第二話 みーちゃんと俺

「お、やってるみたいだよ、中は涼しくて気持ちいいな」


「うんうん、でも自動ドアだとは思わなかったね」


 店内には、ボブカットのメガネ店員がいた。


「いらっしゃせーー」


 店員の変な挨拶にすかさず反応する。


「いらっしゃいましたー」


「もー、まーくんったら、ふざけないでよー、ふふ」


 みーちゃんは、俺がふざけると楽しそうに笑ってくれる。たまにやりすぎて失敗するんだけど、そんな時は励ましてくれる、本当にいい彼女だ。


「あのー、外に書いてあった希望のお手紙セットってありますかー?」


「希望のお手紙セットぇすねー、こちらぇーす」


「わー、かわいい! いいなあ。どの辺が希望なんですかー?」


 みーちゃんの買い物は長い。気になると、店員にあれこれと聞いてすごく悩む。前に一度、買い物の途中で「早く帰ろう」って言ったら、それから三日くらい「あれ買えばよかったかな」とか「今からまた見に行こうかな」とか言い続けてた。

 今のみーちゃんは買い物モードに入った。俺は邪魔をしないように、窓際に行ってスマホでニュースを読むことにした。



――台風が発生、上陸の恐れ


 そろそろそんな時期か、買いだめしておかないとな。予想は20日から22日、このままだと直撃コースか。


――吊り橋が落下し20代男女2人が重体、意識戻らず


 え、この前みーちゃんと一緒に行った大月橋だ、マジかぁ、危なかったな。この2人は新婚か、若いのにかわいそうだな。


――猛暑日続く、熱中症で34名搬送


 まだこんな暑い日が続くのか、早く涼しくなって欲しいなあ。ここんとこ、夜もかなり寝苦しいし、台風が過ぎた後も暑くなるんだろうなあ。



「まーくん、お待たせー」


 買い物を終えたみーちゃんが、満面の笑みで声をかけてきた。


「いいもの買えたみたいだね」


「うんうん、いいもの買えたよ。時間かかっちゃってごめんね」


「いつものことだから大丈夫だよ。さあ、約束のカフェに行こっか」


「うん、楽しみだねー」


「ありがとうございっしたー」


 店員の挨拶を背に、俺とみーちゃんは店を出て、雑誌に載っていたカフェに向かった。


 外に出るとすぐに、みーちゃんは日傘を差しながら手を繋いで来た。身長差のせいで、日傘の露先つゆさきが目に刺さりそうになったので、手を離して少しだけ距離を置いて歩いた。


