09_#2
午前9時30分。暴人課一階、特別医務室にて、非潜伏者第一適性検査は開始された。検査は健康診断に似た内容であり、非潜伏者の身長・体重・血圧・血液・心電図・脳波をそれぞれ測定したのち、結果が出た者から個別で検査結果を言い渡されるというものだった。
「おお。お前さん、RHマイナスA型じゃないか!!」
「えっ」
会場の隅にあるパーテーションで区切られた空間に通された真実也に、診断書に目を通した白衣のベテラン医師は嬉々とした声を上げた。すぐそばで記録をつけていた看護師たちまで顔を上げ、驚いたように真実也の検査結果に顔を寄せ、嬉しそうにざわつきだす。
「あの。その血液型だと、何かあるんですか?」
真実也はその様子に理解ができないと思いつつも、担当医の表情を伺うように尋ねた。
「いやあ。俺ぁ半世紀医者をやってきてるけども、非潜伏者でマイナスの血液型って見たこと無いんだよ!非潜伏者にマイナスの血液型は存在しないって研究もあるくらいでさあ。すごいよ君!」
「そ、そうなんですか。あの、それって何か良いことがあるんですか?その、特別な力とか?」
担当医の喜びように、真実也は謎の期待が膨らむ。成人をしても、「特別」という言葉に童心がときめいた。しかし担当医含め看護師は、真実也に尋ねられると数回瞬きをしてから、当然と言わんばかりに答えた。
「いっぱい献血してほしい!」
*
「そんなに笑わなくても」
珍しく声を上げて笑う蛭間を、真実也は恥ずかしそうに目を細めて睨みつける。みちるより早く検査を終えた真実也は、検査後に通される待機所にて蛭間と合流していた。
「至って健康体というのだから、それで良かったじゃないですか」
「そ、それもそうですが。はあ、なんだか変に期待して疲れました」
「ノトさんたちへの土産話にもってこいですね」
「絶対言わないでください!」
「あっ、いたいた。なになに、なんの話ー?」
真実也の背後からひょこりと顔を出したみちるに、真実也は息を詰まらせて「なんでもない」と誤魔化した。首を傾げながら蛭間に視線を移すみちるに、蛭間は首を傾けて微笑む。
「人が多くなってきましたね。みなさん、班長から離れないように。特に真実也君」
「僕を何だと思ってるんですか」
「ハジメちゃんすぐ迷子になるじゃん。手繋いで歩いたげよっか?」
「絶対に嫌だ」
みちるが二人と合流した頃には、班員の大半が検査を終えて待機所に多く集っており、黒いスーツ姿の特殊対策班の班員たちで溢れていた。みちるは会場全体を見渡して感心したように声を上げる。
「特殊対策班員ってこんなにいるんだね」
「課内ではあまり遭遇しませんからね、そう思うのも無理はないでしょう。……ふむ、まだ時間がありますから、これを機に同期の方達とお話ししてみるのも良いかもしれませんね」
「同期の友だち欲し〜!ね、行ってきていい?」
みちるが目を輝かせるのを、蛭間は微笑んで頷いた。
「いいですよ。真実也君は迷うのでここにいなさい」
「え……」
「やった!じゃあ行ってくる〜」
真実也は、スキップをしながら上機嫌で去っていったみちると、手を振って見送る蛭間を交互に見た後に小さなため息をついた。その様子に蛭間はくすりと声を立てて笑うと、軽く腕組みをする。
「まあそう落ち込まずに。気になるのなら、私の方から紹介してあげますよ。たとえばほら、あそこ」
そう言って二本指で会場入り口付近を指さした蛭間に合わせるように、真実也は視線を移す。会場入り口前で複数人の係員と一人の警官が何やら揉めている。
「困ります、困りますって!武器は置いていってくださいっ」
「絶対に、嫌です」
凛とした声で断言した女警官はとても小柄だったため、係員に囲まれるとたちまち姿が見えなくなったが、やがて係員をかき分けながら姿を現した。これから検査を受けるのだろうか、身長150センチにも満たないほど小柄な女警官は、口を堅く結んで係員をキッと睨みつける。腰に刺している刀に気がついた真実也は思わず声を上げた。すっかり疲弊した係員と女警官の会話は続く。
「検査対象者の武器は回収する決まりなんです!検査する間だけですから……」
「刀は武士の命、肌身離すなど言語道断!そんなに奪いたいのなら、力づくで奪って来てください。この剣馬 畔、剣馬家の名にかけて、全力で抵抗いたしましょう」
「面倒くさい!ああもう頼みますから!」
「刀を武器として使う班は一つしか存在しないので、あの班は覚えやすいでしょう」
「それより、あの状況は大丈夫なんでしょうか」
今にも襲いかかりそうな雰囲気に狼狽しながら言う真実也とは対照的に、蛭間は余裕を見せていた。女警官・剣馬が柄を握る手に力を込めたその時。「何をしている」と男の声が空間を裂くように響いた。剣馬は驚く速さで声の主の方を振り返れば、ちょうど良かった、とばかりに蛭間は体を真実也の方に傾けて言った。
「赤金班 班長、
