ミツハ(番外編)



それは、琥珀が体育倉庫で女たちに囲まれた、その放課後こと。


咲さんたちが現れ、琥珀が抱きしめられてぎゅっとされていた一方で。




「ちょっと黙ってろ」




そいつは突然教室へ乗り込んできて、クラスメイトに見せつけるかのように、私の前へと現れると


周りに見せつけるように、私の首を唇で撫でた。





この、クソヤンキーが。














いおりは小学校の頃、近所に住んでいた。


学校も登校班も一緒で、趣味も似通っていた。




「みつはー、俺描いて」


「……今度はなんのポーズしたくなったわけ?」


「シャチホコ」




そう言って早めの中二病を発症していたいおは、家に入ってきて畳にスライディングうつ伏せしてきた。


そのまま背中を逸らしたポーズを見せ付ける。




うわ、足の裏くっろ。




「靴下脱いでってば」


「えー」


「足の裏黒い!どうやったらそんなに黒くなるの!」


「サッカーしてただけだぜ?」




そのサッカーで明らかに砂まみれになったんじゃない!!


ぽいぽいっと靴下を雑に脱いで再びうつ伏せで寝転ぶいおに、私はペンと画用紙を用意して彼を描き始める。




そのポーズのまま何分耐えられるか見物ね。





「まだ?」




苦しそうないおの声に、限界を悟るけれど。




「まだ」


「ヴッ」


「反りすぎなんじゃない?」


「はやぐ描け……」


「命令ばっかじゃ女の子に嫌われるんだからね」




小学生でスケッチもそこまで早くうまく描けるはずもなく、急いで描いたいおは、雑になった。


けれど、いおは文句を言わない。


これが練習の積み重ねだとお互いに解っているから。




「自分じゃどうなってんのかわかんねぇ」


「めちゃくちゃ描きにくかったわ」


「ちょっとお前もしてみろよ」


「嫌よ、バカじゃないの?」




その代わり私は頭にペットボトルを乗せられて、膝立ちさせられたポーズを描かれた。なぜ。




「ちょっと、胸盛るなし!!」


「いーじゃん、今すんげぇ姉ちゃんの出てくる漫画描きてぇんだよ」


「少なくとも私よりもっと参考にする人いるでしょ」


「漫画描いてんのなんて話したくねーのに、すんげぇ姉ちゃん描きたいだなんて言ってみろ?」


「ただの変態じゃない」


「俺をただの変態にさすんじゃねぇ」


「間違ってはないけどね」










そんないおとは、小学校の卒業式以来、高校に入るまで会っていなくて。


入学式にすごく目立つオレンジ頭の奴がいるなぁと思っていたら、それが自分のよく知る奴だった時の衝撃やら、他人のフリしたさやらの気持ちは忘れられない。




「あ、いた。ミツハ」


「……人違いです」


「いや、お前ミツハだわ。ミツハでしかねぇわ。変わってねぇな」


「人違──ちょ、腕引っ張らないでよクソヤンキーが」


「相変わらずくっそ口悪ぃ」


「誰のせいよ」




以前のような口喧嘩、本気じゃない戯れ。


でも、変わっていたことがあったのは──。




「誰のせいなんだろうなぁ?」




鮮やかなオレンジ頭でピアスジャラジャラなヤンキーになっていて、背が伸びて、ガタイが良くなっていて……。




「ちょっと、描かせなさいよ」




思わず、誘ってしまっていたのは私。




「奇遇だな?俺にも描かせろよ」








「ていうか、なんか私がいるって知ってたの?」


「なにが」


「第一声がまるで私のこと探してたみたいだったから」




軽くそう尋ねたのに、いおからの返事が止まって、スケッチブックを見ていた顔を上げる。


じっと見つめてくる瞳と視線が交差するけれど、それが私を見ているのか、ポーズとして視線まで固定しているのか、わからなくなった。




「探してたっつったら?」


「何百人もいるのに?どうやってよ」


「俺、中学ん時から仲間出来たんだわ」


「その仲間が探してくれたっていうの?」


「つーか、ミツハのこと知ってる奴から聞いた」


「ストーカーかよ」




変わらない軽口を叩き合う。


それにしても、友達じゃなくて仲間が出来たって所がなんというか……。


見た目の変わりようからも察するところがあるけど、中学で相当荒れてたんじゃないか?と思える。


絵は続けてるのかしら?




久しぶりに会うからって、何か話すことがあるわけでもなく、私はただ、あの頃より上達した腕でサクサク彼を描いていた。


誰も来ない静かな空き教室の中、聞こえるのは鉛筆と画用紙が擦れる音。






「なー、ミツハ」


「なに」


「命令する男は嫌いか?」


「なんの話?」


「お前が昔言ってた」


「覚えてないわ」




けれど、少しだけ覚えていることがある。


アレをする男はモテないとか、嫌われるだとか、なんか言っていたような覚えがあるから。


けれど小学生の頃の記憶なんてうっすらとしか覚えていない。




「強引な男は嫌いか?」


「さっきから何?」


「お前はどうなのかと思って」




すぐに描き終えるそれを少し眺めて、それから私は考えるけれど。




「……人によるんじゃない?」




自分だって多少強引な所もあるしだし、命令するのだ。


これを嫌ってしまったら自分を全否定することになる。


生意気だという自覚は一応、あるのだから。




「人による、か」


「人のこと言えないからね。まぁ私より弱いのはごめんだろうけど」




ふぅ、と一息つく。


すぐ諦めたり放棄したり卑下したり、そういう弱い人って苦手なのよ私。




手を止めて見上げると、いつの間にポーズをやめて立っていたのか、いおが私のすぐ前に立っていた。




「強ぇ奴ならいーのかよ?」


「……心がね」


「へぇ。どうなんだろうなァ」




なにが……と言いたかった唇に近付いてくるいおの顔。


何する気だ……と固まっていれば、迷いなく塞がれる唇。


呼吸が、止まった。




「……ん!?」




しかも長くて、調子に乗ったいおは唇をはむはむ、動かしてくる。


ちょ、まってなに急に!?


そう思い頭を引こうとするも、首の裏に回った手に逃げ場を無くされる。




ていうかこいつまさか、こういうのに慣れてない?


「ちょ……」と抗議の声をあげようとすれば、隙間から彼が入ってくる始末。


もう、やりたい放題じゃないの!!




いおの体勢を崩そうとその腕に手を回そうとした所で、唇が離れた。




「悪ぃ、我慢できなかった」




両手を上げて離れるいおに、私はそれ以上なにも出来ない。


先に外されては、抵抗の意味が無くなる。




というか、なんで少し受け入れちゃってたの私?


舌噛むなりなんなり、いくらでも出来たのに。




頭が熱い、息が上がってる、呼吸を止めてしまっていた。


そして、そのモヤっとした胸の陰りを消すように。




「アンタ……女に慣れすぎ」




最低、最低、最っっっ低!!


中学の頃に散々していたのか、それとも現在進行形なのか。


私相手に正面から堂々と来るなんて思っていなくて驚いたけれど、この男は誰にでもあんなことをするんだろうか?




気付けば、私は逃げ出していた。


ショックを受けている、けど何に対して?


なんで避けられたものが避けられなかったの?


なんで痛めつけたくないと思ってしまったの?


なんで……遊んでいる奴なのかと思ったら、こんなに胸が痛むの?




わからなくて、わからなくて、逃げ出して。




そして再会の時まで、逃げ続けた。






琥珀と一緒に保健室にいる、散々逃げてきたあのオレンジ頭を見つけて。




「……ん?は?」




私は信じたくなくて、目を細めたのだった。





ミツハ / end.

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