 みーちゃんはかなりのミーハーで飽きっぽい。流行りものが大好きで、見たがりで行きたがりで食べたがりだ。

 カフェに着くと物凄く長い行列ができていた。最後尾に『3時間待ち』の看板を持った人が立っている。


「うわ、すごく混んでるね、みーちゃん」


「だねー。暑いからまーくんは日陰に居て良いよ。私、並んでるから」


「大丈夫だよ。ありがとう、みーちゃん」


「まーくん、飴食べる?」


「うん、ありがとう」


 みーちゃんから飴を受け取り、口の中でコロコロと転がして舐めながら待つ。ミント系のスーッとした感じが、ひんやりして少し涼しい気分になった。


「私、並んでるから、まーくんは行きたい所があったら行ってきても大丈夫だよ」


「うん、こんな暑いとずっと待ってるのは辛いね。どこか涼しいところで時間を潰してくるね」


「順番が近くなったら電話するね」


 本当は我慢してみーちゃんと一緒に並ぶつもりだったけど、暑くてイヤになってしまった。涼しい場所で時間を潰すって言っても、どこがいいかな。

 フラフラ歩いていたら、映画館が目に入った。見たいと思っていた映画がもう少しで上映される。時間は104分、これなら全然間に合う。


 みーちゃんと一緒に見る約束をしていた映画だったけど、黙っていればバレないだろう。また今度、一緒に行けばいいし。俺は、スマホをサイレントにして映画を観始めた。

 映画が終わりスマホを確認すると、何度も着信が入っていたため、すぐにかけ直す。


「みーちゃん、ごめん! 気付かなかった!」


「まーくん! あと2組だから早く来て!」


 まさか30分も早く順番が回って来るとは。

 俺は全力でみーちゃんの待つカフェに戻った。


「はあはあ、はぁ……よかった……間に合った」


「よかったあ! すごい汗だね。はい、これで拭いて」


 みーちゃんが貸してくれたハンカチで顔の汗を拭った。息を整えている途中で順番が回って来たので、カフェの中に入った。

 窓際の席に誘導され、俺は炭酸飲料とホットサンド、みーちゃんは雑誌でお勧めされていたパフェとクリームたっぷりのコーヒーを注文した。


「すごーい! かわいい!」


 頼んだものが運ばれてくると、みーちゃんはスマホでパシャパシャと写真を撮り始めた。俺の頼んだ炭酸飲料やホットサンドも、「かわいい! オシャレ!」と言いながら写真を撮っていた。

 すごく混んでいたから、食べ終わるとすぐに退店をうながされた。


「楽しかったあ! かわいかったし!」


 それでもみーちゃんは大満足な様子だった。


「まーくん、飴食べる?」


「うん、ありがと」


 さっきと同じミント系の飴をみーちゃんから受け取って口の中に放り込む。夕方の5時とは言え、まだまだ日差しが強く暑かったから、涼しい気分になれる飴はありがたかった。


「さっき、電話に気付かなかった時、何してたの?」


「ああ、映画観てたんだ、みーちゃんと約束してたやつ」


 黙っておけば大丈夫、と思ってたのに、つい口から出てしまった。


「え……?」


「一人で見ちゃってごめん。みーちゃんと一緒に、また観に行きたいと思ってるよ」


「ううん、待ち時間が長かったから仕方ないよー」


「うん、待ち時間が長かったから……本当にごめん」


「少し残念だったけど、大丈夫だよ!」


 みーちゃんは悲しそうな顔をしていたけど、許してくれたみたいだ。


「まーくん、今日はもう帰る?」


「うん、映画観て、カフェで軽く食べたから満足したし、今日はもう帰るね」


「……うん。私、ちょっと寄りたいところがあるから、今日はここで。またね、まーくん」


「またね、みーちゃん」


 ***


 カフェに行ってから7日間、みーちゃんとは連絡を取らなかった。

 ケンカをしたとかそう言うわけじゃないんだけど、みーちゃんから連絡が来なかったから、俺からも送らなかった。


 昼飯を食べ終わり、ゴロゴロしながらテレビを見ていると、久しぶりにみーちゃんから電話がかかってきた。


「まさやくん? 今日、花火大会やるみたいだけど一緒に行かない?」


「うん、行く行く! どこに何時集合?」


 場所と時間を決めて、俺が遅刻しないように30分くらい前に電話をかけてくれるように頼んだ。

 みーちゃんの浴衣姿が楽しみだ。出店もたくさん出るだろうし、レインボーの綿菓子を買ってあげたら喜ぶだろうな。

 

 待ち合わせの5時半まではまだ4時間以上あるし、それまでやる事もないから少し昼寝でもしようかな……

 


--リンリンリンリンリンリン


 スマホのアラームだと思ったら、電話が鳴っていた。みーちゃんからだ。


「言われた通りにかけたよ。その声……寝てたの?」


「よくわかったね。ありがとう、助かったよ、みーちゃん。今から急いで支度して出かけるよ」


 シャワーで寝汗を流して着替えをした後、みーちゃんにメッセージを送って家を出た。


 待ち合わせ場所には、みーちゃんの姿が見当たらなかった。


「おかしいな、いつも先に待ってるのに……何かあったのかな」


 みーちゃんに何かあったのか心配になり、スマホを確認した。


「お待たせ、まさやくん」


 顔を上げると、そこにみーちゃんがいた。

 

「みーちゃん、心配したよ。どうしたの?」


「あれ? 時間通りだよね?」


「え、ああ、うん。大丈夫ならよかった。行こうか」


 繋ごうと伸ばした手は、みーちゃんによって軽く振り払われた。

 

 いつもなら、暑い時でもみーちゃんの方から腕を組んでくるくらいなのに……。しばらく連絡を取らなかったから、怒っているのかな。

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