巨鳥の翼2

 窓の外はだいだい色だった。この飛行機は夕方の便で、雲の上を飛んでいるから当然だが。

 と、また閃光が眼を貫いた。

 何だ。翼に落雷か、と思った瞬間、また閃光。

 俺は瞠目どうもくする。

 主翼の上に、なんと人間が、それも二人も立っていた。

 混乱である。何だ? これは。知らない間に飛行機が着陸したのか?

 いや、そんなはずはない。轟々ごうごうと響いているエンジン音が、この飛行機がいまだ雲海うんかいの上を飛行中であることを物語っている。

 ということはつまり、飛んでいる飛行機の主翼の上に、生きた人間が立っているということか?

 いやいやいや違うだろう。

 ここはおそらく上空一万メートル以上。そんな空気の薄い場所で、しかもびょうびょうと大気を切り裂いて飛ぶ翼の上で、人間が立っていられるわけはない。

 また光。俺はさらに驚く。閃光の正体がわかったからだ。

 二つの影が、ぎりぎり眼にとらえられるくらいの物凄ものすさまじい速さで翼の上を疾駆しっくしていた。影は近づき、すれ違い、接触し、離れてはまた近づく、という行動を繰り返していた。

 間違いない。人間だ。人間が疾風迅雷しっぷうじんらいのごとくにぶつかり合いを演じている。

 閃光は、両者が手に持った刃物がぶつかり合うときに散る火花であったのだ。

 片方は時代劇に出てくるような侍装束さむらいしょうぞく、もう片方は山賊のような襤褸ぼろの身なりだ。

 何だろう。これは。たちの悪いジョークか?

 俺はそっと機内を見渡す。

 窓外に眼を向けている者はいない。珊瑚と花連は相変わらずじゃれている。窓際の席の者は俺以外すべて窓を閉め、てんで気ままな恰好で、愚にもつかない沖縄旅行の末に疲労した身体をシートの上に放っている。

 再び主翼を見る。相変わらず過酷なシチュエーションをものともせず、二つの影が剣戟けんげきをつづけていた。

 二人が立ち止まった。

 ふと侍と、視線が合ったような気がした。眼は炯々けいけいと光り、ライフル銃の弾丸のごとく一直線に俺の瞳を射た。


 疲れているんだ。俺は。

 唇を動かさずに独りごちると、そっと窓を閉めた。

 完全に閉め切る直前、一際ひときわ強い閃光が窓外から眼を射た。

 正直これは身体がびくつく程の威力いりょくを感じたが、問答無用に閉め切った。

 そもそも光は眩しいものであって、威力を感じるものではない。光にもエネルギーは存在することは知られているが、それは日常と別の物理領域のことである。

 少なくとも飛行中の機外から当たる鬼火のごとき、存在不明瞭そんざいふめいりょうな光源には適用すべき表現ではない。

 それもこれも、疲労の極にあるためだ。俺の日常を破壊する愚劣ぐれつな旅行と、それにまつわる諸々もろもろの付き合いが、神経を昂ぶらせたのだ。

 幻は、なかったことにするに限る。

 ことさらに騒ぎ、われ心霊現象を発見せりと騒ぎ立てるのは、都市伝説やオカルトを趣味にしない、科学の信奉者である俺にとって行動規範に著しく反する行為だ。

 まだつづいている珊瑚たちの嬌声きょうせいを聞きつつ、俺はゆっくりと眼を閉じた。

 他の連中のごとく眠り呆けたのではない。

 ただ瞼を閉じたのだ。

 それだけだ。

 決して、何かになろうなどと、思ったわけでは、なかった。

 特に、猫の姿になんて。

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