電球の無い町

銀河星二号

電球の無い町

「もうすぐ見えるわ」


 その声で僕は目を覚ました。アイマスクを外す。まだ酔っ払った感覚がある。


「……ああ、もうそんな時間か」


 窓の外には異様な光景が広がっていた。渦巻く光の帯である。最も、見慣れた光景なので、驚きはしない。周りの乗客も同様だ。


 やがて光の帯はそれぞれ収束し、形を成すようになった。進行方向に1つの惑星が見えて来た。僕らは窓からそれを覗き込んだ。



 時代が変わって、人類は惑星間、いや恒星間の移動が可能になった。


 更には量子もつれを応用した、恒星間通信も可能になり、人類はついに文字通りどこでも仕事が出来るようになった。


 住所という概念は希薄になり、ただ単に個人に連絡をつけるというのが、普通になって来ていた。


 そんな時代のある時、僕ら夫婦は家の狭さに喘いでいた。そこで、安く生活できる場所を探した。それは地球では無く、アルファケンタウリ星系に見つかった。日本人街の中古の一軒家。なぜか昭和頃の建築様式の物件だった。


 中古と言っても、それほど古いものでは無く、前居住者が、単に他へ引っ越したものだった。僕らは即決した。


 引っ越しはクマさんマークの恒星間引っ越しロケットに頼んだ。僕らは先にSALのロケットでこの星までやって来たのだ。


「荷物はこれで全部でしょうか?」


 引っ越し業者から渡されたチェック項目をタブレットで確認する。荷物には電子タグがつけられていて紛失の心配は無い。


「大丈夫そうです」

「それではこれで失礼します」


 業者はそう言って去って行った。


「あなた、ちょっとこれ見て」

「ん?」


 妻に呼ばれて行ってみると、部屋の真ん中で彼女は上を見上げて立っていた。天井を指差している。


「電気がついていないの」


 妻が言っているのは正しくは「照明器具に電球が付いて無い」と言う意味だ。確かに無かった。昭和風の照明器具の電球ソケットがぽっかりと口を開けている。


「前の入居者がもってっちゃったのかな?」

「ひどーい」


 妻は口を尖らしている。


 確かに電球を抜いて持って行くと言うのはなかなか聞かない。例えそれが個人んで購入したものであってもだ。何かの手違いだろうか?


「まあ、後から僕が買ってくるから」

「あ、買い物出るの?じゃあね……」


 そこからは30分ほどあーでもないこーでもない何が足りないと言う会話が続いた。結局二人で出かけることになった。


 町は不思議な光景であった。日本の田舎のような町並みが道路沿いに立っているのである。それなのに、空には見知らぬ輪のかかった惑星が見えている。それを見てようやく遠い星に来たのだなと納得した。


 外を見ずにタブレット端末の中を見ている分には、いつものように新製品ニュースの記事が流れ、SNSではいつものように何を食べたとかが流れいるのである。そこに現実は無かった。現実はこの光景である。


「不思議な光景ねぇ」

「なんでも昭和の日本の町を模したらしいよ。建築材料とかも似せてあるらしい」

「ウチの田舎に似てるのよね」


 少し車を走らせると、電気屋が見えて来た。町の電気屋といった風情である。「アラソニック特約店」とか「親切丁寧なあなたの町の電気店」とか書いてある。あまりに似ているので少し笑った。


 僕らはそこに車を止めた。


「僕が行ってくるよ。待ってて」

「分かったわ」


 店に入ると、眼鏡をかけたおじさんが一人新聞を読んでいた。


「いらっしゃい」

「あの……電球を探しているのですが……」

「……電球?ああ、イミテーションのやつ?」

「イミテーション?」

「あれはウチじゃ置いていないよ。家具屋にでも行って貰わないと」

「電球……無いんですか?」

「無いよ。需要が無いからね。最も付いていないと気持ちが悪いと言う人はいるね。それでイミテーションなのさ」

「需要が無い?」


 おじさんは銀縁のメガネを少し傾けて僕を覗き、こう言った。


「ああ、もしや今日の便でやって来た?地球からの?」

「ええ、そうです」

「そうか。じゃー、んーと……」


 おじさんは腕時計を覗き、こう言った。


「もうすぐ夕刻だ。じきに分かるよ」

「はあ……」


 よく分からないが、無いと言うならしょうが無い。僕はそのまま店を出た。車に戻ると、僕は妻に告げた。


「電球無かった」

「えっ!」

「需要が無いらしくてね……そのうち分かると言われたが」

「えーっ、どうすんのよ!真っ暗じゃない!」

「んー、キャンプ用のランタンがあったと思う。とりあえずあれでいいだろ。それに……」

「それに?」

「そのうち分かると言われたのが気になる。まあ、暗ければ寝てしまえばいいじゃないか」


 妻は不満そうであったが、僕はそのまま車を走らせた。途中、見つけたいくつかの店にも寄ってみたが、返答はほぼ同じだった。


 しばらく後、僕らは自宅へと辿り着いた。ちょうど夕刻だった。


「そうだな、少し空を見ていよう」

「いいけれど……」


 空にある太陽、名前は何と言ったか忘れたが、ここの太陽が沈んで行く。マジックアワーはこの星でも同じらしく、空が七色に染まって行く。美しい光景だ。


 僕と妻はそれをしばらく見ていた。


「綺麗ね……」

「そうだね……」


 何となくロマンチックな気持ちになった瞬間、僕はある事に気が付いた。反対側の空が明るいのだ。


 そして僕は、昇ってきた2つ目の太陽を見て、おじさんの言っていたことを理解し、ニヤリとしてしまった。そう言うことか。


 なるほど、この惑星には夜があまり無いようだ。


 丁度、やって来たSALのロケットが、轟音を上げて空へ上り、帰路につくところだった。







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