お金をくれるアイヒューマン
この日は午後6時から3時間のシフトのはずだった。
しかしラーメン屋の奥に、明かりはない。
お客さんや店員のにぎわいもない。
なぜなら翔太(高1)のバイト先は、前日をもって閉店したからだ。
この年から両親の単身赴任で一人暮らしを始めた彼にとって、バイトができないことは大きな痛手だ。
親への仕送りだけではちょっと生活が苦しい。
何よりも動画が趣味で、スマホのデータ容量無制限プランと契約している。
彼はスマートフォンを見つめ、ため息をついてうなだれた。
「どうしました?」
翔太の後ろから、女子の声が聞こえる。
何とも人間らしい、可憐な声だった。
しかし翔太が振り向くと、そこには彼と同い年のような少女に見せかけながら、どこか人工的な見た目をした姿があった。
「あの、誰ですか?」
翔太は怪訝な顔をしながら聞いてみた。
「私はリーナ。この街で困った人がいないかパトロールをしています」
どこぞのパンのヒーローみたいな言い方で、リーナは素性を明かした。
「もしかして、AI? AIが独りでに動いている?」
翔太はリーナの姿を見ながら、そわそわした様子を見せる。
「安心してください。私は決して人を殺す人間ではありません。AIとしてのデータをたんまりと詰め込んだ『アイヒューマン』という類です」
「アイヒューマンか。50人に1人ぐらいは人間に混じって暮らしているんだろ?」
「はい」
リーナはうれしそうに返事した。
「僕に何か用?」
翔太はまだ警戒した様子で尋ねる。
「あなたからお悩みオーラを感じ取りました。何かありましたか?」
リーナがそう質問してから急に一歩踏み出す。翔太は得体の知れないオーラに押され、半歩退いた。
「あの、ここが僕のバイト先だったんですけど、売上不振で廃業しちゃったんです。このままじゃ収入が断たれちゃって、学費とかスマホ代とか色々苦しいから」
「わかりました」
リーナはいきなり口から、5枚ぐらいに重ねられたお札を出した。翔太が口から抜いて1枚ずつ調べてみると、どれも1万円札だった。
翔太は驚いた様子で、手触りを確かめてみる。
「ウソ、これお金なの?」
翔太は奇跡を見るような目で5万円を見つめていた。
「はい、これであなたはしばらくお金の心配はいりません。何ならあなたの家まで行って、さらにお助けしてあげてもいいんですよ?」
「ちょっと待ってください、本当にいいんですか?」
「はい、まずはあなたの家まで案内させてください」
翔太は少し戸惑いながらも、無言で首を縦に振った。
それから翔太の生活は、バイト先がなくなった人とは思えないほど安定した。
定期的にリーナが5万円ずつ出してくれるからだ。
ワンルームマンションに暮らしているから、親の仕送りと合わせれば家賃は余裕で払える。スマホ代も大丈夫で、学費の心配もいらない。羽のない扇風機とか、最新型のノートパソコンを買うなど、何なら高校生にしてはちょっと贅沢さえできた。
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ある日翔太は、いつものようにベッドから目を覚ました。
ベッド横の床で、リーナは枕だけを頭の下に入れて寝ている。
いきなりインターホンが能天気な音を鳴らす。しかし直後に重々しいノックの音が2回響く。
翔太は慌ててインターホンの応対ボタンを押し、モニターを見た。黒いスーツの男が真ん中にいて、両脇を2人ずつの警察官が固めていた。
「あの、すみません。どちらさまでしょうか」
「警察です。ちょっと聞きたい話があるので、出てもらえますか」
翔太は疑うことなく扉を開ける。するといきなり二人の警察官が彼の体をがっちりととらえた。
「ニセ札を街中に垂れ流しているのはお前か」
刑事の言葉に翔太は青ざめる。
「何の話ですか?」
「刑事、あそこにニセ札を出すアイヒューマンのリーナがいます!」
警察官の言葉で、すべての真相を悟ってしまった。
「よしその少年とともにパトカーに乗せるぞ」
残りの2人の警察官も部屋に突入し、リーナを捕まえる。
「ちょっと、いきなり何ですか?」
「いいからこっちに来るんだ。アイヒューマンだからって調子に乗るな」
警察官と押し問答になるリーナを尻目に、僕は地獄への道を歩まされ始めた……。
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