第一幕/出立 [家出]第1話‐6

 計画の準備が始まって四か月後。おやっさんの的確な指示と日々作業するエンジニア達のお陰で、予定よりもかなり早く[ストレリチア]が完成した。最後の「尾翼に国章のペイントを施す」作業を見届けたアキレアは、感激のあまり泣き出して「祖父の残したものを完成させてくれてありがとう」とエンジニア一人一人に握手をしながら感謝を述べていった。同じく最後の作業に立ち会っていたラファエルは、そんな様子を「大袈裟な」と横目で見ていたが、同時にこのマメな対応こそが国内で彼女が人気である所以なのだろうと感じていた。[ストレリチア]完成してから三日後の夜。全ての人員が集められ小さな完成披露式典を行った後に、ようやく本格的に研修が始まった。最初こそは少しぎこちなかった所があったものも、この四カ月間目を皿にして資料とマニュアルを読み込んだお陰で一時間後にはスムーズに各工程や担当の作業を進められるようになった。

「素晴らしいわ!これならいつでも出発出来そうね!」

これには双子も驚き、目を輝かせながら感嘆の声を上げた。ラファエルも確かな手応えを感じ、アキレアが言っていた事は誇張なのではなく今直ぐにでも出発出来そうだと思った。それから三日周期で研修を繰り返し、[ストレリチア]での生活や作業を身体に馴染ませていった。流石に毎回全員は集められない為、部署毎に参加する週を決めて一定の人数で行う形を取った。艦長という立場から全ての研修に参加せざるを得ないラファエルは、度重なる研修によって疲労が蓄積されていったが、それでも自分の立場の重要性を理解し、なんとか食らいついていった。

しかし、本格的な研修と演習が始まって全てが順調に動き出した矢先。二か月後のとある昼下がり、例の臨時ニュースが流れた。PCでニュースを見ながら昼食を食べていたラファエルは執務室で思わず吹き出してしまったが、それでも自分達の計画が知られたわけではないとコーヒーを飲んで落ち着きを取り戻した。宇宙軍所属の乗組員達の様子を見に行ったが特に慌てた様子ものほほんとした雰囲気で昼食を楽しんでいるのが見える。計画に参加する空軍の知り合いにメールも送ってみたが、軽いジョークを交えながらこちらは大丈夫だと返事が帰ってきた。このニュースによって計画に支障が出ることはない。ラファエルはそう思っていた。だが、それを見てあまり平静を保てない人物がいた。その夜、各部署のトップは急遽格納庫に呼び出しを受けた。格納庫に着いた一同を待っていたのは険しい表情をしたアキレアとオドオドした様子のリリィ、そのSp達だった。アキレアは静かに‐だが少し落ち着きがなく‐計画の前倒しを宣言した。出発は一か月後。突然の前倒しに呼び出された一同は困惑する。「この程度のニュースで我々の計画が露呈しないはずだ!」と抗議の声を上げる者もいる。アキレアは静かに口を開いた。

「あの〝存在〟が世間に知られた以上、各国の機関が興味を持ち始めるのは目に見えています。今、動きはありませんが[UNSDB]が調査に乗り出すのも時間の問題です。ですから私達はその全てに先手を打ち、一刻も早く宇宙に出なければなりません。」

アキレアは続ける。

「我儘なのは分かっています。ですが、この計画には技州国の未来が懸かっているのです。ですから皆様、何卒ご協力の程宜しくお願いします。」

頭を下げるアキレア。アキレアの態度に抗議の声も止み、格納庫は静まり返った。ラファエルは大きく息を吐く。

「分かりました。最善を尽くしてみます。幸い、私目から見て乗組員の練度も大分上がっていますし、後は物資の搬入を行うだけで宇宙に上がれるでしょう。だから頭を上げてください。」

ラファエルは安心させるように笑顔で頭を上げる事を促す。その笑顔を見たアキレアはさらに申し訳なくなり、再び大きく頭を下げた。


ピーピーピー、ピーピーピー

ラファエルは鬱陶しそうにデスクの赤く点滅するボタンを見る。外部から連絡が来ている。ラファエルは乱暴にそのボタンを押した。空中ディスプレイに長髪の整った仏頂面・・・アキレアとリリィ専属のSPの顔が映し出された。ヘリのローター音も聞こえてくる。