剣馬と名乗る女警官に向かって堂々と歩み寄ったのは、黒いスーツ姿の男だった。年齢はおそらく三十代、やり手のサラリーマンのような風貌でありながらも、腰に差している黒い柄の刀の存在で異様な雰囲気を醸している。赤金と呼ばれた男警官は柄に手を添える剣馬を見るなり眉間に皺を寄せると、神経質そうに中指で黒縁メガネのブリッジ部分を押し上げた。剣馬は慌てて赤金に向き直ると、直立になり"気をつけ"の姿勢をとった。
「見てわかる通り、彼らは刀を使って暴人を"解放"します。班員は剣術に優れている者が集っているイメージですね」
「な、なるほど」
班長・赤金につまみ上げられ、たちまち子犬のように情けない顔をする女警官を真実也は不思議そうに見やった。「剣馬 畔」。覚えておこう……真実也は心の中でそう呟いた。
「蛭間、要っ!!!」
「おっと」
突如として聞こえてきた、その場の空気が震えるような野太い声に真実也は振り返った。短く声を上げる蛭間の肩を掴む大きな手が目に入ったかと思うと、黒いスーツ姿の大柄な男が鬼の形相で佇んでいた。真実也がその迫力に言葉を失っていると、蛭間は地鳴りが聞こえてきそうなほど厳しい表情の男に構うことなく微笑みかける。
「ああ、百目鬼君じゃないですか。真実也君、彼は百目鬼班 班長の
「貴様ァ、嘘をついたな」
大柄な男は凄まじい剣幕で蛭間に一歩歩み寄ると、スマートフォンの画面を蛭間の目の前に突き出した。蛭間は変わらず、目を細めて余裕そうに微笑んでいる。
「頑張れと応援しながら百回撫でても、進化しなかったぞ!!」
「……へ?」
なんのことだろう、真実也は蛭間の背中越しに彼のスマートフォンを盗み見すると、スマートフォンの画面には卵から孵ったモンスターを育てるという、今流行りの育成ゲームアプリの画面が映し出されていた。画面中央には、まだ赤ん坊と思われる小さい生き物がよちよちと佇んでいる。真実也は目を疑うように、数回瞬きをした。わざとらしく顎に手を添えて、蛭間は答える。
「おかしいですねえ。百回ではなく千回だったかな」
「出鱈目を言うな、もう騙されん」
「まあまあ班長!もうその辺で」
申し訳ないです、と会釈をしながら今にも掴みかかりそうな百目鬼班班長、百目鬼徳馬を制するように間に入ってきたのは、真実也と同年代ほどの青年だった。青年は蛭間と真実也を見るなり、申し訳なさそうに眉を下げて苦笑いをした。左目の泣きぼくろが特徴的な、感じの良さそうな青年である。
「蛭間特殊対策班の、蛭間班長ですよね?突然すみません。班長、今このゲームにハマっていて……」
「慣れているので大丈夫ですよ。君は確か……百目鬼班の期待の新人君だね」
蛭間にそう言われると、青年は照れたように頭の後ろをかいた。
「
「百目鬼班、暑苦しくて敵わないでしょう。嫌になったらいつでも歓迎しますよ」
「うちの部下を勝手に引き抜くなっ」
犬猿の仲というべきか、むしろ仲が良いのか。蛭間と百目鬼は再び口論を始める。二人の班長の後ろで、その様子に呆気に取られている真実也と、ため息をつく波瀬とが互いに目を合わせると、波瀬の方から微笑んで歩み寄り、手を差し出した。
「君、名前は?同期に会えるのって、捜査かここくらいしか無いからさ。同期同士、仲良くしてくれたら嬉しい」
「真実也 基。こちらこそ」
「うん、よろしく」
面と向かってそのようなことを言われる経験はあまり無いため、真実也は少したどたどしく返答をしながら波瀬と握手を交わした。ぎゅっ、と力を込めて、上下に振られる。波瀬 蒼は一切嫌味のない、爽やかな笑みを真実也に向けた。キラキラと音がしそうなオーラに、真実也は眩しそうに目を細めた。
*
「人がゴミのようにいる〜!!」
「一七子ちゃん!走ったら危ないよ!他の人にも迷惑かかっちゃうし……」
同時刻、非潜伏者第一適性検査会場。安田特殊対策班は受付でチェックを済ませた後、会場に足を運んだ。受付を済ませた者はロープで区切られた道を通り、奥の部屋で検査を行う。すでに検査を終えた特殊対策班員は会場中央で待機している。艶やかな黒髪を靡かせて跳ね回る新米警官・能木一七子に一歩遅れて、新米・
「疎井ィ、てめぇクソも分かってねぇな。そんなマトモな注意の仕方であいつが言うこと聞くわけねえだろ」
「ええっ、そんなぁ……じゃあどうしろって言うんですか」
情けなく間延びした声で助けを求める疎井に応えるように、安田はいつもより声を張って「能木ィ」と名前を呼んだ。安田の声に反応した能木は、ぎょろりとした赤い瞳を安田に向けて振り返る。
「転ぶとな、死ぬぞ」
「え」
そんなバカな……疎井は肩を落として安田を見た。
「安田さん、流石にそれは」
「やだ……」
「えぇ……」
能木に視線を向けると、能木の表情は恐怖一色に染まり、借りてきた猫のようにパタリと大人しくなった。
「ついてこい」
能木を追い越して歩き出す安田と、いそいそとそれについて行く能木の背中を、新人・疎井は「わからない……」と力なく言い放って眺めるのであった。
*
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