬く目を閉じ、耳を塞いだ。
「……ったく。ペコも、これに懲りたら二度とラビーニャに金貸すなよ」
言いながら、ペコにパイ代を投げてやる。
「やったー! 流石ライズさんっす! ハンナさんのアップルパイより甘々っす! おねーさん! アップルパイ一つっす!」
「てめぇ!?」
「わたくしも食べたいのですけど」
「あのなぁラビーニャ!」
怒鳴ってやろうと振り返ると、ラビーニャは別人のようにしょげかえって肩を落としていた。
「……ごめんなさい。ギャンブルの事は心から反省していますわ。だからお願い。今日はわたくしの誕生日なのです」
「ッチ……わーったよ」
パイ代を受け取った途端、ラビーニャの顔からしおらしさが消える。
「チョロすぎですわ。そんな事では、悪い輩に騙されてしまいますわよ」
「マジでぶん殴るぞ!?」
「……あの、吾輩、喋ってもいいだろうか……」
気まずそうにキッシュが言う。
「あ、あぁ」
「では」
キッシュは姿勢を正し、はきはきと告げた。
「吾輩がこのパーティーに入ろうと思ったのは、このパーティーが打倒魔王を目標に掲げる勇者のパーティーだからである」
「……なるほど。ちょっと待ってくれ――おいペコ、お前、パーティー募集になに書きやがった!」
「だってそういう話だったじゃないっすか」
「それはお前らが勝手に言ってるだけだろ!」
「なんすか! じゃあライズさんは一緒に勇者目指してくれないんすか!」
ペコの瞳が揺れる。急に真剣な口調で言われて、ライズは答えに困った。
「いや、そういうわけじゃないが……」
「じゃあいいじゃないっすか!」
変な事言うなとばかりにペコが鼻息を荒げ、アップルパイを食べ始める。
「救いようのないヘタレ野郎ですわね」
それこそ、仕返しのつもりだろう。口元に手を当てて、意地悪なニヤニヤ笑いでラビーニャが言ってくる。
「……うるせーよ」
と、そんな言葉しか返せないが。
俺ってヘタレなのかな……と不安になりつつ溜息を一つ。
覚悟を決めてキッシュに向き直った。
「まぁ、大体そんな感じだ。魔王もいないのにどうやって勇者になるのかは謎だが――いでぇ!? わかったから足を踏むな!」
冷たい目で睨んでくるペコに言いつつも。
「……こほん。もう少し詳しく聞かせてくれないか? 君は魔王の末裔で、話を聞いた感じじゃ魔王になりたがってるようだが。勇者と魔王は敵のはずだろ?」
とりあえず、気になる点を聞いてみる。
「いい質問である! 吾輩はまさしく、そういった固定観念を覆す為に魔王を倒したいのである!」
拳を振り上げ、演説でもぶつようにキッシュは言う。
「何を隠そう、吾輩は魔王の末裔が暮らす隠れ里の生まれである。村の者は皆この通り、深淵の魔王ベステリゼと同じ白髪と白い肌に金色の目をしている。魔王の末裔という事で、長く迫害されてきた村である。村のみんなは外界を恐れ、小さな世界に閉じ籠っている。でも、本当はみんな外の世界に憧れているのだ! 吾輩の家系は村を代表し、交易の為に外界と関わる事を許されてきた。外界は素晴らしい。村にはない楽しい事、美味しい食べ物、美しい景色で溢れているのだ。吾輩は、村のみんなにもそれを伝えたい。いや、伝えるだけでは駄目なのだ! 共に愉しみ、語り合いたい! その為には、皆が安心して外界に出られるようにしなければいけない。その為にどうしたらいいか考えた結果、吾輩は思い至ったのだ! 吾輩が勇者と共に魔王を倒し、正義の魔王として歴史に名を残せば、同じ姿をした村のみんなも、大手を振って外界に出ていけると! そういう訳で打倒魔王を目指す勇者のパーティーを探していたのである!」
「採用だ」
「ふぁ!?」
「早すぎですわ! まだなにが出来るかも聞いてないじゃありませんか!」
横で見ていたペコとラビーニャが口々に声を上げる。
「いや、だってこいつ、お前らよりよっぽど立派だし……」
「立派なだけじゃ魔王は倒せないっす!」
「そうですわ! 借金を返す為に使える仲間を増やそうという話だったでしょう! 目的を見失ってはいけませんわ!」
目標を見失っているのはどっちだという気もするが。
「勇者を目指すなら、こういう真っ当な志のある奴こそ仲間にするべきなんじゃないか?」
「屁理屈なんか聞きたくありませんわ! それに、どうせペコの事だから、借金の事だって書いてないに決まってますわ! 説明不足で揉めるのは嫌ですわよ!」
確かにそれは怪しい。ライズは視線でペコに尋ねた。
「だって、そんなの書いたら誰も来ないじゃないっすか」
「ナチュラルに詐欺師みたいな事するんじゃねぇよ!」
「あの、借金とは、なんの事であるか?」
困惑してキッシュが聞いてくる。
「あー、なんだ。そこにいる自称聖女がでかい借金背負ってて、このパーティーで肩代わりしてる状態なんだ。そういうわけなんで、申し訳ないが借金を返し終わるまではろくに報酬を分けられそうにない」
「……仲間の為にみんなで苦労を共にする。なるほど、勇者のパーティーというだけあって、強い絆で結ばれているのであるな」
「いや、全然そんなんじゃないんだが……」
呟くが、キッシュには聞こえなかったらしい。
「吾輩の目的は魔王を倒し、一族に向けられた偏見をなくすことである! それが叶うのであれば、お金の事など気にしないのである! 吾輩とモモニャンの食費くらいは欲しいのであるが」
「生活費と小遣い程度は勿論出すが――モモニャンってのは?」
「吾輩の相棒である!」
紹介するタイミングを伺っていたのだろう。キッシュはパッと目を輝かせ、足元に向けて呼び掛けた。
「おいで、モモニャン! 皆さんにご挨拶をするのである!」
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