「艦長。すまない、緊急事態だ。」

緊急事態と口では言ってはいるものも、表情を一つ変えないSP。緊迫感の欠片も感じられない表情にラファエルは溜息を吐きつつ「何ですか?」と答える。

「落ち着いて聞いてくれ。原因は不明だが、我々の計画が国家元首に露呈した。」

「何ぃ!?」

SPの発言に大声を上げつつラファエルは前のめりになる。

‐あんた等ご自慢の情報局が何とかしてるんじゃなかったのか?‐

スタッフ達も不安そうにラファエルとSPのやり取りを伺っている。SPは眉一つ動かさず淡々と続ける。

「現在、ハイスクールからアキレア様とリリィ様をお連れしてヘリでそちらに向かっている。国家元首は対応として、査察部隊、という名の暴徒鎮圧用の部隊を投入する予定だそうだ。情報局も時間稼ぎをしているが・・・精々一時間半程度ぐらいだろう。」

それを聞いたラファエルは力なく椅子に座りこんだ。後一時間半後には暴徒鎮圧部隊が到着し、格納庫内に居る全員が捕縛される。切迫した状況にラファエルは逆に笑えてきた。

「故に艦長。後一時間ぐらいには出発できるよう準備を整えてくれ。先んじて[パペット]全機は輸送機で送っておいた。間もなく到着するはずだ。」

‐はぁ?何を言っているんだ‐

ラファエルは目を見開く。

「この三週間、脱出用のシャトルを含めて殆どの物資は搬入し終わっているとの報告がある。それと、今格納庫内に居る人員でも計画には一切支障は出ないはずだ。」

SPが言っていることは本当だった。今日で物資の殆どが搬入し終え、後は一週間後に[パペット]達を積み込むだけで全ての準備が完了する。人も、今居る人員なら問題なく[ストレリチア]を動かせ、計画の実行に支障は出ないだろう。しかし・・・

「承諾しかねますな。各部のチェックもまだ十全に済んでいない。乗組員の命を守るのが艦長の役目ですので。」

「では、捕まるか?」

SPの冷酷な一言がラファエルの胸に突き刺さる。

‐んな事は解っているんだよ・・・‐

ラファエルは音が出る程歯を食いしばり、ディスプレイのSPを睨みつける。時間が無いのは分かる。だが、航行中にチェック不足で事故が発生し、死人が出たら一体誰が責任を取るんだ。SPは少し息を吐き、口を開く。

「艦長、君の気持ちは良く解る。しかし時間が無いのも事実なんだ。大人しく掴まって処罰を受け、国が無くなるのを黙って見ているか。それとも多少のリスクを冒してでも国の未来を掴み取るか。答えは明白だと思うのだが。」

‐だが・・・‐

ラファエルの中で〝何か〟がブレーキを掛けていた。ラファエルはその〝何か〟は理解している。だから、これだけは絶対に譲れない。答えが出せないラファエルに、突然ディスプレイの画像が分割され、右半分におやっさんの顔が映し出された。

「少佐。艦橋のスタッフから連絡があって、すまないが話は聞かせてもらった。なぁに、[ストレリチア]は大丈夫だ。こいつはアイツが作った中で随一の完成度を誇っているよ。何か細かいトラブルがあっても直ぐに修復できる。俺が保証するさ。」

サムズアップするおやっさんの笑顔に、ラファエルは〝何か〟のつっかえが取れた様に感じた。技州国一のエンジニアが太鼓判を押すのであれば大丈夫だろう。

「分かりました。何とかしてみせますよ。」

「艦長、有り難う。・・・施設が見えてきた。それではまた後で。」

SPとおやっさんとの通信が切れる。ラファエルは、頭を掻きむしりつつマグカップのコーヒーを一気に飲み干し、艦内通信用のボタンを押す。

「今、格納庫内に居る全乗組員。こちら、艦長のラファエル・ホープキンスだ。国家元首に我々の計画が露呈し、現在査察部隊が向かっており、後一時間半後にはこの格納庫に到着するとの情報を得た。だから我々はその前に出発準備を整え、一時間後には宇宙へ出る必要がある。もちろんアキレア様とリリィ様が合流してからだ。現在お二方はヘリでこちらに向かっており、間もなく到着するとのことだ。正直、無茶で承知なのは分かっている。だが我々は此処で立ち止まる訳にはいかない。だから、みんな協力してくれ。頼む。」

ラファエルは通信を切ると、大きく息を吐いて椅子に深く座り込んだ。

‐後は待つことしか出来ないとは、な‐

直接現地へ行き搬入を手伝いたい所だが、艦長という立場上指示を出さなければいけない為、艦の頭脳である艦橋からは離れられない。仮に手伝いに行けたとしても、各部署それぞれの動き方があり、逆に邪魔になる可能性だってある。ラファエルは歯痒さを感じつつ、目を細めてディスプレイをじっと見つめた。

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