第15話 邂逅
「んっんー。いい天気。こういう日はタバコが美味いのよねー」
そう言って鷹野はタバコとParadiseと書かれたマッチ箱を取り出す。そしてマッチ箱からマッチを取り出し、擦って口に咥えたタバコに火をつけると一服吸って紫煙を吐き出した。
一際高いビルの屋上に鷹野、柊、結城、鈴森がいた。鷹野の経験から、今回の狙撃に一番良い場所だ。しかし、そこに怪しい者はいなかった。
『結城先生、来場した人達を全て入場させました。封鎖をお願いします。どうぞ』
「こちら結城。了解した。今からホール全体を封鎖する。以上」
如月と結城はそうやり取りすると通信を切った。そして結城はワンダーニードルを取り出す。
「走れ糸よ。紡がれた領域は不可侵。如何なるものも通さず、母のように守るものなり。
結城が正謳を唱え終わると、ワンダーニードルがテラホールに向かって飛んでいく。そしてしばらくした後、ワンダーニードルが結城の手の中に戻ってきた。
「よし、これでホール全体は封鎖した」
「はー、いつもながら便利だわ、先生の能力」
鷹野はぱちぱちを手を叩いて結城を称える。
今、会場は結城のワンダーニードルの糸で作られた目に見えない結界のようなもので完全に封鎖されている。侵入する者も出ようとする者も全てシャットアウトされる。
さらに今、中にいる人物で末期の一振りを持つ者はいない。なぜなら、末期の一振りを持つ者は体から特殊な波長の周波数を発するようになる。これは指紋と同じように、末期の一振りによって微妙な違いがある。ホールの中の人物は全員入場時に検査されているので、全て普通の人間だ。これでホールの中は完全に安全な空間になったと言っても過言ではない。
「鷹野」
柊が地面に座ってぺしぺしと下を叩く。ここに来いという合図だ。
本当はもうちょっと一服の時間を楽しみたかったが、ここで拒めばまた蹴られるはめになる。鷹野はふうっと空に紫煙を吐き出すと右手を出した。その手には古めかしい飴色をした火縄銃が握られている。これが鷹野の末期の一振り、
「舞い飛べ。その目から逃げる事決して
唱え終わったと同時に、ガチリと火ばさみが下り、上空に向かってバンッと焔から
焔の能力、鷹の目。玉と自分の視覚を共有し、周囲の広範囲な状況を知覚できる。正謳であれば、ある程度の障害物も透視できる。これで、一帯の屋上は完全に制圧できたと言っていい。今のところ、怪しい人物はいないようだ。
「OK。今のところ狙い撃とうとしてるバカなやつはいなさそうね。まあ、先生の
「当然です! 先生は全て完璧なのです!」
「なんで鈴森がいばるの。何もしてないのに」
「そ、それをいう柊先輩だってまだ何もしてないじゃないですか!」
「私は時が来たらちゃんと働くから」
柊のそっけない態度にむーっと鈴森が膨れる。
それを慰めるようにぽんぽんと結城が鈴森の頭を叩いた。
「まだどうなるか分からないさ。前例もないわけじゃない。何が起きてもすぐに行動できるよう、ちゃんと気を引き締めておこう」
「ですねい。ま、後は九十九と不知火ちゃんに任せよっか。二人がさっさと犯人を見つけてもらえばそれで解決だし? 私は今回もイタズラだと思うけど?」
そう言いつつも、鷹野は鷹の目の視界で怪しい人物がいないかを丹念に探っている。その視界の中に、ビルとビルの間を飛ぶ九十九と不知火の姿を捉えていた。
◇
不知火はビルの屋上伝いに任された範囲を縫うように飛び回っていた。
右腕に着けられた時計は通信機能の他に、末期の一振り保有者が発する周波数を探知する機能が備わっている。障害物の具合にもよるが探知範囲は約一五〇m。ビルから地上まで十分に探せる範囲だ。そして、今日はこの辺りに自分達以外に末期の一振り保有者はいないように予め手配してある。もし反応があるとすれば、それは未登録の末期の一振り保有者、つまり今回の犯人である可能性が極めて高い。
「ふう」
不知火は飛び乗った屋上で少しだけ立ち止まると、ボディバックからペットボトルを取り出し中身に口をつける。
夏も盛りを過ぎたとは言えまだまだ暑い。額に浮き上がる汗を腕で拭うと、不知火はポケットから地図を取り出した。自分の経路を指さしなぞってどれぐらい網羅できたか確認する。これで大体半分、といったところだ。
「やっぱりイタズラだったのかな?」
そう独りごちたが不知火はその疑念を振り払うように頭をぶんぶんと横に振った。
イタズラだったらそれで構わない。でももしもという可能性は必ずある。あの時聞いた結城の言葉を心の中で反芻させて自分を戒める。
ピッ
ビルに飛び乗った瞬間、不知火の腕時計から電子音が聞こえた。一瞬不知火は幻聴かと思ったが、腕時計からは規則的に電子音が鳴り続ける。つまり近くにいるのだ。ここに未登録の末期の一振り保有者が……。
すぐに不知火は腕時計を操作し、全員に連絡を取る。
「こちら不知火。おそらく対象を発見しました。どうぞ」
『マジか! っと、こちら九十九。不知火、どの辺りだ? どうぞ』
「えっと、会場から南西に約二〇〇m強ほど離れたビルの上です。これから居場所を絞り込みます。どうぞ」
『こちら如月。不知火、気をつけてください。何なら九十九の合流を待って……』
『こちら結城。すでに演説は始まっている。手段は分からないが、犯人は何らかの手段をすでに行使している可能性が高い。ならば今は時間が惜しい。危険だけど不知火君、君一人で犯人を無力化してもらえるかな? どうぞ』
「……はい。私一人で大丈夫です。やれます」
『こちら九十九。不知火、今そちらに全力で向かってる。対象が隠れている場所が判明したら連絡しろ。なるべく早く合流する。それまで頼むぞ。どうぞ』
「了解しました。これより捜索を開始します。以上」
そう言って不知火は通信を切った。
イタズラではなかった。本当に犯人がいたのだ。全身がぶるっと少しだけ震える。これから一人で初めての実戦をこなさなくてはならない。それは恐怖なのか、それとも別の感情なのか、不知火自身も分からなかった。
不知火はビルの影から壁を伝って地上に降りる。そして裏路地から明るい表通りに出た。
不知火は降りてきた場所から犯人の場所を推測する。
まず腕時計は正確に音のリズムを刻んでいる。つまり向こうは動いていないことだ。すなわち歩行者の中に犯人はいない。
次に建物だ。範囲からおよそ三つのビルに絞り込める。それぞれデパート、飲食店が連なるテナントビル、そしてビジネスホテルだ。可能性が高そうなのはおそらく、ビジネスホテル、テナントビル、デパートの順番。
不知火は意を決すと、ビジネスホテルの入り口から中に入っていった。
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