第二章/接触 [交流]第1話

「・・・昨日、南西部の遺棄された研究施設を、技州国軍の人間を含む一団が不当に占拠していた事が判明し、技州国軍は鎮圧のために部隊を派遣、戦闘が発生しました。一団は保管されていた試作の大型艦を使用して宇宙へと逃走し、軍はそれを追って宇宙まで追撃しましたが、逃走を許してしまった模様です。追撃の途中、日本の旅行用シャトルが巻き込まれ、航行不能となり集団側の大型艦に回収されたものも、直ぐに解放され無事に地球へと帰還したそうです。目的は不明ですが、一団の中にアキレア・ローゼンバーグ様とリリィ・ローゼンバーグ様の姿が確認されております。一連の事件に関して政府は・・・」






          ーソウシード技州国 国家元首執務室ー

ラルフ・ローゼンバーグは深い溜め息を吐きながら、リモコンに手を伸ばしてテレビの電源を落とした。昨日の騒動が明るみになってから、各国の首脳陣から抗議の電話が鳴り続けていた。内容は主に件の大型艦について‐日本の首相だけは、自国民の心配もしていたが‐だ。あんなもの兵器と判断されて、[パペット]の時と同様に行き過ぎた武力として反感を買うのも無理はない。

(だから、建造中止の同意を得たのだが・・・)

[ストレリチア]については、会見を開き説明したのだが、それでも電話が鳴りやまなかったので、一時主要の電話線を切ってやり過ごしている。お陰で昨晩は殆ど眠れなかった。

議会で解体を決議する際に、娘たちの「祖父の遺産を、少しでも残しておきたい」という意思に根負けしてしまったのが間違いだった。娘たちを甘やかすのも、程々にしておかなければ、とラルフは後悔した。

隈が残る目で机に置いてある電源が点いている端末を見る。端末には文章が記載されており、内容は昨日の騒動についての被害状況だ。それを手に取り、文面を眺める。幸い、査察部隊と一団も含めて怪我人が数人しかおらず、交戦した際の擦り傷や軽い打撲など軽傷で済んでいる。「人的損害をあまり出さずに」と、指示は出したのだが、この程度に収まったのは管理室に籠城していた一団のメンバーが[ストレリチア]が地上に出たとみるや早々に投降してくれたのも大きい。管理室に籠城していたメンバーの中に、かの有名なマイスターが居たのは驚きだった。彼は父と知り合いで、幼い頃よくチェスの相手をしてくれたことを覚えている。マイスターは交戦時に腰を軽く打ち、年の為と入院させては居るが後2、3日程度で退院するだろう。ラルフは端末の画面を軽くタップすると、巻き込まれた日本の旅行用シャトルについての報告書に文面が切り替わった。

日本のシャトルは、海王星への宇宙旅行中に迎撃部隊と一団の[ストレリチア]との戦闘に巻き込まれ航行不能に。それを一団が回収し、格納されていた脱出用のシャトルへと乗り換えさせ、そのまま地球へ帰還させた。謝罪の為、ラルフ自ら乗客他乗組員の状態を確認したが、人的損害は一名SPに怪我を負わされた‐様には見えなかったが‐程度で「帰還した」面々はほぼ無事だった。問題はシャトルの乗客3名とCAが[ストレリチア]に残ったということ。どうやら、一団の〝目的〟に共感するものが居て、それが理由で残りたいと希望を出したらしい。乗客の親子連れが言うには「〝くじら〟に会いに行く」だそうだが・・・絵本の存在に会いに行くなど、どういう意味なのかラルフには見当も付かない。一団は計画を立てる前に〝禁書〟へアクセスし、何かを調べた記録が存在する。〝禁書〟と〝絵本〟。この二つが如何にして繋がっているのか。そして開発途中だった超大型艦を修理してまで何をしたいのか。ラルフは眉間に皺を寄せながら思考を巡らす。

プルルルル、プルルルル

デスクの上に鎮座している回線を切ったはずの電話が鳴る。正確には通常回線の方切っただけで、緊急用の回線は生きたままだ。主に急務の際ととある人物からの電話の時‐その人物も主に一般の方を使うが‐に使用される。ラルフは素早く受話器に手を掛け、耳当てた。

