第二章/接触 [交流]第4話‐5
マコトはクレープを食べ終えると、横で寝ているユウヤに視線を移す。ユウヤは相変わらず、すぅすぅと寝息を立ててぐっすり眠っている。マコトはクレープの包み紙を折りたたんでポケットにしまってから、ユウヤを起こさない様にゆっくりと立ち上がり、丘を下って外縁部の通路へと向かった。丘を下り終えて通路へ入れる小道を通りアーチ状の通路へと入っていく。アーチにはつる性植物が巻き付いており、様々な濃さの紫や、赤紫、白い花を咲かせている。通路脇の生垣には様々な花が植えてられていて、中には知っている花も咲いていた。丘の上からでも分かってはいたが、様々な色とりどりの花々とその香り。四方八方の彩りに、マコトは目を奪われつつも通路を進んでいくと、前にある丘と外縁部を繋ぐ小道からアレックスを伴ったリリィが出てきた。マコトに気づいたリリィはペコリと会釈をする。マコトも小さく会釈を返した。双子の姉のアキレアよりも色白で、身体の線も細く、触れたら直ぐに壊れてしまいそうだ。まだ少しフラフラしており、アレックスに支えられている。
「あの・・・大丈夫ですか?先程休まれていましたが・・・」
心配でマコトはリリィに近づこうとするが、間にアレックスが入り行く手を阻む。彼から放たれる威圧感に、マコトは足を止めた。
「アレックスさん。」
リリィに名前を呼ばれて制止されたアレックスは、彼女に頭を下げてから脇へと退けた。リリィはアレックスに「ありがとう。」と礼を言った後、儚げな微笑みをマコトに向けた。
「心配していただき、ありがとうございます。少し休んだので大丈夫です。」
「そうですか。それなら良かった。」
リリィの返事にマコトは頬を掻きながら安堵の表情を浮かべた。リリィは何か思い出したかのようにハッとし、再びマコトに顔を向ける。
「もしご迷惑でなければ、一緒に見て回りませんか?」
突然の提案にマコトは少し驚きつつも、特に何もないことから‐自分の方が邪魔ではないのか?‐「いいですよ。」と笑顔で了承した。
「ありがとうございます。えーと・・・天野マコトさん、でしたよね。」
名前を間違えていないか。「合ってます。」と返事を聞き、ソワソワしていたリリィは安心した表情で「良かった・・・。」と小さく呟いた。
「では、お姉さまが言っていた時間もありますし、行きましょうか。」
そういうとマコトが歩いていた方向に向かってリリィとアレックスは歩き始めた。マコトも二人の後ろを付いて行く。「自分に何か用があるのだから誘ったのだろう」とマコトは思っていたが、リリィから何も話しかけることはなく、ただ花を観ながら黙々と歩いていた。アレックスもリリィの体調に気を使いながら、いつでも支えられる距離を保ちつつ歩いている。誰も口を開かずに、歩き始めてから数分。「あ。」とリリィは生垣に植えられている少し大きいラッパ状の白い花に近づいた。
「百合の花・・・ですね。私この花が好きなんですよ。」
リリィは百合の花の前でしゃがみ込む。
「百合・・・英語だとlily(リリー)。私の名前と同じなんです。だからなのか親近感が湧いて・・・名前負けしている様に感じますが。」
百合の花を見つめながら苦笑いを浮かべる。
「私の家の女性は、全員花の名前なんです。亡くなった祖母と母はベルベットとマリー。あ、マリーゴールドのマリーです。そしてお姉さまはアキレア。面白いですよね。」
リリィは愛おしそうに暫く百合の花を見つめていたが、静かに息を吐いて、意を決した表情をしてマコトの方を向いた。
「天野さんをお誘いしたのはお聞きしたいことがあって・・・。天野さんはこの艦の目的をご存じでしょうか?」
「〝くじら〟を追っている・・・事しか知りません。」
突然の問い、しかも昼にラファエルに聞かれた質問と同じ内容にマコトは少し戸惑いつつ答えた。「そうですか・・・」と小さく呟いたリリィは何か考える仕草を取る。何か迷っているのか、目が左右に泳いでいた。
「ラファエル艦長も昼食時に同じことを聞いてきました。その時は機密そうだからマズイかなと思って具体的な目的までは聞き返しませんでしたが・・・。」
マコトの言葉を聞きつつもまだ思考を巡らせていたが、少し纏まったのか小さく息を吐きマコトの方に向き直る。
「特に機密という訳ではないのですが、おじい様が残したとある資料に空想上の生物である〝くじら〟の存在が記載されていたので、それの存在証明が目的の一つではありますね・・・。」
