第67話 フォロースルー

 先物が上髭をつけて終わった翌営業日からは、価格は小動きで殆ど変わらなかった。

 これはマクシミリアンとゲオルグが意図的に作り出した値動きだからである。

 二人はこの日から金融商品取引所にはいかず、それぞれのヨーナス紹介で注文を出していた。


 マクシミリアンはチャートから目を離さずにヨーナスに話しかける。


「サイドウェイムーブメントになるといいね」


「なんですかそれは?」


 初めて聞く単語にヨーナスは首を捻った。

 そんなヨーナスのためにマクシミリアンが説明する。


「サイドウェイムーブメントっていうのは価格が動かない日が継続して、ある日買い方が売りに耐えられずに大きく下げる値動きの事だよ。ちょうど今僕が細かく売っているのはそういう下げやすいチャートを作っているからなんだ」


「さようでございますか」


 サイドウェイムーブメントとはウィリアム・ディルバート・ギャンの名付けたチャートの形だ。

 内容はマクシミリアンの説明の通りである。

 これの利点としては、売り方は値を崩さずに高いところで売ることが出来るというものだ。

 あまり下値を叩いてしまうと、ちょっとしたきっかけで値上がりしたときに、買い戻しをしなくてはならない状況になってしまう。

 なので、値を崩さないような売り方をしているのだ。


 そして、一方のゲオルグも細かく買って小麦価格を支えていた。

 小幅な値動きながら下がると買いが入って少し上昇することから、ゲオルグに提灯をつける相場師も多かった。


「フォロースルーを作れば買いに勢いがつく。そろそろ頃合いか」


 そう独り言ちる。

 フォロースルーとはウィリアム・オニールの提唱したテクニカルで、直近高値やレジスタンスラインを超えたことで上昇する勢いが出たと判断するものだ。

 これも大父マクシミリアンが地球のテクニカル知識をフィエルテ王国に持ち込んだものである。

 そして、ローエンシュタイン家が長く相場で活躍するにつれて、次第に独占していたテクニカルも知れ渡るようになってしまった。

 その一つがこのフォロースルーである。

 他にはヘッドアンドショルダーなどもある。

 マクシミリアンが狙うサイドウェイムーブメントはまだ知られてはいない。

 ゲオルグが敢えてフォロースルーの形を狙ったのは、知られているが故に提灯が付きやすいというのを利用しようとしてのことだ。

 みんなが知っているからこそ、チャートとしての再現性が高くなる。

 チャートには予言の成就のような性質があり、このチャートの形は上がるとみんなが思えば、当然みんなが買いを入れてくるので本当に価格が上昇する。

 ゲオルグの狙いはそこにあった。


 数日価格が動かない状況が続いたので、頃合いとしては十分である。

 上値抵抗線の演出は終わっており、あとはそれを自分の買い注文で突破するだけだ。


「ヨーナス、買い注文を入れて42,300マルクを超えさせろ」


「わかりました」


 ヨーナス・M・七世はゲオルグの指示に従って注文を出した。

 直近の高値を結んだレジスタンスラインは42,300マルクにあり、それを打ち破ろうというのである。

 勿論、毎回42,300マルク付近まで価格が上がってくると、それを叩いて押し戻していたのはマクシミリアンであり、チャートがそうなるようにコントロールしていたのである。

 毎回そこで下がるので、今も当然そこにはまた下がるだろうと期待した売り方の売り注文が置いてある。

 それを一気に約定させて、更に買い上がった。


 それを見て今まで様子見をしていた投資家達の買いが殺到する。

 こうなってしまうと売り方は買い戻しをする。

 それで余計に価格は上昇した。

 終値で44,100マルクをつける。

 この日の大きな陽線は誰もが小麦価格が再び上昇に転じると思った。

 マクシミリアンを除いては、となるのだが。


 マクシミリアンは場が引けると、ヨーナスと明日の予定を打ち合わせる。

 フォロースルーの形になったので、ヨーナスとクリストフは心配していたのだが、マクシミリアンには焦った様子は見られなかった。


「ヨーナス、このチャートの形を見てどう思う?」


 マクシミリアンは意地悪そうに笑って訊いた。


「買いの形ですから、明日以降も上昇していくと思いますが」


「そうだね。誰もがそうやって考えたろうね。クリストフ、この状況で買い方は今日利食いしたと思う?それとも持ち越しかな?」


 マクシミリアンは今度はクリストフに質問した。


「持ち越します。明日以降の値上がりが見込めるのであれば、今日手仕舞いする理由がありません」


「そうだよね。誰もがそう思うだろうし、上髭が無いんだから、利食い売りなんて出てこなかったんだろうね。日中足だって上げっぱなしだよ」


 マクシミリアンは人指指を動かして今日の値動きを再現した。


「でもね、これが明日42,300よりも下から始まったらどうかな?持ち越した投資家はみんな含み損になるよね。特に巨大な買い注文を出してたとしたら追証だってあるかも知れない」


 ここでふたりはマクシミリアンの狙いに気づいた。

 天井をつけて下がった金融商品が、フォロースルーとなれば再び上昇していくが、失敗したときはさらなる下げの合図となる。

 これは秘伝の書に書いてあったものだ。

 騙しとも呼ばれ、フォロースルーだと思って買った投資家のポジションが、しばらくすると含み損に変わってしまうのだ。

 それを元に、マクシミリアンはフォロースルーとなった時の対策を考えていたのだった。


「明日は売り注文を寄り付きから41,000付近でだしますか?」


 とヨーナスが訊ねた。

 マクシミリアンはうなずく。


「ただし、現物をね。10万トンを一気に売りに出す。買い方は慌てるだろうね」


 それを聞いたクリストフは笑いだした。


「自分が買い方であれば、急いで売り注文を出しますよ」


「だよねえ。現物と先物の同時の売りをゲオルグが支えきれるかだね」


 マクシミリアンは獲物を罠に追い込む狩人のように、ゲオルグを確実に損する方へと誘導していた。

 サイドウェイムーブメントでもよかったし、その罠を避けられてしまえば次はフォロースルーの失敗が用意してあった。

 特に、フォロースルーには健全なファンダメンタルズがあればこそなのだが、今の小麦価格にはそんなものは無い。

 結局の所、ゲオルグが取るべき最良の選択は、小麦の買い占めをやめることであったが、それはマクシミリアン自らを囮の餌として目の前にぶら下げたことで無くなった。

 ゲオルグはマクシミリアンを手に入れようとした時点で、相場からの撤退という選択肢を消してしまったのだ。


 ふとマクシミリアンがヨーナスを見ると、うっとりとした目で自分を見ていることに気づいた。


「ヨーナス、どうしたの?」


 ヨーナスはそう訊ねられると、少し慌てた様子を見せた。


「いや、うちの初代会頭のヨーナスが自分の日記で、大父マクシミリアン様の相場は全てが計算されていて、始まったときには勝利が見えていると書いていたのですが、今私が見ているマクシミリアン様も同じだなと思いまして」


「買いかぶり過ぎだよ。僕は大父様がやったことを知っているからそれを参考にできているだけで、なにもない所から考えついた大父様の足元にも及ばないよ」


 マクシミリアンはそう言ったが、大父マクシミリアンもまた、地球での過去の相場を知っていたから出来ただけであった。

 彼が転生者であることはだれも知らないので、全てを自分で考え出したように伝わっているが、事実ではなかった。


「あと数営業日で決着だよ。大父様に褒められるような相場にしようじゃないか」


 マクシミリアンの言葉にヨーナスとクリストフは頷いた。

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