「おはよう、ラルフ君!昨日は大変だったね。」

受話器から、年季を感じられるがはきはきとした声が聞こえてきた。「大統領」と、ため息交じりでラルフは相手の役職を呟く。

「はっはっはっ、元気がないじゃないか。しっかりと朝ごはんは食べたのかね?」

電話の相手はアメリカ大統領。ラルフは「はぁ」と生返事で返した。

「君の状況が落ち着いてきたと思って電話を掛けたのだが、一向に繋がらなくてね。仕方ないからこちらの回線を使わせてもらったよ。」

「無理もないけどね。」と、大統領が笑いながら付け加える。

「さて、本題に入りたいのだが・・・」

先程まで笑っていた大統領の声が真剣なものへと変化した。

「心配はしていないが、一応確認だ。昨日あんな事があったが、〝契約〟の方は変わりないな?」

「はい?」

ラルフは聞き返す。

「まだ解体されていない事が疑問だが、あの大型艦が世に出たことはまずいい。まぁ、他国にとっては良くはないんだろうが。ただ、事件を起こして〝契約〟うやむやにして延期、若しくは反故にするのではないかと考えてしまってね。」

「今回の件につきましては、私は関与せず全て娘の独断です。[ストレリチア」は議会の際に、解体を娘に止められまして・・・」

大統領は深い溜め息を吐く。

「挙句、娘に出し抜かれ国防の要である[パペット]まで盗られた。君の能力は信用しているが、少々娘に甘いのではないのかね?もう少し、管理体制を厳しくした方が良さそうだとおもうのだが。」

「申し訳ございません・・・」

ラルフの反省する声に、大統領は小さく笑う。

「すまん、心配していないといったが、やっぱり心配だったらしい。何十代と続いていた〝契約〟だからね。私の代で破綻させる訳には行かない。ともかく、自分の身内にも目を掛けろということだ。」

「肝に銘じておきます。〝契約〟につきまして変更はなく、予定通りに履行しますのでご安心を。[ストレリチア]に関しましては追跡と調査を続けますが、何しろ航行距離が従来機を遥かに上回りますから。同時にワープドライヴ用の衛星がハッキングを受けており、位置の特定はかなり難しくなっております。」

「事実上、向こうが地球に帰ってくるのを待つしかないか・・・分かった。〝契約〟について変更が無い事を君の口から聞けて安心したよ。」

大統領の声が穏やかな口調に戻った。

「まぁ、あの年頃の子どもは度々親に反抗するものだ。私の子どももあったものさ。今回の件も、それと同じだと私は思うよ。流石に、スケールが大きすぎるがね。」

大統領は笑う。

「なんにせよ、普段から少しでも家族とコミュニケーションを取ることをお勧めするよ。円滑な家族関係はコミュニケーションからってね。全てが手遅れになる前に、もっと家族の為に行動しておけば良かったなんて、後悔しないようにね。」

「尽力致します。」と、ラルフは返事をする。

「では、電話を切らせてもらうよ。時間を取らせてしまって悪かったね。」

大統領の言葉を最後にプツン、と電話が切れた。ラルフは受話器を置き、手を額に当てた。

(反抗、コミュニケーション・・・ね。)

多忙な身ではあるが、妻が亡くなってから寂しい思いさせまいと努力し、娘たちとコミュニケーションは取っていたつもりではある。今回の件が発覚するまで、娘たちの様子も特段変わったものではなかった。当日まで普通にハイスクールへ通い、普通に授業を受け、普通に友達と交流する。教師や仲のいい友人にも聞いて回ったが、本当にいつも通りの様子だったという。

いや、ずっと隠していたのか。彼女たちは聡明で理知的だ。おまけに嘘を吐くのもうまい。胸の内にしまい込んで、表には出さずにずっと仮面を被っていたのだ。それにも気付かずに自分は普段通りに父親として接してきていたのか。大統領はああ言ってはいたが、受け入れられない自分が居る。せめて、彼女たちの心の拠り所ではありたいと願っていたのだが・・・

「マリー、私はどうすればいいと思う?」

ラルフの呟きが、寂しく執務室に響き渡った。

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