第51話 レート

 アンネリーゼとカール王子が姿を消して3ヶ月。

 隣国の帝国に駆け落ちしたらしいという話が伝わってきた。

 僕はアンネリーゼとの会談の内容をブリュンヒルデと公爵に伝え、それが国の方に報告としてあがった。

 その結果、アンネリーゼは帝国が送り込んできた間者の子孫であり、非常に珍しい複数属性持ちであったと結論づけされた。

 はるか昔に祖先が帝国からやってきた者たちの素性を探るのは非常に困難で、他にもいるであろう間者の捜索は困難を極めているらしい。

 今回は偶然にも王子と同じ年に生まれ、魔法学園という特殊な環境を利用されたが、そんなことが何度も起きるはずもなく、ドミニク殿下の同級生に怪しいものはいなかった。

 僕もドミニク殿下も念の為魅了の魔法がかけられていないか検査され、問題ないことが判明している。

 なお、兄のアルノルトは魔法がかけられており、解除する事は出来なかったようだ。

 とんでもなく強力な魔法だが、アンネリーゼに接触出来ていないため、今のところは行動に問題はないとの事。

 しかし、厳重な監視下に置かれることとなった。

 そのため、家督を継ぐ目は復活していない。


 第一王子がいなくなったことで、ドミニク殿下が正式に王位継承権第一位となり、次期国王の座が約束された。

 そうなるとやることが増え、魔法学園で見る姿は日に日にやつれていった。

 精神的な疲れだろうと見える。


 一方、僕は婚約者たち三人が妊娠が発覚し、急遽学生ではあるが結婚をして、正式に夫婦となった。

 そんなわけで、アンネリーゼの事などかなりどうでもよかった。

 生まれてくる子供の名前を毎日考えるのが楽しくて、授業にも身が入らない日々が続いた。


 冬の寒さが和らぎ、学園生活も一年目が終わろうかという頃、子供の名前を考えていると目の下にクマができた殿下がやってきた。


「楽しそうだな、マクシミリアン」


「そうだね。女の子だったらどんな名前にしようかと考えるだけで楽しくなってくるよ。ドミニクは辛そうだねえ」


 と言うと、殿下はニヘラっと口角を上げた。

 ヤケクソになった笑いだな。


「どこぞの夫婦が他国の間者を追い出してくれたおかげで、国政を担う事が確定して大変だよ。そうだ、褒美を取らせていなかったな」


 殿下の手が僕の顎に触れる。

 クイッと顎を持ち上げられ、殿下を見上げる形となった。

 そこに殿下の顔が近づいてくる。

 殿下の息づかいが感じられる。

 唇を奪われるのかと身構えると、


「俺が国王になったら、お前にもポストを与えてこき使ってやるからな」


 と言われた。

 無駄に雰囲気を盛り上げられて僕も勘違いしたが、クラスメートの一部は両手で顔を多いながらこちらを見ていた。

 間違いなく、妄想力に火がついたろう。


「僕は政治の素人ですよ。とてもじゃないですが政など」


「大丈夫、俺が手取り足取り教えてやる。夜寝られると思うなよ」


「殿下……」


 まったく、どうしてこうもみんなが勘違いするような台詞を吐いてくれるのだろうか。

 教室の後ろの方で、女子が一人鼻血をふいて倒れたのが見える。

 目の毒でしたね。


 魔法学園が終わり、屋敷に帰るとヨーナスが来ていた。

 公爵家には元々使っていた商会があるが、僕の方はそのしがらみがないのでヨーナスを使っている。

 今日もなんのことはない、いつもの御用聞きだと思っていたが、ヨーナスの言った一言が気になった。


「最近、帝国との国境付近の両替商が忙しいって言ってましたよ。なんでも銀貨が不足しているんだとか。銀貨をかき集めようにも直ぐには無理で、代わりに金貨を用意しているみたいです。でも、不思議なことに貿易自体はそんなに増えたわけでも無さそうなんですよね」


 それを聞いてアンネリーゼの言葉を思い出す。


「せめてものお返しに、貴方を相場で凹ませてあげるわ」


 なんだろう、この違和感は。

 前世の知識を総動員してみる。


「随分と難しい顔をしてますね。また儲け話ですか?」


 ヨーナスがニコニコとしているが、思いついたのは儲からないものだった。


「幕末か」


「バクマツ?」


 勿論ヨーナスは幕末などという言葉を知らない。


「ヨーナス、フィエルテ王国と帝国の銀貨の交換レートは?」


「3:1ですね。王国銀貨3枚と帝国銀貨1枚のレートです」


「なるほど。それで、銀の含有量は?」


「まあ、調べた訳じゃありませんが、3:1と言われてますね」


 ふむ、今わかる情報では銀貨の交換レートと銀の含有比率は同じか。

 問題は


「金貨はどうかな?」


「フィエルテ王国の金貨と帝国の金貨の交換レートは1:1ですね」


「金の含有量は?」


「なんでも、帝国の金貨は質が悪いみたいですよ。国土が急拡大したせいで、通貨を増やしたかったのですが、金が足りないので混ぜものが多いんだとか。まあ、商人としては帝国金貨も10万マルクの価値を保証してもらえればそれでもいいのですが」


 通貨の価値とは材質と国力で決まる。

 例えば、金貨には金の含有量分の価値は間違いなくあるが、紙幣には紙の分の価値しかない。

 では、紙幣にどうやって紙以上の価値を与えているかといえば、それが国家の信用力である。

 現在のフィエルテ王国と帝国の国力の差が、金貨の鋳造コストに現れた形だな。


 で、なんでこんなことを考えたのかといえば、幕末に日本から金が大量に流出した事があったからだ。

 当日洋銀と呼ばれる外国の銀と、日本の一分銀の交換レートは1:3であった。

 開国して貿易が盛んになると、両替商では銀が不足した。

 そこで日本の両替商は小判での両替を提案する。

 天保小判は金の含有量が多かった。

 当時の世界標準である銀と金の交換レート15:1に対して、洋銀と天保小判の交換レートは5:1と1/3だったのである。

 つまり、両替だけで3倍の利益を得る事が出来たのだ。

 アメリカ、イギリスの商人はこれに目をつけて、こぞって日本で両替を行った。

 その結果、僅か一年で当日日本で流通していた小判の2%が海外に流出することとなった。

 そんな出来事があったのだ。


「これは公爵に伝えるべき事かなあ」


 アンネリーゼが言ったように、これは僕には出来ることが殆ど無い。

 やるとすれば帝国に乗り込んで、金と銀の相場を通貨の交換レートに合わせる事くらいか。

 隣国の貴族が乗り込んできて、相場を荒らしていたら戦争もんだが。


「ヨーナス、悪いけど公爵への説明に付き合ってもらうよ」


「はい」


 僕はブリュンヒルデを呼び、三人で公爵に今起きているであろうことを説明した。

 公爵は僕の説明を一通り聞いてから質問をしてくる。


「何故今なのだ?我が国から金貨を持ち出すのなら、いつでも出来たではないか」


「恐らくですが、今回カール王子が駆け落ちしたことで、帝国はフィエルテ王国の王族の血を手に入れました。カール王子こそが正当なフィエルテ王国の王位継承者であると担いで、こちらに進行することも可能となりました。そこで、今まで封印していた手段を使い、フィエルテ王国から金を流出させて国力を弱らせようとしたのでは無いでしょうか。銀貨の交換レートからすれば、両替商は直ぐに銀貨が枯渇します。その事態が長く続けば、こちらとしても異常に気づきます。なので、使うタイミングをはかっていたのかと」


 対策を打たれるまでにどれだけ持ち出せるかの勝負だからな。

 幕末の日本でも一年後には対策をした。

 さて、フィエルテ王国はどう対策をするのだろうか。

 公爵もその対策が気になるようだ。


「対策はあるのか?」


「まずはこちらの金貨の金の含有量を減らすことが考えられます」


 日本でも万延小判で金の含有量を1/3に減らしている。

 ただし、金の含有量を減らした金貨の価値が今と同じであるかはわからない。

 オンショア市場では物価を抑えつけられるかもしれないが、オフショア市場での通貨の信頼性は毀損するだろう。

 すると、輸入品は値上がりする。

 そして、輸出の利益は減る。

 やはり経済的な損失は避けられない。

 それを説明すると、公爵は他の案を求めてきた。


「両替商に一日に両替できる上限を設けますか。それとも、帝国に乗り込んで貴金属相場を荒らすのもいいかもしれません。あとは、カール王子の返還を求めての戦争ですかね。駆け落ちではなく連れ去られたとすれば大義名分を得ます。実際に魔法で魅了されているのでしょうしね」


「両替の上限は船の積荷によっては問題が起きます」


 ヨーナスが意見を言う。


「帝国に乗り込むのは認めませんからね」


 ブリュンヒルデには釘をさされた。

 僕としてはどれも面白くない。

 アンネリーゼに仕掛けられた、為替レートの相場で何もできずに歯ぎしりさせられたのだから。

 公爵は明日国王に進言すると言ってくれた。


 その日は僕の部屋にはマルガレータだけしかいない。

 マルガレータのお腹に負担をかけないようにして、顔をマルガレータの胸に埋める。

 彼女の匂いが鼻腔をくすぐるのがとても心地よい。


「もうすぐパパになるのに甘えん坊さんですね」


 マルガレータは頭を優しく撫でてくれる。


「子供にもマルガレータは渡さないからね」


「うふふ、困った大きなお子様ですね。機嫌が悪くなると、すぐにママに甘えてくるんだから」


「うん」


 落ち込んだり機嫌が悪い時は、いつもこうしてマルガレータに甘えている。

 ブリュンヒルデもエリーゼもわかっているので、二人っきりにしてくれるのだ。

 今日はアンネリーゼにしてやられたので、とても凹んでいる。

 結局寝るまでマルガレータに甘えても、悔しさが晴れることはなかった。

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