第一幕/出立 [家出]第1話‐5

 ピーピーピー、ピーピーピー

「うおぉぉ・・・」

素っ頓狂な声を上げ、ラファエルは跳ね上がる様に起きた。ここは何処だ、と辺りを見渡す。ストレリチア艦橋。作業を行っていた艦橋のスタッフ達が不思議そうにラファエルを見ていた。ラファエルは恥ずかしそうに咳払いをし、腕時計を見る。最後に時刻を確認してから四、五分しか経っていない。そんな時間で夢を見るぐらい眠っていたとは、余程疲れているらしい。


[ストレリチア]が姿を現した後、アキレアは直ぐに格納庫内の軍人達に参加の可否を問うた。[ストレリチア]を見て周りが呆気に取られている中、最初に参加の意思を示したのはおやっさんだった。知り合いだった前国家元首の遺産。ボロボロのそれを見て思うことがあったのだろう。技州国随一のエンジニアが参加するとのことで、集められた軍属のエンジニア全員が釣られて計画に参加すると言い出した。その他も、純粋に国の為を思ったり、国内でも人気の高いアキレアとリリィの言葉をファン心理からの信奉心で信じたり、単純に「面白そうだから」と興味本位や刺激を求めたり等、様々な理由で大勢の軍人が参加を表明した。ラファエルも同じく参加を表明したが、他の軍人達とは違い、これといった理由はなかった。愛国心や信奉心、興味本位。そんなものは無く、ただ直感的に行った方が、いや行くべきなのだろうと‐ラファエル自身も不思議に‐感じただけだった。結局帰って行ったのは二十人位で、アキレアとリリィは帰って行った軍人達にも、一人一人直接お礼を言って見送った。その後、ミハイルが各参加者の端末に計画の更なる詳細な情報とスケジュールのファイルを送信し、地上まで直通の物資運搬用エレベーターを起動させて解散となった。車内にて、帰路へ着く前にラファエルは教えられたパスワードを入力し、ファイルを開いてスケジュールを確認した。スケジュールには一年後には計画を実行に移す事が明記されており、明日には担当部署への配属通知が、各々の仕事で使用している端末に送信されるらしい。「どうせ宇宙軍所属だからと宇宙航行のアドバイザーかなんかだろう」と思いつつラファエルは自宅へと車を走らせる。次の日となり、ラファエルの執務室のPCに届いていたのは、[ストレリチア]の艦長への任命書だった。ラファエルは驚きと疑問で眉間に皺を寄せながら書面を確認すると、宇宙軍少佐の〝肩書〟と〝親族〟〝経歴〟が理由と記載されている。

「俺の過去まで漁ってやがるのか。」

皺が刻まれていた眉間にさらに皺が刻まれ、憤りを感じながらも、国家元首のご息女の命令という圧力、そして立場的なものと経験から適任者が自分しか居なかったと推測し、苦虫を嚙み潰したような表情で仕方なく受諾のサインをし、通常の業務と並行して計画への準備の日々が始まった。

[ストレリチア]がある程度形になるまでは本格的な研修は行えず、それまでの間は簡単な書類の確認と、[ストレリチア]の性能と機能を把握する為のマニュアルを読む程度の事しか出来なかった。一応艦長には、定期的に施設地下格納庫内で[ストレリチア]の修復・開発作業の視察、それと各部署のトップとアキレア、リリィを交えての会議があるが、それも宇宙軍基地から施設へ向かう時間よりもはるかに短く、二、三十分で終わってしまう。それでも、短い時間で終わると言え外の空気を吸えて気分転換になり、普段の地味な業務と左程変わらない資料やマニュアルを読み続けるよりかは遥かにマシだった。宇宙軍属なら、平常時でも割と抜け出している人も多いため、ラファエルが会議の為に外へ出ようとしても‐受付には少し珍しがられたが‐怪しむ人間も居ない。

