紅い透明
きりんのにゃーすけ
私の愛した人
導入 朝日と橋と
「早くしないと日が昇ってくるよ」
「ちょっと待って……思ってたより高くて……」
「はは、『朝日を見たい』って、君から誘ってくれたのに。意外と怖がりなんだね」
吊り橋の上に一歩足を乗せて、私はすくんでしまった。そんな私を見て、夫は
「もう……」
『意外と』なんて、まるで普段から気が強い女みたいじゃない。少し悔しくて、大げさに顔をそむけて
「ほら、明るくなってきたよ。せっかく早起きして来たんだから早くおいで!」
私の態度などお構いなしに、夫はわざとらしく大きく手を振る。吊り橋がそれに呼応するようにゆらゆらと揺れた。
「怖がってるのに、そんなに揺らすなんてひどいじゃない!」
その時、『バツンッ』という大きな音と共に、吊り橋が大きく傾いた。橋を支える太いワイヤーロープの一本が切れてしまった。体勢を崩した夫は一瞬で顔をこわばらせ、慌てて手すりにしがみ付く。
「ねえ! 大丈夫?」
「あ、ああ……なんとか……」
ほんの数秒前まで楽しそうに笑っていた夫の顔は、恐怖で真っ青になっていた。「誰か!」と助けを求める夫の声は谷底へ吸い込まれていった。
「俺は大丈夫だから、きみは下がって!」
自分の恐怖を押し殺し、私を気遣う夫は震える声で叫んだ。傾いた手すりをしっかりと掴み、一歩、また一歩、慎重に足を進めていく。
残された数本の細いワイヤーも、耐えきれず悲鳴のような
「切れそう!」
私の叫びで、夫が足を速める。
一本、また一本と無情にもワイヤーが切れていく。私は夫に手を伸ばす。あと少し。ほんの少し。
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