少し複雑そうな表情しながらリリィは続ける。
「天野さんは「宇宙のくじら」がお好きなのですか?」
「そうですね、幼少期からずっと読んでいてファンなんです。この歳になってもまだ読んでいるっておかしいですかね?」
苦笑いを浮かべて答えたマコトに、リリィの表情は少し陰りを見せた。
「あら?貴方たち、来ていたのね。」
マコトとリリィは声のした方向を向く。そこには先に外縁部を見て回っていたアキレア一行が立っていた。
「リリィ、体調は大丈夫なの?」
姉の心配する声に「ええ」と返事をし、リリィは立ち上がった。表情も先程の複雑なものから儚げな微笑みに変わっている。
「そう。ならいいのだけれども。って、そろそろ時間ね。一緒に戻りましょうか。」
リリィとマコトは頷いた。一行は傍にある小道から丘へ戻り、中央の木へと向かった。木の下ではユウヤ相変わらずまだ寝ており、ノブヒトは本を読み終えたのか少しボーっと遠くを眺めていた。
「あ、お帰り~。」
一行が木に到着したのに気づいたノブヒトは、のんびりとした口調で挨拶をした。ユウヤも気配を察したのか眠りから覚め、むくりと上体だけ起き上がり、目を擦りながらアキレアたちの方を向いた。「ただいま~。」と、スズネが挨拶を返してノブヒトとユウヤに外縁部の様子を語り始めた。マコトとハルカも話に混ざり、それぞれ感想を言い合うなか、アキレアの端末が振動した。
「はい、私よ。そう、整備が始まるのね。分かったわ、伝えておく。」
短い通話を切ったアキレアはハルカ呼んだ。
「ミス・ハルカ。貴方の会社のシャトルの整備が始まるのだけれど、一応他所の所有物だから最初だけ、短時間でも立ち会って欲しいそうよ。どうする?」
アキレアに呼ばれ、「そうですね」とハルカは思案する仕草を取った後、微笑みながら答えた。
「承知致しました。確かシャトルがあるのは格納庫の方で宜しかったでしょうか?」
「その通りよ。アプリを見ればどうやって行くか分かるけど・・・」
‐格納庫‐
話を続ける二人を横目で見ているマコト。シャトルから降りた時はあまり周囲を観察出来ていなかったが、もしかしたら〝くじら〟に繋がる何かがあるかもしれない。迷惑をかけるかもしれないが、それで少しでも〝くじら〟に近づけるのであれば・・・。
「すみません。僕もその立ち合いに付いて行ってもいいでしょうか?」
シャトルのことについて話していたアキレアにマコトは遮る様に声を掛けた。マコトの言葉に、アキレアはキョトンとしている。
「ちょ、何言っているんだマコト。」
眠りから覚めてその場に座っていたユウヤは立ち上がり、マコトの肩を掴む。
「あ、なにか機材とかには触ったりしないので・・・お願いします。」
マコトはアキレアとハルカの二人に向かって頭を下げた。
「私は別に構わないけど・・・。ミス・ハルカはどう?」
「私も大丈夫です。」
ハルカは笑顔で答えた。二人から了承を得たことでマコトはホッと胸を撫でおろす。その様子を見たユウヤが溜め息を吐きながら片手を挙げた。
「俺も付いて行っても良いっスか?コイツ一人だけだと何かしそうで心配で・・・」
「もちろん。」とアキレアは頷く。
「なんだったらここに居る全員で行く?みんな良かったらだけど。」
アキレアの提案にスズネは難色を示した。
「うーん、私が別にいいかな。買っていただいたコレも自室で着てみたいし。」
スズネはそう言いつつ、手に持っていた買い物袋を軽く上げる。
「ボクも。三人の授業もあるし、それと年齢からか少し疲れちゃってね。」
笑いながらノブヒトも不参加を表明した。リリィは少しモジモジしながら「あ、あのぉ・・・」と口を開いた。
「私も部屋で休みます。そろそろ診察の時間になりますし・・・。お姉さまの提案を台無しにしてしまって申し訳ありません。」
リリィの謝罪にアキレアは首を横に振った。
「謝らなくていいのよ。貴方は体を第一にしなさい。」
リリィの頭に優しく手を置いた後、これまで自分の提案に付き合ってくれた人物たちを見る。
「分かった、ではこれで懇親会は終了ということで。格納庫に行く三人は、もしかしたら迷うかもしれないからアレックスが案内するわ。宜しく頼むわね。残りの二人は途中まで私たちと一緒に行きましょう。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます