第55話 大叔母

 僕は教会の支持を取り付けた。

 マルガレータは上場企業をいくつも経営しており、財閥を形成して莫大な資金力をほこっている。

 それと戦うためには、なんと言っても資金力だ。

 ヴァルハラ教は大父様に相場で負けてからは、財政が火の車に陥ったが、流石にそれから二百年もの時が流れているので、今では信者からの浄財と教団所有の領地からの収入で財政は立ち直っていた。

 これでも正直足りないところだが、あとはどうにかしてかき集めるしかない。

 教会であんな辱めを受けて、それでもお金が足りないとか泣きたくなるな。


 さて、小麦の買い占めを売り崩すためにもお金がいる。

 海外からの輸入に莫大な金をつぎ込んだため、先物の売りは大きな玉を建てることができなくなった。

 教会の支援でも1000億マルク程度、あとは自分たちが提灯つけるならつけると言われている。

 ヨーナス商会からお金を借りる事もできるが、資金力の底を見せたら食い物にされそうだし、どうするか悩みどころだな。


 こんな時、大父様の書いた秘伝の書では、別の相場を仕掛けて資金を作れとあった。

 資金が少ないなら、商品よりも小型株の買い占めをするようにとある。

 資本金、時価総額の小さい銘柄を買い占めて、高値で売り抜けることで資金を増やすようにとあるので、早速それを実行することにする。

 狙うのはマルガレータ財閥の会社で比較的小さいところに決めた。

 が、自分だけではどうにもできないので、ブリュンヒルデ大叔母様に相談を持ちかけることにした。

 大叔母様は現在王都に滞在しているので、すぐに相談は出来る。

 シェーレンベルク家の屋敷を訪れて、助力をお願いすることにした。


「いらっしゃい。当主には慣れたかしら?」


 今年45歳になるが、未だに艶のある金髪は10歳以上も若く見させる。

 目つきは少しキツイが大母様の肖像画にそっくりであり、本人もそれが自慢なのだ。

 フィエルテ王国において、今やローエンシュタイン家は一番の名門であり、その礎を築いた大母様は一族の誇りである。

 その大母様に容姿が似ているというのは、この上もない名誉なのだ。

 大母様のご実家であるシェーレンベルク家に嫁いだのも、外見がかなりの理由を占めているらしい。


 そんな大叔母様は僕にはとても甘い。

 その理由もまた僕が大父様に似ているからなのだ。

 ブリュンヒルデ・ローエンシュタイン家には大母様と大父様が転生されたという噂となり、他家から羨ましがられたというのは父から聞いていた。

 僕にとっては大父様のような功績を求められるので、プレッシャーでしかないのだが。


「まだまだですよ。毎日のように小麦の価格について陳情が来ますしね」


 と答えると、大叔母様の表情が険しくなった。


「マルガレータの買い占めには困ったものね。大父様は庶民の事を考えて、商品の買い占めなどしなかったのに。ローエンシュタイン家の名前を汚す恥さらしよ。今すぐにでも叩き潰してやりたいわ」


「本日伺ったのはその件です。僕一人ではどうにもできないので」


 それを聞いた大叔母様は獲物を見つけた毒蛇の様な目になった。


「そう、ついに小麦相場で彼奴等を叩き潰す事にしたのね」


「いや、今回はその前段階として、株の仕手戦を仕掛けようと思っています。資金力で負けていますので、先ずはそちらで資金を作ってから小麦を売り崩そうかと」


「それでいいわ。負ける戦いなど出来ないわよね。大父様と大母様の名前を穢すわけにはいかないもの」


 大きくうなずく。


「で、何をすればいいのかしら?」


「資金と名前を貸してください。僕だけでは市場へのインパクトが弱いから、シェーレンベルク家の名前と資金が必要なんです」


 支援のお願いをしたら、再び大叔母様の表情が険しくなった。

 なにかまずかったかな?


「マクシミリアン、貴方はは交渉というものがわかっておりませんね。今の貴方の話ではこちらに全く利がありません。そんなことでシェーレンベルク家を動かせると思っているのですか?いくら私でも無償での援助など出来ませんよ」


 そう言われると返す言葉もない。

 僕は大叔母様との血縁関係に甘えて、シェーレンベルク家に利益のある話を出来ていなかった。

 とはいえ、ない袖は振れない。

 出来る事といえば仕手戦で儲けさせることか、調味料の提供くらいなもんだ。

 調味料はシェーレンベルク家の財産からしたら、僕が無償で提供したところであまり効果が有るとは思えない。

 どうしたものかと悩んでいると、大叔母様の方から提案があった。


「私の娘でジークフリーデが二十歳になるというのに未だに婚約者も決まらない状況なのよ。マクシミリアン、貴方がジークフリーデと婚約しなさい。ブリュンヒルデ・ローエンシュタイン家の当主の婚約者ともなれば、あの子の嫁ぎ先としては申し分ありません。まあ、私と違ってちょっと気が強いのが玉に瑕なんだけど、でも美人よ」


 大叔母様の言うようにジークフリーデは気性が荒い。

 間違いなく大叔母様の娘であると言えるくらいに似ている。

 そのせいで婚約が決まらないのだ。

 公爵家令嬢なので王家との婚約の話もあったようだが、あまりにも激しい気性のために立ち消えとなったと聞いたことがある。

 他にも名家と言われる貴族の子供との縁談もあったのだが、相手が裸足で逃げ出していくことが続いてしまい、今では家で嫁ぎ先もなく過ごしているのだ。

 尚、本当に美人である。

 親戚ではあるけど付き合いは殆どなかった。

 誕生会で挨拶をする程度で、大叔母様のところに来ても殆ど顔を見ることはなかったのだ。

 結婚していないのは知っていたが、本当にその程度の情報しか持っていない。


 勿論僕にその提案を拒否する選択肢はない。

 大叔母様は使用人にジークフリーデを呼びに行かせた。

 直ぐに彼女がやってくる。

 久しぶりに見たが、大叔母様を20歳若くした感じだ。

 実際には25歳離れているのだが、それは大叔母様に問題がある。

 並んでいれば姉妹と言われる可能性が無くも無いな。

 ジークフリーデは本当に美人だが、その目は氷のように冷気を放っていた。


「お呼びでしょうか、お母様」


 不機嫌なのかなと思うような態度なのだが、大叔母様はそれを気にした様子もない。

 ひょっとしてこれが普段の態度なのかな?


「ジークフリーデ、こちらはブリュンヒルデ・ローエンシュタイン家の当主マクシミリアンよ。知っているでしょう」


「ええ、名前くらいは」


 睥睨されると身の毛がよだつ。


「彼が先ほど貴女のものになったわ。マクシミリアンと婚約しなさい。貴女はそのまま結婚してブリュンヒルデ・ローエンシュタイン家を取り仕切るのよ」


「お母様のご実家をですか?」


「そうよ。出来る限りの支援はするけど、失敗は許されないわ」


 そう言われると、ジークフリーデはフンと鼻を鳴らした。

 そして、僕の目の前に顔を持ってくる。

 彼女の方が背が高いので、膝を折る形となった。


「こんな頼りなさそうな当主で大丈夫なのかしら?お母様が直接取り仕切ったほうがよろしいのでは?」


「そんなことはないはよ。大父様はその年齢で既に毒婦アンネリーゼの策略に打ち勝ったのですから」


 フフっと大叔母様が笑う。

 うっとりとした目で僕を見ているのは、大父様を重ねているからに違いない。


「お母様は本当に大父様がお好きですわね」


「勿論よ、それに大母様もね。若い頃にお二人の恋の物語を読んで、ずっと自分もそうなりたいと憧れていたわ。マクシミリアンがあと10年早く生まれていたら、私がその全てを奪っていたわね」


 なんか、二匹の蛇に睨まれている気分だ。

 10年早く生まれなくて本当に良かった。


「大父様の涙でベッドが濡れた話は、何度聞いても濡れてしまいましたわ。お母様が焦がれるのもわかります」


 ジークフリーデが何を濡らしたのかは知らないけど、なんとなく僕の身に危険が迫っている気配を感じた。

 果たして、大叔母様に支援をお願いして良かったのだろうか?

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