ラファエルは会議の度に常々の疑問だった「何故ここまで動いて外部にバレないか」とアキレア達に問うていたが、アキレア達は「情報局が上手くやっている」の一点張りだった。

「キャプテン・ラファエル。貴方は打合せの度に同じことを聞いて良く飽きないのね。」

アキレアは困った様に笑いつつ、テーブルの上に載っている紅茶に口を付けた。リリィも姉を真似る様に紅茶を静かに飲み始める。格納庫の管制室。集会の時にアキレア達が出てきた部屋で、会議の時にはこの部屋を使っている。

「いえ、私は情報局の情報統制にも限度があると思いまして。流石にこの規模の人員を動かしてお父上に完全に隠しきれるのは無理があるのではないかと。あくまで私個人の所感ですがね・・・」

チラリと他の参加者を見る。出された紅茶を楽しんでいる者、資料が表示されている端末を眺めている者、退屈そうに欠伸をしている者。初めの内は同意し一緒になって問い詰めたりする人もいたが、会議を重ねる内にあまり疑問に思わなくなったのかその数もどんどん減っていき、今ではラファエル一人となってしまった。

「それはあなたが心配する事じゃないわ、キャプテン。実際ここ三カ月は上手くやっているでしょ?それで充分じゃない。」

紅茶を飲みつつ、アキレアは窓の外の格納庫を見た。ラファエルも釣られる様に格納庫に視線を移す。格納庫ではエンジニア達が餌に群がる鯉の様に[ストレリチア]のあちこちに張り付いて作業を続けていた。日頃の作業のお陰か、未完成なままだった両翼と尻尾は本物の鳥の様に大きく広がっており、あちこち剥がされていた塗装や装甲も、その名残も無く元々そうであったかの様に自然な形で仕上がっている。集会の後の三カ月間で[ストレリチア]が着実に完成へと近づいていた。

「例えお父様にバレたとしても、もう後戻りは出来ないわ。私達はやり遂げるしかない。」

「そこ!もう少し左だ!」

窓越しにエンジニア達に指示を出す大声が聞こえてくる。声の主はおやっさんだった。チーフエンジニアに任命されたおやっさんは、資料とマニュアル把握、時々打合せの割と暇なラファエルとは正反対で準備の初期段階から[ストレリチア]の修復・開発作業に携わっていた。「ただでさえ忙しいのに」と、ラファエルは心配していたが、たまに見るおやっさんの表情は童心に帰った様に楽しそうで生き生きとしており、そんな心配も吹き飛んでいった。

「流石マイスター。彼が居なければ三カ月で[ストレリチア」をここまでの状態に出来なかったでしょう。」

アキレアはテーブルに頬杖をつきながら、うっとりとした様子で作業中の[ストレリチア]を眺め始めた。

‐前国家元首の遺産・・・ねぇ・・・‐

ラファエルは目を細めて[ストレリチア]を見つめる。この大型航行艦の主な活動場所は大気圏内ではなく宇宙空間であったと最初の会議で知らされた。単独での大気圏離脱が行え、内戦や紛争が起きれは大気圏外から現地への強襲で鎮圧を行う。その他にも他国の軍事活動への圧力・監視や、[UNSDB]の宇宙観測と実験の補助も行う予定だった。もし当初の使用用途で完成していたとなれば宇宙軍の扱いが大分変り、業務の殆どが[ストレリチア]を用いたものになっていたであろう。

‐しかし・・・‐

現実ではそうはならなかった。これでは「世界は技州国のもの」と主張している様なものだ。他国から反感を買ってしまい最悪の場合全世界を敵に回して戦争が始まってしまう。例え世界と戦っても勝算はあるだろうが、前国家元首はそうは望んでおらずこの[ストレリチア]の開発を中止したのだろう。何故解体まで着手しなかったのかは謎ではあるが・・・。たらればの話と浮かんだ疑問を頭から振り払う。そして、「何事も平和が一番だ」と、冷めた紅茶に口を付けながらラファエルは思った。

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