第45話 ドテン
清算日まであと45日となった。
王都での材木相場の値上がりに気付いた商人たちにより、凄まじい勢いで材木が王都に集まってきた。
僕はヨーナスに指示を出して、買い玉を手仕舞いして巨大な売り玉を建てることにした。
先物価格は49万マルクを超え、50万到達は間違いないと誰もが思っている時である。
といっても、僕は魔法学園に通うので、ブリュンヒルデとヨーナスに前日のうちに指示を出す程度になる。
そんなわけで、売りもブリュンヒルデとヨーナスに動いてもらうのだが、売りは僕の指示であることをわからせて欲しいとお願いした。
ただし、売り始めはひっそりとだが。
マクシミリアンの指示を受け、本日はヨーナス商会の王都支店でブリュンヒルデとヨーナスは寄り付きを待っていた。
緊張と興奮の入り混じった表情をブリュンヒルデが見せた。
「いよいよ売りですわね」
公爵令嬢として、感情を表に出さないように教育されてきた彼女であったが、これから仕掛ける金額の大きさに、どうしても感情を殺すことができなかったのだ。
「私も緊張してまいりました。いきなり1万枚の売り注文ですからね。証拠金だけで2000億マルクですよ。しかも、これで終わりじゃないんですから」
そう、ここで終わるような金額の勝負では無かった。
マクシミリアンの持っている全財産を使っての勝負である。
「いよいよ寄り付きですね」
マジックアイテムに表示された時刻をヨーナスが確認した。
あと1分で寄り付きとなる。
50万マルクの手前に薄くいくつもに分けて売り注文を出していた。
板寄せの気配は498,000マルクを表示している。
売り買いの注文枚数は1,053で寄り付きとなりそうだった。
そしてついに寄り付き。
前日の492,000マルクを大きく超えて、498,000マルクで寄り付いた。
そこからも猛烈な買いが入るが、ヨーナスはそこに追加で売り注文をぶつけていく。
板から伝わる雰囲気では、買い方が50万マルクを突破して、さらなる踏み上げを狙っているようであった。
「他には誰も売ってこないですねえ」
ヨーナスの言葉にブリュンヒルデがうなずく。
自分たちが仕掛けたとはいえ、相場の雰囲気は買い一色となっており、売り注文は少なかった。
だからこそ、その殆どが自分たちの売りであるとわかっていたのである。
「しかし、まだ5000枚も約定して無いのですよね。今は高値での約定を目指すべきですわ。50万マルクの心理的節目を守りつつ、少しでも高値で売り玉を作る。担がれている売り方を踏ませないようにするのは骨が折れますわね」
相場は常にオーバーシュートする。
そうなると糸の切れた凧のようにどこまで飛んでいくかわからない。
クライマックストップ、バイイングクライマックスと呼ばれる買いの最後のぶち上げは、トレードのテクニカルを裏切ることが多い。
マクシミリアンはそれをわかっていたので、秩序ある価格の天井を演出したかったのだ。
寄り付きは朝の9時。
そこから1時間の取引ではまだまだ注文は約定しなかった。
しかし、それでも徐々に約定していき、売り玉を増やしていった。
前場は50万マルク手前で一進一退を繰り返して引けた。
お昼休みを挟んで後場の取引が始まる前に、ブリュンヒルデとヨーナスは金融商品取引所に移動した。
目的はマクシミリアンの名前を出して売るため。
既に建玉は5,005枚。
予定の半分を折り返し地点で消化していた。
金融商品取引所の入り口で、ブリュンヒルデとヨーナスは馬車から降りる。
既に冬に片足を突っ込んだ季節の外気は冷たく、二人は足早に建物の中に入った。
そこでブリュンヒルデは不敵な笑みを浮かべる。
「後場は買い方の度肝を抜いて差し上げますわ」
「ブリュンヒルデ様には華がありますからな。提灯筋に見せつけるには、マクシミリアン様よりもいい」
ヨーナスがブリュンヒルデを持ち上げる。
だが、ブリュンヒルデは不満そうだ。
「あら、私の婚約者は私なんかよりもずっと華がありますわよ」
「それはお熱いことで。結構でございますな」
そんな会話をしながら、金融商品取引所へと入っていった。
そして、後場が開始する。
寄り付きこそ498,500マルクであったが、そこからはブリュンヒルデが相場の雰囲気を支配した。
「ヨーナス、空売りですわ。マクシミリアン様の指示通り、本日のローソク足を陰線にして引けさせてみせなさい」
「承知いたしました、お嬢様。して、ご予算は?」
「いくらでも構わないわ。足りなければ公爵家が追加で証拠金を差し入れますわよ」
その言葉を最初は半信半疑で眺めていた者たちも、ヨーナスが容赦なく売りを浴びせるので徐々にこれは本気だと思い込んだ。
そして、今まで購入していた現物は、現渡しか売り崩すために使うのだと理解し、慌てて売りにまわっていった。
しかし、そんな相場の変わり目に気付いたのは、金融商品取引所にいた仲買人たちであり、それ以外の参加者からしてみてば、買いの一辺倒で押し目が無かった相場に、やっと価格が止まる時がやってきたのだと思えたのだ。
そして、その中にはユルゲンがいた。
ゆっくり買おうと思っていたが、提灯が付きすぎて買うチャンスが無かったのである。
そこに湧いて出た売り板。
ここぞとばかりに買いまくった。
その買いにブリュンヒルデたちが気付く。
「強い買いが入ってきましたわね」
「これが狙っていた本尊なら良いのですがねえ」
二人が見る限りでは、取引所の中で派手な買い注文を出しているのは居なかった。
それどころか、ドテンして売りに回った者のほうが多い。
にもかかわらず、こんな高値で強気の注文を入れてくるのは、本尊であるユルゲンの可能性が高かった。
今度は寄り付き価格周辺で一進一退の攻防になる。
後場は前場より商いが膨らみ、既に3万枚が出来ていた。
買い注文が次々に約定していくユルゲンは違和感を覚えていた。
「これだけ買っているのに価格が上がっていかないのはおかしい。ひょっとして提灯筋が利食いを入れてきたか?いや、それにしては枚数が多すぎる。次々と新規の売りが湧いてきているのか」
連日上昇しており、上がるのが当たり前という感覚になって、つい買い玉を建てすぎた。
それに、ユルゲンには絶対に勝てる秘策があったのも良くなかった。
どうせ価格は上がるのだから、どこで買っても良い。
教皇からの追加の資金もやってくる。
そう考えていたのだが、証拠金が上がっているところに巨大な建玉だ。
秘策が発動する前に追証が発生し、なおかつ差し入れることが出来なければ全てが水泡に帰す。
「提灯筋が売りに回るのは阻止しなければ」
そして、ユルゲンの歯車が狂い始めた。
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