第二章/接触 [交流]第3話‐3

「艦長・・・ねぇ。」

ユウヤは頬杖を突きながら去っていくラファエルの後ろ姿を眺める。ノブヒト以外の三人もユウヤと同じ様にラファエルの後ろ姿を見つめる。食事中に突如登場した[ストレリチア」の艦長に、スズネとハルカは動揺を隠し切れない。マコトも、謝罪が目的で悪い人間ではないと感じながらも、女性陣と同じくどこか不安を感じていた。そんな客人の不安も露知らず、席に戻ったラファエルは新聞を広げ、コーヒーカップに口をつける。

「って、メシだメシ。サッサと食わねぇと冷めちまう。」

ユウヤは他三人に流れていた空気を切り替える様に手を打ち、箸を持って焼き鮭をつつき始めた。ユウヤの言葉を合図に、スズネとハルカは視線をラファエルから自らの料理に移し、食事を再開する。マコトも茶碗と箸を持って白米を口へと運び始めた。ノブヒトだけは、ラファエルを気にする様子を見せず、呑気に食後のコーヒーを楽しんでいる。マコトはみそ汁を啜りながら、もう一度ラファエルの方を見た。ラファエルは変わらず新聞を読んでいたが、今度はアイスコーヒーを飲んでいた。

 食事を食べ終えた五人は一斉に手を合わせ「ご馳走様」と言うと、トレイを持ってカウンター近くの返却口へ向かって行く。相変わらずすれ違う技州国の人間から好奇の目に晒されてはいるものも、他国の人間が居るのであれば誰だってそうするだろうと割り切ったからか、少し慣れてきた。

「いや~、食べた食べた!」

トレイを返却口に返した後、スズネは伸びながら軽くお腹を叩く。現役女子高生にあるまじき態度にユウヤは頭を抱えて首を横に振る。

「おっさん臭いぞ、若宮。お前は一体幾つだ・・・」

飛んできた苦言に、スズネは「て、てへっ」と悪戯っぽく舌をだして誤魔化す。

「けど、美味しかったよね。ウチの社食も、この位美味しければいいんだけど・・・って、なんだろ?なんか出入口が騒がしい気が・・・。」

ハルカの言葉で出入口の方を向くマコト。出入口付近には小さな人だかりが出来ていた。五人は何だろうと思いつつ、人だかりを観察しながら出入口へ向かう。集まった人は中心に立っている人物たちに向かって手を差し出したり、敬礼したりしていた。ただ、その中心部分からは鋼鉄の巨躯が成人男性の頭数個分程伸びている。近づくにつれてその巨躯の隣には褐色の肌でスーツを着た男、そして金髪と銀髪の少女が立っているのが分かった。アキレアたちだ。謝罪と部屋に来た時と違い、アキレアはデニムパンツと白いシャツ、リリィも白いブラウスに薄紅色のスカートと少しラフな格好になっていた。アキレアはマコトたちを見つけると嬉しそうにぴょんぴょんと跳びながら手を振ってアピールする。集まった人はアキレアの目的を察し、横にずれてマコトたちの元へ通れるように道を開けた。アキレアは「ありがとう」と手を振りながら礼を言い、マコトたちの所へ向かった。

「ふふ、貴方たちを待っていたのよ。どう?[ストレリチア]の食事は美味しかったかしら?」

アキレアからの問いに、前のめりになりながら「美味しかったです!」とスズネは答えた。マコトとユウヤも同意の意味でコクコクと頷く。

「それは良かったわ。で、この後なのだけれども・・・」

アキレアが勿体付ける様に唇に指を置き、五人を見る。その仕草にあざといと分かっていながら、マコトの胸の鼓動が早まり、顔が上気する。

「何もなければ、一緒にショッピングなんかどうかしら?」

「え、ショッピング?」

アキレアの提案に、スズネは首を傾げる。

「この[ストレリチア」には乗組員のストレス軽減のために幾つかの娯楽施設が用意されているの。ゲームセンター、ダーツ・ビリヤードバー、温泉。ショッピングモールその一つね。小さいながらも本屋、アパレル・アクセサリーショップ、雑貨屋とそれなりのものは押さえているわ。クレープ屋もあるわよ。」

「すみません。お待たせしました。」

突然隣から聞こえた声に、スズネとマコトはびっくりして声を上げながら小さく飛び上がる。声がした方向を見るとアレックスが無表情で立っていた。後ろから近づいてきたらしいが、全く気配を感じられなかった。応接室では遠かったので分からなかったが、間近で見ると180㎝弱あるユウヤを超える長身で、細身ながらも無駄のない筋肉がついている事がスーツの上からでも分かる。スポーツ選手や格闘家とは違い、最小の手数で素早く相手を無力化するのに特化した体つきという印象だ。

「遅いじゃない。もしショッピングに行く前に合流できなかったらって、心配しちゃったわ。」

「申し訳ございません。食堂の和食が想像以上に美味だったもので。しかしながら、私の休憩時間はまだ終わっていないはずでは?」

頬膨らませて文句を言うアキレアに釈明しながら、アレックスは腕時計で時間を確認する。

「それはそうだけど、予定がある時は休憩時間を切り上げても、前もって準備とかしておくべきじゃない?」

アキレアの文句に、アレックスは目を閉じて「そうですね。」と素っ気ない返事を返す。

「むぅ・・・まぁ、いいわ。合流出来たのだし、良しとしましょう。で、どう?記念にもなるし、いい気分転換になると思うのだけれど。」

アキレアは胸を張り五人に向き直る。国家元首の娘とショッピング。日常では実現しえない状況にと、マコトとユウヤ、スズネは困惑と緊張が入り混じった表情で顔を見合わせた。

「提案を飲んでいいのだろうか?」「そもそもどう答えるべきか」

そんな三人の様子を見てアキレアは小さく吹き出す。

「それは生まれこそ一国の主の娘だけれども、貴方たちと同じ17歳の少女よ?別に無礼を働いたからといって、処罰を下そうなんて思ってもいないし。文句は言うかもだけど。」

「アキレア様」と後ろに立っていたアーシムがアキレアに対し諫める様に呟く。「別にいいのよ。」とアキレアはアーシムに対してウィンクした。

「うん、アキレア様もこう言っていることだし、三人ともご一緒させてもらえば?」

いつも通りニコニコと微笑みながらノブヒトは、アキレアの提案に乗るよう三人に勧める。ノブヒトの意見を聞いたスズネは、小さく頷いた後に恐る恐る手を挙げながら口を開いた。

「私、どんなものがあるかちょっと興味があるので・・・ご迷惑でなければご一緒させてもらっても構いませんか?」

「ええ、ええ、ええ!全然構わないわ!その為に貴方たちを待っていたのだもの。後の二人はどう?」

スズネから快諾がもらえたアキレアは目を輝かせながらマコトとユウヤを見る。

「わーった。俺も付いて行くよ。部屋に戻ってもなんもないし。それに、委員長が何かしでかさないかと少し心配だからな。」

ユウヤは頭を掻きながら溜め息を吐いた。「何もしないし!」とスズネは口を尖らせる。二人がアキレアに付いて行くのを決めた事に、マコトは自分も答えを出さなければ、と少し焦り始めた。

「で、貴方はどうするの?」

一歩前に踏み出し俯き気味のマコトの顔を覗き込むアキレア。長いまつ毛、蒼い瞳、白い肌、艶のある赤い唇。不意に覗き込まれたマコトは、顔を赤くしながら後退りをし、「ぼ、僕も行きます。」と小さく答えた。

「うんうん、楽しいショッピングにしましょう。後ろのお二方も良かったらでいいのだけれど、一緒に如何かしら?」

アキレアは笑顔で頷くと、三人の後方に立っている大人二人を見た。

「そうだねぇ・・・。ボクも三人の教師だから保護者みたいなものだし、付いて行った方がいいね。それに、滞在中に使う教材があるかどうか本屋も覗きたいしね。」

「げ、教材って・・・まさか先生、こんな所に居ても授業とかするの?」

教材と聞いて、苦い顔を浮かべながらスズネは質問する。ユウヤも腕を組みながら「養護教諭が教えられるものなのか?」と疑いの眼差しでノブヒトを見る。

「いつまでこの艦に居るか分からないし、地球から離れている間、授業に遅れが生じるのは流石に一教員として見過ごせないかね。免許は持っていないけれど、一応殆どの教科はある程度教えることは出来ると自負しているよ。」

ノブヒトがにっこりと三人に微笑む。その笑みを見てスズネはがっくりと肩を落とした。

「日本のハイスクールの勉学が、どの程度なのかは分からないけれど。もし教材が無ければ、私のスクールバックの中に教科書があったから、それを貸すことも出来るわよ。」

気落ちしているスズネを見て苦笑いを浮かべるアキレア。

「私も、可能な限りお客様の傍に居ることを信条としていますので付いて行きます。それと、艦の中のショッピングモールというのがどういうものかと興味がありますし。」

「ええ、きっと驚くと思うわよ。「艦の中にこんなものがあるなんて!」ってね。」

ハルカも同行するという答えに、アキレアは笑顔で見せつけるかの様に手を広げた。これで五人の意見が出そろい、全員でショッピングに向かう事に決まった。アキレアは広げた手を戻し、頷きながら五人の表情を見る。一人は顔をまだ顔が赤く、一人は少し不機嫌な様子、一人は表情が暗く、二人は微笑んでいる。

「よし、意見が纏まった様で何より。」

アキレアは一呼吸置いた後、天井に片手を突き出した。

「では、いざ!ショッピングモールへ!」

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